旅の始まり ~2~

 そして、日の位置まだ低い早朝――。


「昨晩はよく眠れたかい?」

「うん。体の調子はすごくいい、行けるよ」

「何よりだ」


 木洩日とコマは旅の荷造りを整え、村の領域と【広大な森の平原】の境に経っていた。

 境界から村側の後ろには、長とその側近、そして『ふぁーめい』と『ふぁーた』、『ふぁーまい』の家族らが見送りに顔を出していた。

 木洩日は長の元へと歩み寄り、深く頭を下げた。


「長、ありがとうございます。旅に必要な荷をこんなに一杯」


 木洩日とコマの背には、背負いやすそうな旅鞄がしょってあった。コマの背負う旅荷は布が膨らむほどで、その沢山から長らの心遣いの大きさが見て取れた。

 長は深く頷いた。


「いつでも気を確かに持ちなさい。あんたは【煌めきの海】の贈り物だ、きっと大いなるご加護に見守られている。どうか、気を付けて」

「うん。長ありがとう。――『ふぁじゃ』、最初に私を助けてくれてありがとう。私、村での仕事、すっごく充実してた」

「……気を付けろ」

「うん」


 木洩日は長にもう一度頭を下げると、今度は『ふぁーめい』たちの元へ歩み寄り、――そして最後は駆け出して『ふぁーめい』に抱きついた。

『ふぁーた』も『ふぁーまい』も、木洩日の体に身を寄せ手を回した。


「行ってきます」

「――いつでも祈ってる」

「……俺もだぜ。気を付けてな」

「こもれび、ふぁーむらい……ぶじでいてね。」

「うん。私頑張る」

「木洩日。普段近くにありすぎて見えづらい大切なもの――あなたのために祈る沢山の想いを、どうか見失わないで。あなたには【渡し神】様のお心が付いているし――私たちの祈りも、いつだってあなたの傍にある。そのことを……どうか忘れないで」

「……うん。絶対に忘れない」


 木洩日はそれに頷くと、晴々とした微笑みの表情を、『ふぁーめい』たち家族に向けた。


「――行ってきます!」

「いってらっしゃい、木洩日。気を付けて」

「うん!」


『ふぁーめい』に優しく押され、涙ぐむ『ふぁーた』に肩をポンと叩かれ、『ふぁーまい』が最後にもう一度ぎゅっと強く木洩日を抱きしめて。

 木洩日は、家族同然に迎えてくれた三人から身を別った。

 じっと三人を見つめ、そして手を振ると前を向いて歩き出した。

 コマに頷きかけ、コマも頷きを返し。二人は村の領土から離れ、【広大な森の平原】の領域へ踏み入った。


 二人は遥かな旅路の一歩を踏み出し、進み始めた。

 始まりの村に背を向けて。


「……コマ」

「うん? なんだい?」

「私、家族じゃない誰かから、あんなに優しくされたのは初めてだと思う。カナイにいたときの記憶はほとんど思い出せないのに、そのことが心で分かるの」

「……うん」

「――――私、あの村のことが本当に大好きだった……!」

「……心からの本当の幸いを向けてくれる人たちだったんだね」

「うん……うんっ……」


 大粒の涙を止めどなく流す木洩日の背の後ろで。

『ふぁーた』と『ふぁーまい』、そして『ふぁーめい』の、心を抱きしめる幸いの声が遠く二人の後を追い。


 やがて、聞こえなくなった。





 その美しい草原は静かに波打つ風の通り道。

 吹き抜ける風があなたの背を押す。恵みもたらす肥沃の大草原は人に授かりを与えるだろう。


 けれど、油断してはいけない。

 理の奥に潜む大自然の脈動を。夜の闇をも飲み込む畏れが、あなたを待っている。



 危険度一。

【広大な森の平原】。



 

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