第7話(3)誰も得をしない三番勝負

「わたくしが人の想像を超えるのは……そう、『財力』! 例の物を用意なさい」


 健さんが指をパチンっと鳴らすと、どこからか黒子さんが現れ、立派な布に包まれた木箱を差し出しました。いつの間にか白い手袋を両手にはめた健さんが、木箱からある物をそっと取り出しました。


「なんだこりゃ? 茶碗か?」


 私たちも黒子さんから配られた白い手袋を付けています。健さんはそのことを確認し、物を竜乃ちゃんに手渡しました。そして、説明を始めます。


「これは安土桃山時代、時の天下人から我が家のご先祖さまが直々に拝領した茶器ですわ。鑑定などに出したことはありませんから、はっきりとは分かりませんが……恐らく時価数百万円は下らないかと」


「す、数百万⁉」


 驚いた竜乃ちゃんが茶器をパッと手放してしまいます。


「うわぁ⁉」


 下に落ちそうになった茶器を私が慌ててしゃがみ込んでキャッチします。


「ちょっと、丁重に扱って下さる⁉」


「だったら竜乃に渡すんじゃないわよ!」


「……コホン、どうかしら、わたくしの『財力』は? 貴方の想像を超えたのではなくて?」


「う~ん……皆さん、こちらへどうぞ」


 真理さんが私たちを屋敷の離れに案内します。立派さは屋敷ほどではありませんが、その分こちらはとても頑丈そうな建物です。大きな鍵を鍵穴に差し込み、重そうな扉を開くとそこには、多くの骨董品が所狭しと並んでいます。


「ここは我が家の蔵です。伊達仁さんのお家と同じように拝領したものが大半の様ですね。我が家も特に鑑定などに出したことはないので、価値は正直分からないのですが」


 健さんが震えています。聖良ちゃんが尋ねます。


「どうしたの? 健?」


「こ、これは……!」


 手袋を付けた健さんが近くに置いてあった白磁の壺を軽くコンコンと叩きます。


「ち、ちょっとそんなことして大丈夫なの⁉」


「良い音色……北宋ですわね」


「は?」


「約千年前の品々がそこかしこに……たかだか数百年の我が家には到底持ち得ないものばかりですわ……流石は陰陽師の系譜……わたくしの負けですわ」


 そう力なく呟いて、健さんは膝を突いてしまいました。


「勝ちかどうかはともかく、わりと想定内でしたね」


「くっ! まだ終わりじゃないわ! 次は竜乃の番よ!」


「ええっ! アタシもやんのか⁉」


 場所を先程の客間に戻し、次の勝負?が行われることになりました。


「次は『腕力』勝負! 腕相撲で力比べよ!」


「腕相撲~? 結果は見えている気がするけどよ……あ、アタシ左利きなんだよ、どうする? 右手でやるか?」


 二人の身長は実はさほど変わりありません。つまり、真理さんも長身の部類です。ただ、体格は竜乃ちゃんの方が幾分ガッシリしているように見えます。


「……お気遣いは無用です。私も手足ともに左利きですから」


「そっか、まあ良いや。あ! さっきみたいにおかしな術を使うのは無しだからな!」


「おかしな術……? はて、可笑しなことをおっしゃいますね?」


「自覚なしかよ……まあ良いか、ピカ子、審判頼むぜ」


「ええ、二人とも準備して」


 双方腕まくりをして、黒子さんが用意した足の長いテーブルの中央で互いの左手をガッシリと握りあいます。それを聖良ちゃんが両手で上から抑えこみます。


「準備は良いかしら?」


「いつでもどうぞ」


「OKだ」


「では……ねえ、これって『始め!』って言った方が良いの? それとも『レディ~ファイト!』の方が雰囲気出るかしら?」


 聖良ちゃんの気の抜けた質問に真理さん、竜乃ちゃん、どちらもややズッコケます。


「……お好きにどうぞ」


「んなのどうでも良いよ」


「わ、悪かったわね……こういうことするの初めてなのよ。じ、じゃあ気を取り直して行くわよ……『レディ~始め!』」


「ふん! ……な、何だと⁉」


 結局決めかねた聖良ちゃんの掛け声と共に、竜乃ちゃんが思いっ切り腕に力を込めます。しかし、真理さんはほぼ微動だにしません。


「ちっ! マジでいくぜ! ……ぶっ、ぶはっ、ぶはははははは!」


 さらに腕に力を込めた竜乃ちゃんでしたが、突然笑い声を上げ、膝から崩れ落ちそうになります。その隙を逃さず、真理さんが竜乃ちゃんの腕を倒します。


「私の勝ちですね」


 何が起こったのかという表情の竜乃ちゃんに対し、真理さんが淡々と説明します。


「……人体に一〇八個あると言われる『煩悩秘孔』の一つ、『無色界集諦慢むしかいじったいまん』のツボを押させて頂きました。ちょうど左手にあるのです。ここを突かれると、どんな人でも己が慢心を抑えきれず、足元を掬われやすくなってしまうのです」


