第35話 まだ戻ってこないのー?
「さて、ベーアさんも修行に行ったし僕もそろそろ出かけるとするかな」
翌日、朝起きてみるとベーアの姿はなかった。どうやら山籠もりに向かったらしい。
「たまにしか来られないだろうからこの機会に採れるだけ採って行かないとな」
アースは『袋』を腰に下げるとログハウスをでた。
「それにしても綺麗なところだなぁ」
住んでいる街は開拓されているので緑が少ない。
近所の森も緑が豊かとはお世辞にも言えない。駆け出しの冒険者や見習い錬金術士などが素材を採りに来るので荒れているのだ。
「これならレアな植物が期待できそうだぞ」
それに比べてここは中級冒険者の立ち入るような場所だ。
くるまでにそこそこのモンスターがいるので駆け出しの冒険者や見習い錬金術士では入ってこられない。なので植物なんかが手つかずで残されており、宝の山のようなものだった。
「早速【鑑定マスター】を使って……おっ! これいいかな?」
人が見ていないということもあって普段よりも自重をしないアース。
近くの木に鑑定を使うと……。
「これはミトンツリーだ。この木の樹脂は洗材料として使われているんだったな。回収しておこう」
これから石鹸や頭髪を洗う洗剤を作ることができる。樹脂の効果で髪が綺麗になるので、ラケシスやリーンへの贈り物にとアースは考えた。
持っていたナイフで木にキズをつけると流れ出る樹脂を容器へと入れていく。
そして容器が一杯になると袋につめ次の容器を用意する。
この容器だが、アースの成形技術により量産した物で、ポーションを保存する瓶に比べると随分軽いので重宝していた。
「ふふふ、取り敢えずこれぐらいでいいか」
周囲の木からも樹脂を集めて十分な量を確保したところで次の収集へと向かった。
「おっ、こんどはブカマ芋だな」
木に絡まっている蔦をみる。地面から生えているこれは地面の下にブカマ芋という食材が埋まっている証なのだ。
「栄養価が高くて粘りが強い。汁に触れてるとかぶれるけど、これがあれば料理のレパートリーも増えそうだな」
今夜の食事は決まったとばかりにスコップを取り出したアースは一生懸命に掘り進める。
「こっちはレインボーハーブ、こっちのこれはゼリウム鉱石。あっちは…………」
それからもアースは少し移動してはアイテムを収集していく。【鑑定マスター】の前には使えるアイテムを見逃すことはない。
鍛冶だったり細工だったり裁縫、調薬などなど。アースは嬉々として材料を集めて回るのだった。
「アースきゅん。まだ戻ってこないのー?」
アースがベーアと旅に出てから10日が経過した。
既に冷蔵庫の中身は食べつくされている。
「そうね、別にまったく気にしてなかったけど結構経ったんじゃないかしら?」
リーンの言葉にラケシスは興味なさそうな声で答えた。
「お前ら……随分と汚したよな?」
そんな2人をケイが冷たい目で見る。
アースが出て行ってからというものこの2人のせいでアパート全体が汚れていた。
そこら中にゴミが散らばっているし、ほこりも被っている。
「アースきゅんと師範って大丈夫だよね?」
リーンの良くない想像に2人は反応する。
「平気に決まっているだろ。ベーア師範は槍の呪いにかかっていたからゲイになっていただけなんだし」
その呪いもアースの手によって解除されている。今は鋭い切れ味の槍にすぎないのだ。
「いやでもさ、そう言う目でみてきたわけじゃん。完全に安心できないというか……」
戻ってくるのが遅いせいかリーンは不安そうな表情を浮かべる。
――ガタンッ――
「ラケちん?」
ラケシスが立ち上がると椅子が倒れる。
リーンの怪訝な視線にラケシスは髪をかき上げるとすまし顔で言う。
「…………ちょっと旅に出てくるわ」
顔色が悪く、慌てた様子でまくしたてるラケシスだが……。
「あっ! もしかしてラケちん。1人でアースきゅんに会いに行くつもりじゃあ?」
完全に図星なのか無言で顔を背ける。
「ケイっ! うちらも行こうよっ!」
「なんでだよ?」
ケイは溜息を吐くとリーンとラケシスを見た。
「ケイだってアースきゅんの作る食事でなきゃ満足できない身体になってるでしょ? いつ戻ってくるかわからないし、最悪野生にかえっちゃったかもしれないんだよ?」
アースがサルみたいに野山を駆け回る姿を想像する。あり得ないとは思うのだが……。
「わかった、行くか」
「ありゃ? もっとごねるかと思ったのに」
「あいつはしっかりしているけど抜けている部分もあるからな。収集に夢中になって半年ぐらい山に籠りかねない。そうなると俺たちが野垂れ死ぬからな」
何せすっかり胃袋を掴まれ世話になりっぱなしなのだ。
「ちょ、ちょっと……私は別にアースに会いたいわけじゃないんだからねっ!」
言い訳をするラケシスを無視したリーンは、
「それじゃあ各自準備をして出発しようっ!」
そう言うのだった。
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