第六章【銀牙アポリア大学】の好漢

第1話 ・若き日の織羅・豪烈

 二つの星雲が交差する【銀牙系】の大航海時代末期。


 これは、織羅家当主──『織羅豪烈』が「おら、おら、おら!」だった、輝く青春時代のお話。


 銀牙アポリア・ユニバーシティ大学──キャンパスの通りで、往来する学生たちに向かって『冒険者クラブ部員募集』と書かれた、のぼり旗と看板の前で、部員勧誘の呼びかけをしている一人の男がいた。


「さあさあ、ご用とお急ぎでない方はちょっと足を止めて聞いてくれ。

退屈な学園生活におさらばして、充実した学園ライフを送りたいヤツ……平凡な繰り返しの毎日に飽き飽きして刺激を求めているヤツ……そんなヤツにぴったりなのが、この冒険者クラブだ!」

 ヒューマン型異星人の、その学生は手振り身ぶりで、自分が設立したばかりのクラブ勧誘活動をしていた。

「今なら、副隊長になれる特典付きだ! この用紙にサインするだけで血沸き肉躍る冒険者に今日からなれる!」

 往来する異星人の学生たちは、チラッチラッとのぼり旗の前に立つ、織羅家の次期当主を見るだけで誰も立ち止まらない。


 舌打ちした織羅豪烈は、水筒に入れたミネラルウォーターで喉を潤すと、その場に胡座で腰を下ろす。

「チッ、どいつもこいつも腑抜け揃いだな」

 バックパックから取り出した、紙包みを開いて鶏肉と牛肉と魚肉を混合させたような、謎肉に豪烈がかぶりついていると。

 立ち止まって呟いた人物がいた。


「ほうっ、冒険者クラブですか……退屈しそうにないサークルですね」

 座り込んだ豪烈が見上げると、血球星の英国風貴族のような上品な青年が看板に書かれた文字を読んでいた。

 アポリア大学の校章を襟につけた、ヒューマン型異星人の男子学生の背後には、卵形をしたハンプティ・ダンプティ型の執事が立っている。

 通りで足を止めた学生たちのヒソヒソ声が聞こえてきた。

「おい、あれ名門アリアンロード家の御曹子だぞ」

「胡座座りで向かい合っているのは、銀牙で五指に入る大富豪──織羅家の次期当主、すごい光景だな」


 アリアンロード家の息子が豪烈に質問する。

「具体的に『冒険者クラブ』って、どんなコトをするんですか?」

「そうだな、まだ本格的な活動はこれからだが……古代恐竜の群れに追いかけられたり。

 女性戦士だけの部族に捕まって、ケモノ縛りにされて背中側から火で炙られたり。

 宇宙海賊の船に襲われて、身ぐるみ剥がされたりするくらい……かな?

 もしかしたら、呑み込まれた大蛇の腹からの脱出劇もあるかも知れないぞ……まぁ、おまえみたいな色白で上品で軟弱そうなヤツには、冒険者クラブは厳しいかも知れないがな」

「面白そうですね……試しに入部してみますか」

「そうだな、おまえみたいなヤツがクラブに入部しても……今なんて言った?」

「退屈な学園生活を充実させるために、どんなクラブに入部しようか。面白そうなクラブを探していたところです……入部第一号になりましょう」

「そりゃあ嬉しいが……おまえなんて名前だ?」

「シャルル・アリアンロードです」

「シャルルは呼びにくいな……何か他に呼び方はないのか」

「子供の頃は、シャルルと言えずに。チャルルとかルルルと自分のコトを呼んでいましたが?」

「ルルル・アリアンロードか……よし、おまえ今日からルルルになれ! そうしたら、クラブに入れてやる」

「わかりました、ハンプティ」

 シャルル・アリアンロードは後方に控えている、卵形の執事に向かって言った。

「今日からボクは、シャルル・アリアンロードから『ルルル・アリアンロード』に改名する……お義父さまとお母さまに、改名したと伝えておいてくれ」

「な!? ななななななっ!?」

 あまりにも、突飛なアリアンロード家御曹子の言葉に驚いたハンプティは、その場でつまずき倒れ。

 無言で立ち上がった時は顔面の殻が割れて穴から白身が垂れ、内部の黄身が覗いていた。


 シャルル・アリアンロード改め、ルルル・アリアンロードが片手を豪烈に差し出して言った。

「これから、よろしく。えーと、名前は?」

「豪烈だ、織羅・豪烈」

 豪烈とルルルは、男同士で熱い絆の力強い握手をした。

 これが後にアポリア大学の学園史の中で、最大の汚点と称されるコトになる『冒険者クラブ』誕生の瞬間だった。


 数ヶ月後──豪烈とルルルは、眼下に繁った灰色の植物群が広がる【ケダモノ星】のジャングルの上を、旅客機のファスートクラス座席に座って窓から眼下の灰色ジャングルを見ていた。

