第14話(3)収穫と課題

 紅白戦の前半が終了し、5分間の休憩を挟んで後半戦が始まった。前半の終盤と同様に、レギュラー組である紅組が次第に白組を圧倒するようになってきた。左サイドの朝日奈がゴールに近い良い位置でボールを受ける。詰め寄ってきた相手をまず一人簡単にかわす。そこに石野がボールを奪いにかかる。


「もらったし!」


「寄せが甘いわよ!」


 朝日奈は細かなボールタッチで石野のチェック(守備)をかいくぐった。


「⁉」


「よし! ……⁉」


 そこに谷尾が猛然とショルダータックルを仕掛けてきた。石野がニヤリと笑う。


(狙い通りだし!)


(くっ、ワザと誘い込まれた⁉)


 体格に劣る朝日奈は強烈なタックルを喰らってバランスを崩し、ボールを足元から離してしまう。そのままボールはゴールラインを割りそうになった。石野も谷尾も一旦プレーが切れて、ゴールキックになるものと油断した。


「っ、まだ!」


 朝日奈がすぐさま体勢を立て直し、ボールを追いかけて、ラインギリギリに追いついた。


「なっ⁉」


「マジかヨ⁉」


 谷尾が慌てて迫り、朝日奈が左足でボールを蹴ろうとするのをブロックしようとする。


(間に合う!)


 しかし、朝日奈はボールを蹴らず、一度切り替えし、右足にボールを持ち替えた。


「何⁉」


「さっきのお返しよ!」


谷尾をかわした朝日奈はボールをゴール前中央に蹴り込んだ。シュートの様な強く速いボールである。敵味方誰も反応できないかと思われたが、そこには神不知火がいた。谷尾がそれを見て安堵する。


「よっしゃ! オンミョウ、クリア……⁉」


「⁉」


 谷尾も神不知火も驚いた。真理がクリアしようと脚を伸ばすより早く、小宮山が頭から飛び込み、ダイビングヘッドで朝日奈の速いボールに合わせたのである。放たれたシュートはゴールネットに突き刺さった。


「おし! 見たか、神なんとか!」


 自らの得点を確認し、起き上がった小宮山が神不知火に向かって勝ち誇る。


「……神不知火です」


 神不知火は冷静に訂正した。小宮山の興奮は治まらない。


「なんでもいいわ! ウチが本気を出せばこんなもんばい! 恐れ入った……ぐっ⁉」


 朝日奈が小宮山の尻を蹴り上げる。勿論軽くではあるが。


「勝ち誇る前に私の好アシストを讃えなさいよ!」


「お、おう……上出来じゃ美陽」


 小宮山が朝日奈の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「だから、そうやって頭を撫でるの止めなさいよ!」


 リードを許した白組は同点に追いつくべく攻めに転じた。石野が中盤でボールを受ける。


(この局面を打開出来るのは、ツインテのドリブルか、ヒカルのキック!)


 石野は姫藤と菊沢の位置を即座に確認するが、二人へのパスコースはそれぞれ結城と押切によって塞がれていた。一瞬迷いが生じ、動きが止まった石野は背後から他の選手にボールを奪われてしまう。


「しまっ……!」


「成実、切り替え!」


 菊沢の言葉に落ち着きを取り戻した石野は相手のパスをカットする。ボールはサイドラインを割った。菊沢が内心苦々しく呟く。


(ウチとツインテへのマークが厳しくなってきたか……さて、どうするか)


「……ツインテ!」


 菊沢が姫藤を呼び寄せて、耳打ちする。姫藤が黙って頷く。その後しばらく膠着した段階が続き、紅白戦も終盤に入った。菊沢は自身が得意とする左サイドではなく、右サイドのライン際に流れてボールを呼び込んだ。


「こっち!」


 そこにパスが転がって来る。結城が体を寄せに来たが、菊沢はボールをキープせず、ダイレクトで中央にボールを送った。そこには姫藤がいた。栗東がすかさず迫る。


「ここで潰す!」


「マリア! ファウル注意!」


「分かっちょる! ……なっ⁉」


 押切の言葉に答えながらボール奪取を試みた栗東が驚いた。この紅白戦、ボールを受けたらまずドリブルを選択していた姫藤がダイレクトパスをしたからである。ボールはペナルティーエリアの左上の角へと転がる。そこに菊沢が走り込む。


(姫藤さんのこれまでのドリブル一辺倒はいわば布石! ここにきてのダイレクトでのワンツーは相手にとって虚を突かれるもの!)


