第37話・クモです……こりゃクモたなぁ「ハニー! ブラッシュ!」

 オプト・ドラコニスがバニーを睨み、口から冷気を吐きながら言った。

「なんでもいいから、この糸を外せ……凍らせるぞ」

「ひぇっ、ごめんなさい、ごめんなさい」

 バニーは、蛮刀型のナイフでオプト・ドラコニスとゾアを包んでいたクモ糸を切る。

 バニーが愛想笑いをしながら、クモ糸に包まれたままの、穂奈子を指差して言った。

「イカの彼女、食べてみてもいい? ちょっとだけ噛らせて……」

「てめぇ! 冷凍クモになりたいか、早く穂奈子を包んでいる糸を切れ」

「ひぇぇぇ」


 穂奈子が解放されると、オプト・ドラコニスがクモ女を睨みながら質問する。

「ところで、オレたち下の階層に行きたいが……最短距離で繋がっている通路が、どこにあるか知っているか?」

「あぁ、それなら……」

 バニーは、言いかけた言葉を中断すると、口を手で押さえ首を必死に横に振る。

「し、知りません! あたし、そんな通路なんて知りません! 筒型をしたクモの糸トンネルなんて知りません! はっ」

 オプト・ドラコニスの訝っている視線に気づいたクモ女は、慌てて話題を変える。


「そ、そうだ! 今日は、あたしのこのクモの家に泊まっていってください、たいしたおもてなしはできませんが……お風呂と食事の用意はしますから……お願いします」

 穂奈子たちは、その日はバニー・ブラッシュの家に泊まらせてもらうコトにした。


 エリアが暗くなると、綿のようなクモの巣の家に、オレンジ色の明かりが灯った。

 バニーの「お風呂の用意ができました」の言葉に、オプト・ドラコニスは自分が入浴すると、お湯が氷が浮かんだ水風呂になるから、先に入浴しろと……言われて、穂奈子とゾアは一緒にお風呂に入るコトにした。


 脱衣場で衣服を脱いでいる穂奈子クローネ三号を、自分も脱衣しながら眺めるゾア。

 肘から先が、イカの触腕やイカ足に変わっている穂奈子の背中には、イカに酷似した生物が融合付着している。

 ゾアの視線に気づいた穂奈子が、包帯マスクを外してポツリと言った。

「あたしが、クローニングされた時の培養カプセルの洗浄が不十分でね、イカ型の生物細胞が癒着した姿で、あたしは培養された……その、影響で他のクローン体には無い、不思議な力が身についたんだけれど」

 脱衣してクモの糸で作られた浴槽に向かう穂奈子が、振り返ってゾアに言った。

「君も早く服を脱ぎなよ、服着ていたらお風呂に入れないよ」


 その夜──穂奈子が寝ている部屋の天井から、逆さになったバニー・ブラッシュがスルスルと降りてきて呟く。

「やっぱり、美味しそう……一口だけイカ足一本だけ、ちょっとだけ噛らせて」

 穂奈子を食べようと口を開いたバニーに、隣の部屋にいるはずの、オプト・ドラコニスの声がクモ女の耳に聞こえてきた。

「おいっ、穂奈子になにしている」

「ひぃぃぃ」

 床で土下座をするバニー・ブラッシュ。

「すみません、すみません。もう二度とイカを食べません」

「でかい声を出すな、穂奈子が起きるだろうが……おまえ、下の階層に繋がる道を聞いたら。誤魔化したな、穂奈子を襲おうとしたコトは目をつぶってやるから、知っているコトを全部話せ……話さないと」

 オプト・ドラコニスの口から白い冷気が出る。

「ひっ! 話します、話します!」


 話しはじめるバニー・ブラッシュ。

「実は下の階層に最短で繋がるルートは、トンネル状の通路でスパイダー・モンキーが作る強靭なクモ糸でできているんです……スパイダー・モンキーたちが吐き出した、建設用の糸を紡ぐのがあたしの仕事で」


「そのクモトンネルの出入り口は、どこにある?」

「それが、今は伸びてきた根に寸断破壊されて……復興工事もできない状況で通行止めでして……スパイダー・モンキーたちが建設用の特殊なクモ糸を、作ってくれれば。すぐにでも工事できるんですけれど……」

「なにか問題でもあるのか?」

「数日前から、牛のような頭をした巨大クモが。スパイダー・モンキーたちのテリトリーにやって来て、なぜかスパイダー・モンキーたちが集めた極上発酵蜜の〝サル蜜〟を貯蓄している自然石遺跡の上に居座り続けているんですよ」


 バニー・ブラッシュの話しだとスパイダー・モンキーたちは、栄養豊富なサル蜜を食べないと、強靭な建設用のクモ糸を放出できないらしい。

 バニー・ブラッシュの話しを聞いた、オプト・ドラコニスが言った。

「今夜は遅いから、明日その牛頭のクモが居座っている場所に案内してくれ……オレの力で、どうこうなるかは分からないが」

 そう言って、部屋から出ていこうと背を向けたオプト・ドラコニスに、バニー・ブラッシュは。

 愛用の蛮刀ナイフを静かに鞘から引き抜く。

(今、ここで、コイツさえ、こっそり始末してイカ娘を足止めできれば……イカは焼くなり、煮るなり自由……イカが喰える)


 オプト・ドラコニスを刺そうとしていた、バニー・ブラッシュはオプト・ドラコニスの背中の影になっている部分に、背後を見ている二つの目を見た。

 影から伸びてきた金属の棒が、バニーの喉笛を狙う。

 冷や汗を流した、バニー・ブラッシュが土下座をして頭を下げる。


「すみません! すみません! もう二度と変な気は起こしませんから、許してください!」

 振り返ったオプト・ドラコニスが眠っている穂奈子を指差して、大声を出すなの仕種をした。

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