 ある地点の上空を旅客機が通過している時、座席から立ち上がった豪烈がルルルに言った。

「だいたい、ニュースだとこの辺りだな……目撃されたのは」

 豪烈が旅客機のロックされていた乗降口を勝手に開く。

 気圧が変化して気流が機内に流れ込み、機体が大きく揺れる。

 豪烈はジェットパラシュートを背負うと、ルルルに向かって微笑む。

「それじゃあ、冒険者クラブ第一回目の冒険に行ってくる。最初だからオレ一人で行くから何かあったら、救援のサポートを頼む」

「わかった……あのぅ、豪烈……一言」

 流れ込む風の音で、ルルルの声は掻き消され。ジェットパラシュートを背負った豪烈は豪快に、開いた乗降口から。

「ひゃはぁぁぁ!!」と叫んで空中にダイブした。

 豪烈の姿が旅客機から消えると、ルルルは豪烈が装着間違いをして、機内に残ったジェットパラシュートを持ち上げて呟く。

「豪烈、パックパックには、ジェットパラシュートの機能はついていないから」

 豪烈が飛び降りた辺りの密林から、落下した物体の墜落煙がボンッと、立ち上るのが見えた。


 灰色の粉がふいた植物の枝葉がクッションになって、数回枝でバウンドしながら地面の苔沼に落ちた豪烈は。

「いてぇぇ」と、声を出した。立ち上がった豪烈は自分が背負っていたモノを確認して大笑いする。

「ははははっ……勘違いしてパックパックを背負って飛び降りちまったぜ、よく生きていたな」

 まるで他人事のような口調で人生を楽しむ、織羅豪烈。

 豪烈は鼻をクンクンさせると、野性の直感で。

「こっちの方角だ」と呟いてジャングルの中を歩きはじめた。

 少し歩くと、木々が揺れて巨獣がジャングルの中を歩いていく所に遭遇した。

 岩陰に身を隠して、巨獣が通り過ぎていくのを待つ。

 ゾウのような体に、トラの四肢、前足と後ろ足の間にはバッタのような脚力脚があり、長い鼻とトラの目、眉間に昆虫の単眼が三角点を形作って並んでいる。

 全身にトラ柄が走り、背中にバッタの羽を生やした巨獣を豪烈は予備知識で知っていた。


(ゾウ、バッタ、トラの合成巨獣『ゾバットラ』だ、初めて間近で見た)

 木を鼻で薙ぎ倒して、立ち止まったゾバットラが、鼻を動かして周辺の臭いを嗅ぐ。

 岩陰に潜んでいた豪烈に気づいた、ゾバットラがバッタの中脚でジャンプして豪烈の方に向かってきた。

「やべぇ!」

 慌てて逃げる豪烈、ゾバットラはトラの前足で岩を粉砕して、逃げる豪烈は崖から沢の川に転がり落ちた。

 川原に落ちた豪烈の周囲に、死肉を食べる肉食魚【サカサピラニア】が、上陸に適応して進化した二枚尾ビレで次々と川の中から川原に上がってくると、豪烈から距離をおいて取り巻くように群がってきた。

 鋭い牙を持つ白眼の肉食魚たちは、今か今かと豪烈が死亡するのを待ち構えている。

「へへへ……第一回目の冒険でいきなり、大ピンチでバッドエンドかよ。

魚に食われて骨になってオレの人生終わりか、おまえたち食べ終わったらオレの肉がどんな味だったか教えてくれ……ははははっ」

 豪烈の自棄笑いに、腹側を上にしたサカサピラニアたちも「ゲッゲッゲッゲッ」と、つられて笑う。

 川原に響く魚の笑い声、意識が薄れていく豪烈は、近くの木の枝から倒れている豪烈の近くに飛び降りてきた人陰を見た。

(女……か? 素足の)

 逆光で人相がわからない人物が現れると、豪烈の近くに群がっていたサカサピラニアの群れは、川の中へと散って逃げていった。

 豪烈は謎の逆光人物から見下ろされながら意識を失った。

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