 ピッチサイドで見守っていた小嶋が内心してやったりとほくそ笑む。菊沢はボールをトラップせず、そのままシュートした。走りながらの難しい体勢ではあるが、左足から放たれたシュートは所謂「巻いた」弾道を描き、ゴールの左上隅へと飛んだ。


(もらった! ……⁉)


 確実にゴール枠内を捉えた良いシュートだったが、これも久家居の守備範囲内であった。辛うじてではあるが、片手でこれを弾き出した。ボールはゴールラインを割ってコーナーキックとなった。


「ナイスキーパー!」


 本場が声を掛けながら、久家居の手を掴んで引っ張り起こす。


(冗談、あれを止める……⁉)


「輝先輩!」


「……!」


「コーナーキックです! まだチャンスはあります!」


 姫藤の言葉に菊沢は頷き、右サイドのコーナーアークにボールをセットする。見上げた菊沢は短い助走からショートコーナーを選択し、近寄ってきた石野にパスをする。攻め上がってきた長身の谷尾と神不知火に合わせるのではないかと予想した相手の意表を突いた。ボールをキープした石野に対し、押切と朝日奈が体を寄せる。


「成実、戻して!」


 菊沢が石野の後方を周り込んで、リターンを要求する。石野は自身の右斜め前に顔を出した菊沢にボールを戻す。菊沢がすぐさま左足を振りかぶる。


「クロスくるぞ!」


 久家居が指示を飛ばす。しかし、菊沢は低いボール、グラウンダーのクロスを選択した。ボールはペナルティーエリアを斜めに切り裂くように転がった。そのままゴールラインを割るかと思われたが、ライン際ギリギリ、右サイドの深い位置で姫藤がボールに追いついた。


「⁉」


 周りが驚く中、久家居は冷静に姫藤との距離を詰めた。シュートコースを狭める為である。


(角度はほとんど無い! 選択肢は一つ!)


 姫藤は右足から左足にボールを持ち替えて素早くシュートモーションに入った。これは久家居の予想通りであった。


(やはり左でシュートか! 止める! ……⁉)


 しかし、姫藤は再び右足にボールを持ち替えた。久家居は驚いた。


(キックフェイント⁉ くっ、体勢が! 間に合わん!)


 久家居の体勢を崩すことに成功した姫藤は右足でボールを中央に蹴り込んだ。そこには谷尾が飛び込んでいた。頭で合わせる。ボールは無人となったゴールへと飛んだ。しかし、栗東がオーバーヘッドキックに近い形でシュートをクリアした。


