今宵はどんな薬をお求めですか?
うみの水雲
妖薬局
1、看板娘
空を覆うは分厚い鈍色の雲。
いつ降り出してもおかしくなはい空模様に、
こんなに暇なら奥で大人しく宿題でもしておけばよかった。
頑張ればここでもできなくはないのだが、客足がほとんどないとはいえさすがに店のカウンターで文房具を広げる程常識知らずではない。
あと三十分して誰も来なかったら早めの店じまいをしよう。
小さな決心を胸に奥の調合室へと足を延ばそうと思ったその時。
チリンチリンと来客を伝えるベルの音が響く。
「いらっしゃいませ」
「あ、いたいた。ねぇ、赤やん、りっちゃん居たよー!」
にっこりと営業スマイルを張り付けた璃子だったが、来訪者を見るなり通常運転、いやむしろ低速運転になる。
「・・・うっせぇ。そんなの見ればわかる」
慣れた様子で店に入ってきたのは日に焼けた体格の良い男二人組。
向かって右側、テンション高めで無駄に顔がいいのが
二人とも県内屈指のスポーツ名門宝条高校に通うサッカー青年で、今もまさしくその練習の帰りなのか揃いのジャージに揃いのスポーツバッグを持っている。
「あんた達、一体何の用?」
あんた達とは言ったものの、その視線は桃矢一人に注がれる。
「今日は天気が悪いからりっちゃん暇してるから寂しいだろうなって思って顔見せに来たんだよ。あと、今度の小テストに出るとこ教えて欲しくってさ」
てへっと舌を出す仕草はその体格には全く似合わないのに、無駄にいい顔のせいで違和感が相殺される。
ここにファンの子達がいれば黄色い歓声が上がっているだろうが、残念なことにここにいるのは同じくらい体格のいい幼馴染の男と然程桃矢の顔に興味のない幼馴染の女だけである。
全く効果はない。むしろ二人は無表情でどこか遠い目をしている。
「それ、壮ちゃんに教えてもらえないの?」
「・・・りっちゃん、君、いくら従兄だからって赤やんのこと買い被りすぎない?俺と赤やんのレベルはほぼ同じだよ」
どんっと胸を張るが、それ胸を張っていいことなのか。
横目で壮馬を見ると目があった。やや気まずそうに逸らすところをみると、本当に(ヤバい)のだろう。
いくらニ年でレギュラー張ってるとはいえ、赤点を取れば問答無用でレギュラーから外されるのが宝条高校だ。
「・・・五分待って。店じまいするから」
璃子がレジを閉め始めると、壮馬が無言で戸締りをし始めた。
調合室は・・・と思ったが、ここはどうせまた今晩訪れなければならないのでそのままにしておこう。中途半端に触るとよろしくないものができてしまうとも限らない。腕には自信があるが、過信は何事にもよろしくない。
入り口の鍵を閉めて、最後に大きな南京錠をつける。
「・・・その南京錠ってさ、なんか不思議だよね。どこで売ってるの?」
桃矢の質問に二人の肩が跳ねる。
「・・・さぁ、知らない」
「ふーん。赤やんもお爺ちゃんから聞いてないの?」
「知らねーな・・・って、おい!」
触ろうとする桃矢を慌てて止める壮馬。
「えっ、ちょっと見るくらいいいでしょ?」
「あっ・・・いや、その、それあんまし綺麗なもんじゃねぇーし・・・あ、ほら!そんなことよりほら早く行こうぜ。お前、今回マジでやばいだろ」
不満げな表情がころりと変わる。
「あっ、そうだった!りっちゃん、赤やん、早く早く!」
パタパタと走っていく様はまるで大型犬のようである。
横目で見ると、また壮馬も同様にこちらを見ていた。二人して大きくため息をつく。
「ナイス反射神経」
「・・・早くそれ変えとけ。あいつまた触ろうとするぞ」
「やめてよ、縁起の悪い」
その縁起の悪いことは実はすでに数回起きている。本人が忘れているだけなのだが、こちらとしては大変な労力を割かなければならないので願わくば回避したいところである。
だから璃子だって代えれるものならこんな危険物とっくの昔に変えている。だが、代わりとなる物は未だに見つかっていない為泣く泣く使っているに過ぎないのだ。
遠くから何か叫びながら手を振る幼馴染の姿に、二人してもう一度大きくため息をついた。
「・・・あいつ、呑気でいいな」
璃子は無言で同意する。
「あ、そういえば今晩は壮ちゃんもだからよろしくね」
返事を聞く前に璃子が桃矢の方へと歩き始める。
「・・・マジかよ」
壮馬は短髪頭を掻きむしると、もう一度大きくため息を漏らした。
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