第8話

「おはようさん。気分はどうだ?」

「おはよう。って言うには空が暗いし私の心も真っ暗よ」

「そいつは残念だ。そういうときはこの小動物を抱き締めて和むといいぜ」


 そう言いながら、ラクトは自身の背後に隠れるグリアを引っ張り出した。


「あ、こら首根っこを掴むな! それに小動物扱いするでないわ!」

「あら可愛い。さっき見た時はずいぶん大人びてると思ったのだけど、こうして見ると年相応なのね」

「年相応?」


 レオナの言葉に、ラクトは首を傾げながらじっとグリアを見つめる。


「なんじゃ、言いたいことがあるならハッキリ言えばよかろう」

「じゃあ遠慮なく。こいつはこう見えても……」


 そう口を開こうとした瞬間、凄まじい殺気がラクトを襲う。ラクトが殺気の発信源を見下ろすと、レオナに聞こえない声でグリアがぼそぼそと呟いていた。


「女性の年齢をバラすような子に育てた覚えはないんじゃがなぁ……ああ、そういえばこれは独り言じゃが、ニード向けの最近新しい薬を開発したんじゃった。その実験だ――ではなくモルモッ――でもなくテスターを探しておったんじゃが、丁度いいのが――」

「見た目通りの年齢だからなぁ。レオナが年相応って思うのも無理はないなぁ」

「そ、そう?」


 酷いくらい棒読みなラクトを不自然に思いながらも、何故かこれ以上踏み込んではいけないと脳内で警報が鳴っているので聞くのを止めておく。


「そういえばまだ自己紹介を済ませておらんかったな。儂の名はカログリア・レージェント。こう見えても医者をやっておる」

「私はレオナ・グレイナス……です」

「ふふふ、儂はこんなナリじゃからな。敬語が使いにくければ普段通りでよいぞ。大抵の患者は儂に敬語なぞ使わんからな」


 地面に降ろされたグリアがポットの中に入っている紅茶をカップに注ぎ、それをレオナに手渡す。その表情はつい先ほどまで震えていた少女とは思えない。老練ささえ感じさせる優しい眼差しだ。


「ほれ、ずっと寝てて喉も渇いておるじゃろう。これでも飲んで落ち着くがよい」

「ありがと。それと、さっきは取り乱したりしてごめんね」

「よいよい。辛いときは好きなだけ泣いて、涙で悲しみを流してしまうのが一番じゃからな。親が亡くなった時は特に……っとすまん。嫌なことを思い出させたか」


 親が、と言った瞬間レオナが体を震わせたのを敏感に感じ取り、グリアは頭を下げる。


「ううん、大丈夫。あれだけ泣いて喚いた後だと、だいぶ頭の中もマシになったわ」


 力なくそう言う彼女の目元に涙の跡が残っていることをラクトは気付いていた。瞳も涙で赤く腫らしており、目覚めてから一人で泣いていたのがわかる。だがそれでもこうして錯乱していないということは、恐らく彼女は一人で心に整理を付け、一人で立ち上がり、一人で前を向いたのだろう。

 そんな彼女を、ラクトは鋭い目付きで睨む。


 ――そんなこと、出来るものなのか?


 時計の針を見るとすでに深夜と言ってもいい時間帯だが、それでもまだあの出来事から半日も経っていない。見知らぬ誰か殺されたのとはわけが違う。自身が最も大切にしているはずの家族が殺されて、人権を無視したような残虐な死体を見せられて、こんな短時間で立ち直る事が出来る女子高生がいるとは思えない。

 何かがおかしい。グリアに視線を向けると、彼女もそれに気付いているようで、一度頷くと行動に移る。


「まあ話すべきことは沢山あるが、それよりもまず風呂にでも入ってきたらどうじゃ? その間に簡単な物でも作っておいてやろう」

「あ、ちょっ……」


 グリアほれほれと戸惑うレオナの背中を押しながらシャワールームへと案内すると、テキパキ準備を整えてやる。

「タオルはここ。寝間着はこれ。シャンプーやボディーソープは中にあるから好きに使うがよい。さすがに下着までは用意出来んがそこはすまんが――」

「ノーパンで」

「そうノーパンで――って変態は黙っておれ! 今使っとるやつで我慢してくれんか?」

「……えっと、ええ。じゃあせっかくだから色々借りるわね……ちょっとアンタ、絶対に覗くんじゃないわよ」


 視線を強くしながらラクトを一睨みすると、彼はハッと鼻で笑いながら視線を下げて青髪の少女に向ける。


「だってよグリア。お前意外と信用ねえなぁ。よし! しゃーなしで俺が扉の前で見張っててやるよ」


 そういった瞬間、女性人二人から呆れた顔を向けられる。


「信用ないのはアンタの方よラクト」

「よくもまあここまで堂々と言い張れるのお主。あー心配いらん。こいつはちゃんと見張っておくから、ゆっくり身繕いをするとよい」

「うん。信用してるわよグリア先生」

「……グリア先生。うむ、良い! 実に良い響きじゃ! よーし任せておけレオナ。お主の事は儂がしっかり守ってやるからの!」

「もう聞いてないぜ」

「…………」


 グリアがニコニコ顔で言った言葉は、すでに洗面上の扉を閉めたレオナに届くことはなかった。一瞬の沈黙が二人の間で流れるが、不意にラクトが口元を吊り上げる。


「相変わらずチョロいな」

「うっさいわ!」

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