「なっ……⁉」


 栗東が思い切り蹴り出したボールは転々とピッチを転がった。審判役が笛を鳴らし、紅白戦の終了を告げる。紅組の勝利に終わった。




終了後、神不知火の下に小宮山が近寄ってくる。


「借りは返したばい!」


「……何もお貸しした覚えがありませんが」


 淡々と答える神不知火の態度に渋い顔をしながら、小宮山が続ける。


「アンタは大した選手じゃ、悔しいがそれは認める! じゃが、アンタにはいまいち“球際の強さ”っちゅうもんが欠けとる!」


「球際の強さ……」


「そう! それさえ身につけばっ⁉」


「敵に塩を送ってどうする」


 本場が小宮山の頭を軽く小突いた。神不知火が居住まいを正し、挨拶する。


「本日はお疲れさまでした」


「ああ、お疲れさま。良い練習になった、礼を言わせて貰おう」


「いえ、こちらも良い勉強になりました……」


「再戦が楽しみだな、最も案外それは早く叶いそうだが……」


「?」


 首を傾げる神不知火に対し、本場は軽く手を振る。


「いいや、何でもない、また会おう」


 本場の言っていることがよく分からなかった神不知火だったが、とりあえず頭を下げた。


「息をほとんど切らしていませんね、大した運動量だ」


「……どーも」


 石野は話しかけてきた押切にそっけなく対応した。


「……その運動量にプラスアルファが加われば、もっと脅威になれるでしょうね」


「……そうですか」


「余計なことを言ったかもしれません。そういう性分なので。今日はお疲れさまでした」


「お疲れさまです……」


 去って行った押切の背中を見つめながら石野は呟いた。


「プラスアルファって簡単に言うなし……」


「最後はやられたゼ」


 谷尾が栗東に声を掛ける。


「ふん、おんどれだけには絶対負けたくなかったからのぉ……」


「ん? アタシ、アンタになにかやったカ?」


「ポジションから何から……なにかと似ておるからのぉ」


「ああ、同じブラジルハーフだしナ」


「……アルゼンチンじゃ」


「え?」


「ワシはアルゼンチンハーフじゃ」


「ああ、そうだったのかヨ?」


「だから絶対に負けん! サッカーでアルゼンチンモンが、ブラジルモンだけには負けられんのじゃ!」


「いや、ブラジルモンって……」


「とりあえずこれで一勝一敗じゃな」


 そう言って栗東は立ち去って行った。谷尾は頭を掻く。


「竜乃が言っていた通り、ちょっと面倒臭い奴かもナ……」


「聞きたいことがあるんだけど」


 菊沢が久家居に声を掛ける。


「何だ?」


「今日はアンタに決定的なシュートを二本とも止められた……その理由を知りたいの」


「理由って、半分勘だが……そうだな、少し素直だな」


「素直?」


「キックが正確過ぎて、ある程度コースの予想がつくんだよ。まあ、今日のところは運もあったと思うが……」


「そう……」


「参考になったか?」


「多少は……ありがとう」


 菊沢は礼を言ってその場を離れた。


「……思い出した、千葉で何度か戦ったな」


 結城から不意に声を掛けられた姫藤は戸惑った。


「あ、やっぱり忘れていらっしゃったんですね……」


「今日は良かった、また試合をしよう……」


「は、はい……」


「美菜穂に声を掛けられるなんてそうそうないわよ?」


 朝日奈が割り込んできた。姫藤がお礼を言う。


「あ、お疲れさまでした」


「お疲れ……良いドリブルしてたわね、まあ、まだまだ私には及ばないけどね」


「なかなか朝日奈さんの様には……」


「別に良いのよ」


「え?」


「体格もクセも違うんだから、アンタはアンタのプレースタイルを追求すれば良いのよ。皆一緒である必要はどこにも無いわ」


「はぁ……」


「言いたかったことはそれだけよ……」


 朝日奈と結城はその場を後にした。姫藤はその後ろ姿に頭を下げた。




「いや~今日は色々と想定外でしたね~」


「って、誰のせいでこうなったと思ってんダヨ!」


「折角、隠れて偵察出来そうだったのに!」


 帰り道、呑気な声を上げる神不知火に谷尾と石野が噛み付いた。


「……」


「何か収穫はあった?」


「え?」


 黙り込む姫藤に菊沢が話しかけた。


「なにかを得るためにこんな道場破りみたいなことをやったんでしょ?」


「ええ……まあ、そんなところです」


「何よ、歯切れ悪いわね」


「すみません……でも、そうですね、吹っ切れたと思います!」


「そう、じゃあ良かったんじゃないの」


「ありがとうございます」


「……しかし、やっぱり常磐野レギュラーは強かったナ!」


「当分顔を合わせたくない感じだし……」


「いや、すぐにまた会うことになるよ?」


「「え⁉」」


 小嶋の言葉に皆が振り向く。菊沢が尋ねる。


「どういうことよ、美花?」


「今日の皆のプレーが高丘監督のお気に召したみたいで……いつも常磐野が招待されている夏の親善大会にうちも参加しないかって……」


「そ、それで……?」


「キャプテンにも許可を取ったら、即OKで……参加する方向でまとまったよ」


 スマホを片手に小嶋が笑顔で頷く。


「「え、え~⁉」」


「親善大会というと……何校か参加する形ですか?」


 神不知火が冷静に問いかける。


「そうです、うちも含めて、四校による総当たりのリーグ戦です」


「リーグ戦……後の二校はどこです?」


「東京の三獅子みつじし高校と……令正高校です」


「「「⁉」」」


 小嶋の出した校名に皆の目の色が変わる。


「ふ~ん、そうなんだ」


「リベンジの機会到来ってわけだナ!」


「三獅子高校……全国常連ですね」


「何やら面白い夏になりそうですね」


 神不知火の問いに菊沢が微笑みながら答える。


「そうね……少なくとも退屈はしなさそうね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る