第9話 クリティカルヒット
うがっ。
背中に、衝撃が走った。
いち早く戦闘態勢に戻ったグレートデーモンが、禍々しい爪で俺の背を斬りつけたのだ。
しかし、破れた服の下には、小さなかすり傷があるだけ。
残念だったな。
俺は、シルバーメタルゼリーだぞ。
防御力は天下一品よ。
急所さえ突かれなきゃ、そんな攻撃、屁でもねえんだよ。
「ナナリーさん! 正面です!」
ほくそ笑みかけた俺の顔は、レニエルの叫びで正面を向き、蒼白になる。
いつの間にか、進行方向に、四匹目のグレートデーモンが現れていたのだ。
奴は、素早く、的確に、俺の心臓を突いた。
クリティカルヒットだ。
俺は、血を吐いて倒れ伏した。
なんてこった。
死ぬ。
このままじゃ。
いや、まいったねこりゃ。
こうも見事に、急所を突かれちゃ、さすがのシルバーメタルゼリーもお手上げた。
体が、動かない。
レニエルが、泣きながら俺を担いで逃げようとしている。
何やってんだ馬鹿。
そんな暇あったら、お前ひとりで逃げろ。
二人一緒に死んだら、俺の命がけの行動が馬鹿みたいだろうが。
……『馬鹿みたい』か。
いや、馬鹿そのものだ。
せっかく、安全で快適な暮らしを求めて、魔王軍を辞めたのに。
なんだって、こんな人間の子供に肩入れしちまったのか。
やっぱり俺も、前世は人間だったからかな。
よくわからん。
まあ、これも運命ってやつだ。
血が流れすぎたのか、体がだるくて、寒くて、凄く眠い。
俺は、最後にもう一度、レニエルに逃げるよう言うと、瞳を閉じた。
パパンッ。
炸裂音が、短い間隔で二つ続いた。
なんだ、やかましいな。
最後くらい、静かに死なせてくれ。
そう思ってから、それが聞いたことのある音だということに気がついた。
重たい瞼を、やっとこ開く。
あの、酒場のマスターだ。
彼は、二丁拳銃で、グレートデーモンを二匹、一瞬で撃ち殺した。
突然の猛者の出現に、焦る残りの二匹。
仲間の仇を討つべきか、逃げるべきか逡巡しているその眉間に、マスターは迷うことなく弾丸を一発ずつ撃ち込んだ。
二匹は、絶命した。
す、すげえ、この男。
食い逃げを仕留めたときの腕前から、ただ者じゃないとは思っていたが、グレートデーモンを一撃で仕留めるなんて。
マスターは、俺の近くに腰を下ろすと、傷の具合を見た。
「……致命傷だ。もう助からんな。だから言っただろう。あんたが行っても、どうにもならんと」
俺は、血に濡れた唇を、必死に釣り上げて、笑った。
「そうでもないさ。俺が来なきゃ、あんたが来る前にレニエルは死んでた。……どうして、来てくれたんだ?」
マスターは、軽く息を吐いて、言った。
「店で、あんたに言ったでしょう。俺は、若い冒険者をねぎらうつもりで酒場をやっているって。好きなんだよ、命知らずで、無鉄砲な若者がね。だから、そんな若者が無意味に死ぬのは嫌だったってだけさ」
「そうかい。あんた、見た目よりいい人だな」
「見た目よりは余計だ」
胸のあたりに、何か重みを感じる。
レニエルの頭だ。
彼は、俺の胸に顔を埋めて、泣いていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……僕のせいで、こんな……」
「まったくだ……。これに懲りたら、王命だろうが何だろうが、
レニエルは、何度も何度も頷いた。
それから小さな両手を、これまた小さな顎の下で組み、何かの呪文を唱える。
無駄だよ。
こうなっちゃ、どんな回復呪文も、効果はない。
しかし、その気持ちが嬉しかった。
レニエルは、呪文を唱え終わると、俺の額に、自身の額を重ねる。
目の前が、真っ白になった。
そこで俺は、意識を失った。
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