第25話(1) カラオケボックスにて

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 ある日の練習終わり、緑川たち6人はカラオケボックスに来ていた。


「いや~今日は練習が早く終わって良かったヨ」


 部屋に入り、バッグを置いて大きく伸びをする谷尾に神不知火が尋ねる。


「ヴァネッサさんが、菊沢さんと石野さんと別行動とは珍しいですね?」


「あ~いや、そういうこともあるヨ。奢ってくれるっていうしナ……」


 谷尾が後ろに振り返る。緑川が呟く。


「商店街の関係で無料クーポンを頂いたので……使ってしまおうと……」


「なるほど、そういうことですか。しかし何故このメンバーで?」


「いえ、特に理由はありませんよ」


「はあ……」


「っていうか、オンミョウ、お前が来る方が珍しいだろうヨ?」


「意味はありません。なんとなく勘が働きましたので……」


「なんか怖いナ。詳しくは聞かないでおくワ……」


 谷尾が苦笑する。席に座った池田が声をかける。


「時間は限られているからさーさっさと歌っちゃおうー」


「それじゃあ、私から……」


 桜庭が端末を手に取ろうとする。池田が止める。


「美来はダメー」


「な、なんでよ?」


「上手い人が一番手は後の人が歌いにくくなるからー」


「そ、そんな……」


「というわけで、初っ端はヴァネちゃん行ってみよー」


「ア、アタシかヨ⁉ ま、まあ、良いけどヨ……」


「イエーイ」


「~♪」


 谷尾が一曲目を歌い終える。緑川と神不知火が感心する。


「ふむ、さすがのリズム感ですね……」


「どことなく南米の香りを感じさせますね……」


「いや、そういうリアクションされても困るんだけどヨ……」


「ヴァネちゃん、イエーイ」


 池田がタンバリンをやる気なさそうに鳴らす。谷尾が目を細める。


「いまいちやる気のないリアクションだナ……」


「ほんじゃあ、お次は名和ねー」


「わ、私は後でいい!」


 池田からの指名にこれまで黙っていた永江が困惑する。


「そう言ってどさくさ紛れに歌わないつもりなんだからー」


「そ、そんなことは……」


「ほらほらー」


「わ、分かったよ!」


「オウ、イエーイ」


「~♪」


 永江が歌い終える。谷尾が感想を述べる。


「副キャプって……案外可愛い声だよナ……」


「あ、案外とはなんだ! じゃ、じゃなくて、別に可愛くない!」


 永江が顔を赤くする。


「ほんじゃあ、お次は美郷、行ってみようかー」


「私は後で良いですよ」


「またそう言って、歌わないつもりでしょうーその手には乗らないよー」


「その手って……まあ、良いでしょう」


「ヘイ、イエーイ」


「~♪」


 緑川が歌い終える。


「キャプテン、なかなか上手いナ……」


「ありがとうございます」


 緑川は谷尾に礼を言う。


「アップテンポが続いたので、あえてゆっくりとしたテンポの歌……選曲センスも絶妙ですね」


「真理さん、別にそこまで考えていませんから……」


 神不知火の分析に緑川が珍しく困り顔を浮かべる。


「うん、それじゃあ、オンミョウちゃん、行こうかー?」


 池田が神不知火を指名する。


「わたくしですか……それでは失礼して……」


「二年として三年のパイセンらには負けられねえゾ!」


「いつから学年対抗戦に?」


「セイ、イエーイ」


「~♪」


「ふむ、なかなかの歌唱力、なんでもソツなくこなすな……」


 永江が感心する。


「いや~オンミョウの演歌は心に響くナ~!」


「古い歌=演歌ではないのですが……まあ、それは良いでしょう」


「お待たせー次は美来だよー」


「よしきた!」


「場は暖めておいたからー」


「暖めたのは私たちのような気もしますが……」


 緑川の言葉をよそに、池田がタンバリンを鳴らす。


「レッツ、イエーイ」


「~♪」


「さすがに上手いゼ!」


「これが『歌ってみた』動画再生数、数百万回者の実力……」


 桜庭の歌唱に谷尾と神不知火が感服する。


「『いいねとチャンネル登録よろしく~』って、なんちゃって~」


「美来、どんどん歌っちゃおうー」


「ちょっと待って下さい、弥凪」


「お前こそどさくさ紛れに歌わないつもりだろう?」


 緑川と永江が池田に迫る。池田が目を逸らす。


「バ、バレたかー」


「なんでも良いから歌え」


「分かったよー」


「まったく……」


「~♪」


「オオッ! ダーイケパイセン、上手いじゃねえかヨ!」


「いやーそれほどでもあるよー」


 カラオケは続く。緑川が呟く。


「……盛り上がって良かったです」


「何が狙いだ?」


 隣に座る永江が尋ねる。


「え?」


「え?じゃない、お前のことだ。適当に声をかけたと思わせて、守備陣のレギュラー候補がほとんどじゃないか。美来にしても守備的ポジションでの起用が濃厚だからな」


「……それぞれの人となりを知ることが、連携を深めることに繋がりますから……」


「最初から素直にそう言えば良いんじゃないか?」


 永江が呆れ気味に首を傾げる。部屋に桜庭の美声が響く。

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