第31話・実は、あたしは勇者をやっていたんです

 セラムーンのホラ話は続く。

「実は、あたし転生者で、前の世界では女勇者やっていたんです」

 穂奈子の口から「ブホッ」と飲んでいた飲み物が吹き出す。

「ある時、仲間と冒険していて。うっかり敵に胴体を剣で横に寸断されちゃったんです」

「横に寸断???」

「咄嗟に上半身で斬られて離れそうな下半身を、ズボンを穿くようにグイッと引き上げて上半身と下半身が離れないように注意しながら、走って逃げました」

 オプト・ドラコニスが、またセラムーンのホラ話に興奮する。

「すげぇ! すげぇ!」


 穂奈子とゾアは、白い横楕円形の目で、セラムーンのホラ話を聞いている。

 セラムーンの大ボラ話は続く。

「少し前まで、あたしは格闘家をやっていて。ある日、畔を歩いていたら水の中から上がってきた『水クマ』とバッタリ遭遇しました……水クマというのは水棲のクマで、頭に皿があって水掻きの手がある狂暴な生物で」

 穂奈子が、適当なあいづちを打つ。

「ほぅ~っ、そうですか、それは、それは」


「水クマは、あたしが構える前に強烈な張り手をあたしの頬に……衝撃であたしの片目がポーンと飛び出して、木の幹で跳ね返って水クマの片目を直撃! ビリヤードみたいに水クマの反対側の眼球が飛び出してきて、あたしの抜けた目の穴にスポッと」

 セラムーンは、前髪で隠されている片目を指差して言った。

「だから、あたしの片目には水クマの目が入っていて……ち、ちょっとどこに行くんですか。まだ話は終わっていない、月の代理で悪党を浄化退治した、とっておきの話が」

 穂奈子とゾアが、無言で部屋から出て行き。

 残ったオプト・ドラコニスだけが。

「すげぇ! 水クマの目ん玉が今も入っているのか! すげぇ!」

 そう叫んで、セラムーンのホラ話に興奮していた。

 

 その頃、仁・ラムウオッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン・ビアリキュールは、桟橋で網の手入れをしているタコ人間漁師の話しを聞いていた。

「セラムーンか……嘘つきなのか、虚言癖があるのかわからんが……よく、近所の子供たちを集めてホラ話をしている。あの女の話は本気にしない方がいいぞ」

 タコ漁師の話しだと、水没した古代都市は別エリアの川の水が自然と流れ込んできて、水没しただけらしい。


 タコ漁師はタンでも吐くように水面に向かって「ペッ」と、黒いスミの塊を吐いて言った。

「セラムーンは、亡くなった婆さんの残した宿屋を引き継いでやっていてな……その、セラムーンを育てた婆さんが大ボラ吹きでな、その影響でセラムーンも大ボラ吹き女になった」

 

 八本のタコ手足を使って、器用に破れた網をつくろっているタコ漁師に仁は、さらに質問する。

「ところで、このエリアから下層エリアに直通する道が、どこにあるか知らねぇか?」

「さあな、このエリアの者たちは下のエリア地域には興味がないから……下の階層に行くなら、数日かけて迂回だな」

「それじゃあ、極楽号の中心部に菌糸の根が広がっちまう……別エリアのエレベーターやエスカレーターは、菌糸根の影響で使えねぇ」

「じゃあ、下に向かうのは諦めるんだな」


 仁は質問を変える。

「ところで、明後日の祭りってどんな祭りだ?」

 タコ漁師の作業をしていた動きが止まる。

「祭りの話し、誰に聞いた?」

「桟橋であんたと同じタコに」

「あの、おしゃべりタコ……余計なコトをペラペラと『湖の主の怪魚に、生け贄を捧げる祭りなど』知らん! 忙しいんだ、もうどこかへ行ってくれ……シッシッ」

 タコ足で漁師は仁を追い払う仕種をする。

 去って行こうとする仁に向かって、タコ漁師は独り呟いた。


「そう言えば、セラムーンが亡くなった婆さんから『神殿の地下に、別エリアに繋がる水路があるのを聞いたとか』話していたのを思い出した……本当か、どうかは知らんが」


 セラムーンの宿にもどってきた仁は、台所で忙しそうに食事の用意をしているセラムーンに、別エリアに繋がっている神殿地下の水路について聞いてみた。

「亡くなったおばあちゃんが、よく話していました……神殿には地下の水脈に通じている水路と、潜水艇があるんだって。潜水艇が浮かんでいる場所へ繋がる階段の入り口は、今は天井が崩落してふさがっていますけれど」

「そうか、食事の支度最中に邪魔して悪かったな」


 それだけ言うと仁は台所を出ていった。

 少し間を開けて、仁と桟橋で会話をしていたタコ漁師とは別のタコ漁師が、周囲の様子を気にしながら勝手口から入ってきて言った。

「客人には気づかれていないようだな」

 タコ漁師に背を向けたまま無言で、うなづくセラムーン。

 タコ漁師が小声で言った。

「祭りの予定を早める、今夜だ……神殿に祭壇も用意した、悟られないように注意しろ」

 沈んだ口調で呟くセラムーン。

「今夜……ですか」

「刀を持った布の袋男は手強そうだ……巫女のような格好をした娘が一番適しているが、青い竜のようなヤツがいつも近くにいる……色白で軟弱そうなヤツを薬で眠らせて、湖の主の生け贄にする……いいな」


 そう言って、勝手口から出ていこうとしたタコ漁師は、一言セラムーンに。

「あまり、神殿の下に別のエリアに抜ける水路があるなんてウソを、言い広めないほうがいいぞ……オレたちは、この湖エリアの水質の水じゃないと生きられないんだからな……ムダな夢を持つな」

 そう言って去った。


 独り台所に残った、セラムーンの手の甲に涙のしずくが落ちる。

「おばあちゃん、ウソつきじゃないもん……おばあちゃん、ウソなんか言ってないもん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る