第79話 アースきゅん、食べさせてぇ
◇
「一体、どういうことなんだ!」
とある場所で、ヘドロとレミリアは密談を行っていた。
「どうもこうも、あのような強引な手段を用いられてしまいますと、こちらとしても擁護しかねます」
怒鳴るヘドロに対し、レミリアは冷たい態度で応じる。
元々、多額の寄付金をもらい、聖女カタリナを売り払ったのは神殿上層部の偉い人物の判断なのだが、ヘドロが下手を打った以上は切り離すしかない。
既にラケシスを通して苦情が寄せられており、今回の計画を立てていた一派は神殿内でもやり玉にあげられていたからだ。
「あくまで、自由意思による恋愛だと申し上げましたよね?」
以前、たまたま治療をした聖女と大商人がブレスで再会して意気投合して結婚する。
そんな筋書きを提案されていた。
慎重にことを運べば、カタリナの意思を封じ込めることもできたに違いない。
だというのに、ヘドロは己の肉欲を満たすことを優先したため、カタリナを手籠めにしようとした。
結果、自ら神殿との取引内容まで暴露し、第三者であるラケシスに介入する口実を与えてしまったのだ。
「そんなのは、建前ではないか。ワシが一体いくら、神殿に寄付したと思っておるのだ?」
あくまで、共犯関係にあることを強調するヘドロ。確かに、今回の婚姻は神殿側――レミリアが仲介をしている。
「いずれにせよ、私たちの陣営も今回の件で糾弾され、そちらの擁護まで回ることはできません」
「そうなると……?」
「このままだと、地位か名誉か、資金の……どれかを失うでしょうね」
それだけ、神殿の象徴である聖女に手を出したという情報は重かった。
「ああ、でも、かのSランク冒険者さえ口を噤んでもらえればすべて丸くおさまりますけどね」
事実上、それはほぼ不可能に近い。ラケシスは魔王の異名を持つほど強く、単独で高ランクモンスターを討伐するだけの実績を持っている。
そんな彼女を排除するには、とてもではないが戦力が足りない。ところが……。
「なるほど、あの女さえ消せばよいのだな?」
ヘドロは瞳に暗い色を宿すと、レミリアに確認した。
「このまま手をこまねいていてもどうせ破滅する。ならばせめてあいつくらいは巻き込まなければ……」
「な、一体何を?」
レミリアの質問に、ヘドロは答えることなく出て行くのだった。
◇
「いよいよ、年末だねぇ」
リーンは溶けるようにテーブルに顔を乗せると眠たげな様子で呟いた。
「結局、アパートのメンバーが揃ったんだな」
ここは、旅館が宿泊客に開放している寛ぎ部屋で、ホリゴタツという暖房器具に足を突っ込み、居心地の良さから逃れられなくなった皆は囲いこむように座り寛いでいた。
「それにしても、良くこれだけのメンバーが揃ったものだ」
普段のアパートのメンバーに加えて、聖女カタリナとライラもいる。
遠いブレスでこうして集まり暖を囲むとは、なかなか奇妙なことになったものだとケイは考えていた。
「リーンさん、カンミの皮剥きましたよ」
「アースきゅん、食べさせてぇ」
顔をのそりと起こすとアースに甘えるような声をだす。
「仕方ないですね……」
「あーん……」
口を大きくあけるリーン、アースがカンミの房を近付けるのだが、途中で横からラケシスが顔を近付け奪った。
「うん、酸っぱくて美味しいじゃない」
「あっ、ラケちん! 今のはリーンちゃんがアースきゅんに奉仕してもらうところだったのに!」
「自分で剥いて食べなさい。アースに奉仕させるのは許さないわよ」
「そっちはやってもらったくせに! ずるいよ!」
「私はいいのよ!」
くだらないことで言い争いをする二人を周囲は冷たい目で見ている。
「それにしても、ラケシスも随分素直になったもんだ」
「そうだのぅ。ここまで追いかけてきたこともそうじゃが、やはりライバルの出現のせいか?」
今もアースの顔を自分の胸に押し付け、リーンと口喧嘩をしている。
何が何でもアースを渡すまいとする姿勢は、これまでツンツンした態度をとっていたラケシスにはないもの。
「あははは、随分とにぎやかですよね」
ライラが苦笑いを浮かべつつ、カタリナの様子を気にする。
「これまでは、神殿の祭事で年末年始は忙しかったので、こうしてのんびりできるのは嬉しいです」
現在のカタリナは、ラケシスがロマリア聖国に抗議を行っている最中なので、特に仕事がない。
そんな訳で、ホリゴタツに足を入れ、何するわけでもなくぼーっとしていた。
もしかするとヘドロからの報復があるのではないかと考えたので、こうして寛ぎ部屋に滞在しているのだが、Sランク冒険者一人、Aランク冒険者が四人もいるとなると、高ランクを金で雇ったとしてもそう簡単に崩すことはできない。
「今日はこのままここで一日ゆっくり過ごして、夜になったら街に繰り出しましょうか?」
アースがそんな提案をした。
「いいね、年越しゾバというのを食べるんだよね?」
「私はザツニというのを食べてみたいわよ」
リーンとラケシスが思い思いに希望を口にする。
「それじゃあ、全部やるとしましょうか」
そんな光景を眺めながら、
「来年も良い年になりそうじゃな」
「同感だ、ベーア師範」
ぬるま湯のような暖かい空間で、ベーアとケイは盃を重ね酒を呑むのだった。
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