「そ、そんなのズルいでしょ!」


「秘孔を突いてはならないとは言われていませんが」


「そもそもそんな発想が無いわよ!」


「むしろルールの盲点を突いた……と言ったところですわね」


「上手いこと言ってんじゃないわよ!」


「不用意にツボを突かれちまったアタシが悪い……ピカ子、後は頼むぜ!」


「何で変な所で物分かり良いのよ、アンタたち……。まあ良いわ! 次は私の番ね!」


 腕相撲用のテーブルを片し、私たちは元の場所に座ります。聖良ちゃんが叫びます。


「次は『女子力』で勝負よ!」


「女子力?」


 首を傾げる真理さんに、聖良ちゃんが説明を続けます。


「そうよ! 有望若手科学者だがなんだか知らないけど、イマドキの女子たるもの、オシャレに気を使わない、使えないっていうのはダメよ! ダメダメ!」


「そういうピカ子さんはオシャレとやらに気を使っているのですか?」


「ふっふっふ……愚問ね!」


 そう言って、聖良ちゃんはカバンから一冊の雑誌を広げて差し出してきました。


「これはファッション雑誌?」


「そう! 中学の時に街で声を掛けられて、『イケてるスポーティ女子50人』に選ばれて、雑誌に載ったことがあるんだから! 貴方たちにはないでしょ? こんなレアなこと!」


「……どこに載っていますの?」


「……あ、これじゃねーか? 写真随分小っちゃくねえか~?」


「お、大きさはこの際、どうだって良いのよ! これもファッションセンスの良さを認められた証なの! どうです、先輩? こういう経験は無いんじゃないですか?」


「う~ん、ちょっとお待ち下さい」


 真理さんは一旦奥の部屋に下がりました。そして、一冊の厚いファイルを持ってきました。


「これは……名刺ファイル?」


「中学校の修学旅行で東京に行った際、一日私服で自由行動の日がありまして、私はあまり興味なかったのですが、友人たちに連れられて。渋谷や原宿の街を歩いていると、非常に多くの方から声を掛けられました。勿論、お話は全て断りましたが、その時頂いた名刺類はこのようにキチンとファイリングしています。」


「ほお……この見開きページにある50枚程の名刺がその時頂いたものだと」


「有名な芸能事務所のマネージャーさんや人気ファッション雑誌の編集者さんがこぞって真理さんに名刺を……」


「雑誌にこそ載ってはいねえけど、載るチャンスは十分過ぎるほどあったと……さらにそれ以上の機会に恵まれる可能性もあったっていうことだな」


「ぐむむ……ま、まだよ、まだ決着は着いていないわ! 2対2のスコアレスドローといったところよ!」


 聖良ちゃんがカバンからもう一冊雑誌を取り出そうとします。大分錯乱しているようです。2対2ならば、双方点数が入っているので、スコアレス(0対0の無得点)ドローということは有り得ません。私はまず聖良ちゃんを落ち着かせます。


「聖良ちゃん、落ち着いて。まずは戦況をよく確認しよう」


「桃ちゃん……そうね、まだ私の1点リードってところよね」


 何を以ってリードかは良く分かりませんが、とりあえず平静状態に戻ってくれたようです。


「とにかく、次はこれよ、『オシャレは指先から!』」


 聖良ちゃんは広げた雑誌を机の上に叩きつけます。


「これは……ネイルアートの特集?」


「そう、私は服装や髪形に留まらず、文字通り爪の先のオシャレまで追求しているの! まあ校則もあるから、あんまり派手派手なのは出来ないけど……ここまでの姿勢、先輩には見られないようですが?」


しばらく雑誌を黙って見ていた真理さんが、ハッとなって、顔を上げて話し始めます。


「このページのモデル……いわゆる“手タレ”さんですか? 全員私ですね」


「「ええ⁉」」


「家の仕事の手伝いで、東京に出張占いに伺ったことがあります。その時私は手相占いを担当していたのですが、接客したお客さんがたまたま出版社の編集部の方で、『綺麗な手をしていますね! 是非手のモデルになってほしい!』と言われたのです。御得意先の出版社さまだったので断りきれずに……」


「ごふッ!」


「あ――っと、ピカ子さんにつうこんのいちげきですわ!これはせんとうふのうかしら⁉」


 謎の擬音を発し、聖良ちゃんはへたり込んでしまいました。


「ピカ子もダメか、こうなったら……」


「へ?」


 その場にいた全員の視線が私に注がれます。私は分かりやすく狼狽します。


「い、いや無理だよ、私には『~~力』勝負とか、そんな恥ずかしいことは!」


「恥ずかしいって、おい!」

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