第83話 あんたの傍にいる。そう決めていたから

 ――ビービービー――


 警告音が鳴り響く。


「な、何だっ⁉」


『自爆スイッチが押されました。当機はこれより二百秒後に自爆します』


「何だとっ⁉」


 アナウンスの内容に驚いたヘドロは叫んだ。


「たっ! 助けてくれぇっ!」


 ヘドロは鼻水を垂らしながら懇願する。


「何を今更……自業自得でしょうに」


 散々暴れ回った末に、アースの忠告を聞かずに自爆スイッチを押したのだ。自業自得にも程がある。


 ラケシスがアースの腕を掴み、その場から離れようとしていると、


「アース様、助けることはできないでしょうか?」


 カタリナが近付き、真っすぐな瞳をアースへと向ける。


「いいの? カタリナを苦しめたんでしょ?」


 こうなった経緯については、ある程度聞いている。

 元は、ロザリー教の一部の人間とヘドロのせいなのだ。


 酷い目にあわされたのに、助ける必要はないのではないかと誰もが思っていた。


 ところが、カタリナは首を横に振る。


「やはり私は命が失われるのが嫌です。たとえそれが……」


 自分に危害を加えた人物であっても。自分の命を救ってくれたアースに顔向けができなくなる。


「そっか」


 アースはカタリナの気持ちを汲み取ると……。


「そこのデブなおじさん」


「私はヘドロだっ!」


「左手を後ろに伸ばして底をあさってみてください。スイッチがあるでしょう?」


「あ、あるっ!」


「それが緊急時の脱出スイッチだからさっさと押してください!」


「そう言って私をだますつもりではないのか⁉」


「放っておけば死ぬ人間をだますメリットが、僕にありますか?」


 その言葉を聞いて、ヘドロがスイッチを押すと、座席ごと射出される。警備兵が即座に彼を確保したので後の始末は彼らがやってくれるだろう。


「それで、どうするのよ?」


 ラケシスは避難することなくアースへと近寄る。


「もう少し時間があれば、コアを取り外して爆発を最小限に抑えることもできるんですけどね……」


魔導アーマーは相変わらず秒読みを続けている。


「ラケシスさんは逃げないんですか?」


 アースはラケシスに確認した。


「あんたの傍にいる。そう決めていたから」


 ラケシスは照れもせずにそう告げると、アースの手を握りしめる。

 つないだ手からラケシスの温もりを感じ、アースは顔を綻ばせた。


「ラケシスさん。転移ゲートを……どこか人がいない場所に開けますか?」


「ん、できるわよ」


 

 あっさりと答えるラケシス。


「よし、皆さん。力を貸してください!」


「ど、どうされるおつもりですか?」


 カタリナが質問をする。


 その間に、アースは魔法の袋から大量の丸太を取り出し魔導アーマーの後ろへと並べていく。以前、山奥で伐採・加工して仕舞っておいたものだ。


「アース、こっちの準備ができたわよ」


「ゲートを開いてください!」


 次の瞬間、アースが並べた丸太の上に青白い光のゲートが開いた。


「皆さん、魔導アーマーを押すのを手伝ってください!」


「そう言うことねっ!」


「ここはワシの出番じゃな!」


「本当に良くもこの状況で思いついたもんだ」


 リーンとベーアとケイが魔道アーマーを押し、周囲で見ていた人間もそれに加わる。


「10……9……8…………7……6……」


 魔導アーマーを丸太の上に乗せ、皆の力で転移ゲートへと本体を滑らせて行くと……。


「えいっ!」


 アースたちは転移先に魔導アーマーを押し込むことに成功した。


「ラケシスさん、転移ゲート閉じてください」


「わかったわ」


 次の瞬間、青白いゲートが消失した。


「え、えっと……。アース様。今のは?」


目を丸くしたカタリナは、何が起きたのか聞いてきた。


「ラケシスさんが使える転移魔法だよ。これを使って、人気のない場所に魔導アーマーを捨てたってわけさ」


 何とも言えないあっさりとした解決方法に、周囲の人間は目を丸くした。


「さて、後はその人を連行して無事解決ですね」


 そう言うと、警備兵がヘドロを拘束し、レミリアも連れていかれる。


 今回の事態を引き起こした二人にはきつい事情聴取が待っているのだ。


「これで万事解決だね。いやー、今回もリーンちゃんの大活躍が冴えわたりましたねー」


「あまり活躍していない気もするけどな」


「大きな被害も出なかったのだ、今はそのことを喜ぼうではないか」


 アパートのメンバーから緊張感のない会話が聞こえてくる。


「ところで、ラケシスさん。転移ゲートはどこに繋がっていたんですか?」


 アースはふと考えると、ラケシスが魔道アーマーを捨てる先にどこを選んだのか気になった。


「あんたの例の秘密基地よ、山奥にある」


「……え? ちょっと、何言ってるのかわからないんですけど?」


「だから、山奥のログハウスのあたりに捨てたって言ってるの」


 現実逃避をしようとしているアースに、ラケシスは残酷な事実を告げた。


「なんでっ! ラケシスさんならもっと人気のない場所知ってるはずじゃないですか!」


「し、仕方ないでしょ! あの魔法はイメージが大事なの。記憶に残るような場所じゃないとすぐにゲートを開けなかったのよ」


 爆発までのカウントダウンが迫っていたので、仕方ない。


 アースはその場に崩れ落ちると……。


「僕の! 秘密基地がああああああああああーーー‼‼‼」


 夜空に向かって叫び声を上げるのだった。

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