いい加減、彼女の中身を暴かなければならない③
「気持ち悪い……気持ち悪い?」
想定外の形容詞がまろび出てきたことで、俺は呆けた声で思わず聞き返した。
「うん。気持ち悪い。だって、あたしの存在だって今たまたまここに存在しているだけってことでしょう?
それってとても不安になることで、すごく気持ち悪くて、恐ろしいことじゃない?」
北条は、口から出てくる刺々しい言葉とは裏腹に微笑んだ。
その微笑は、これまで見てきた彼女のいかなる表情よりも自然で、初めて瞳の奥底が見えた気がして、思わず気後れしてしまった。
そしてそれ故に、今彼女が言っていることはきっと本心だ、という確信めいた予感が脳内を支配していく。
「あたしはね、自分が、他人が、世界が偶然存在しているっていう事実がたまらなく怖いの。理由がないものって怖いでしょ?」
「あぁ、それはわかるな」
現に俺は理由が見えないお前の行動に恐怖していたわけだしな。
「それでね、私は探すことにしたの「必然」をね」
「はぁ……」
何がなんだかさっぱりだ。それが北条の考えていたことなのかもしれんが、それと俺への行動原理がなかなか結び付かない。
よっぽど呆けた顔をしていたのか、北条は少し不満げに言った。
「そんな顔しないでよ。これでもトージを見込んで話してるんだから」
「なんでよりによって俺なんだ?もっといい相手いるだろ、知らんけど」
今こいつが言ったことに真っ向から反対する気はない。少なからずの共感は持っているつもりだ。
だが、何も俺である必要はない。それこそ、俺よりも頭が切れる人間なんてこの学校ですらごまんといるはずだ。
「生活科学のレポート、再提出くらってたでしょ」
「?まぁ、くらったが……」
「とかく、世の中は汚れ、歪み切っている」
「おい、なんで知ってるんだよ」
「再提出する前のレポート、読んだよ。たまたま職員室にあったのが見えてね。あれで確信したの。あぁ、この人もあたしと同じだって」
思わず頭を抱えた。
おいおいマジかよ。あれ読んじゃったのかよ。あんな恥ずかしい文章同級生に見られたらもう生きてけねえよ……。
というか鳥居先生ズボラすぎる、許せねぇ……。
「あ、あれは冗談だ」
「ふーん、冗談かぁ。なら、みんなにバラまいて笑ってもらおっか」
「……オーケーオーケー、わかったわかったわかりました。とりあえずお前の話を聞く」
「よろしい」
苦し紛れの言い訳をあっさり粉砕され、おとなしくなった俺を見て満足げに頷いた北条は、ひと呼吸置いてからまた語りだす。
「あたしの探す「必然」は何でもいいわけじゃないの。「人は必ず死ぬ」とか証明する必要もないし。あたしは、人間の心の……無理なら、あたしの心の中での「必然」を探したい。それってさ……」
「あぁ、そうか」
彼女の言う必然は、確かにいつかの俺がレポートに書き、そして今も心の中で願っている「不変」と近しい。
必然の心理。自分は必ずこう動く、という確信と行動が、彼女は欲しいのだろう。
もし近くに自分と似たような思考を持つ人がいるのなら、接してみたくなるのも道理だ。
けれどそれを精査する必要もある。その方法として相手を試すということができるのなら、それを行うことは大して非合理的な話ではない。
「それで俺ってわけかい」
「そゆこと」
北条はひひっと口角を上げて、白い歯を光らせる。全く、こんなバカバカしい絵空事を話してるときにするような顔じゃない。
「というわけで、あたしはトージに話しかけ、わざわざ部活なんていう方法を用いてまであたしに関わらせたわけです。体育祭までのあれこれは全部トージがどんな人なのかもっと知るためにやっていたのだよ」
北条は少し威張ったように胸を張った。つまり、一応試していたという解釈は正しかったと見える。
「ってのが、トージの聞きたがってる答えかな。どう?」
「……いやいや」
そうは言ってもだ。流石に夢物語が過ぎる。
多少は納得できるが、この北条が……?
「トージは今、もちろんそんな話はあり得ないと思ってるよね。現実的じゃないって。けれど、私がトージに接する理由を、そしてこの状況で私が嘘をつく利点を、を説明できる?」
「……できないんだよなぁ」
困ったことに、できない。
嘘をついている時はどうしても笑えてきたり、目をそらしたりするものだ。
だがまっすぐに俺と捉える北条の瞳は一分の揺らぎもなく、表情全体は真剣そのものだった。向こうには嘘をつくメリットもないし、つく理由もない。
「とりあえず、いくつか質問していいか」
「どうぞどうぞ」
「まず一つ目。どこまでがお前の差し金で、どこからがたまたま発生したことなんだ?」
最近あったことを思い出す。
北条に絡まれ始めたこと。
部活に入れられかけていること。
生徒会長が来たこと。
体育祭の手伝いをしたこと。
カンニング疑惑解決に駆り出されたこと。
リレーを走らされたこと。
そして公開告白の巻き添えを食らったこと。
果たして、どこまでがこいつの掌の上だったか。どれが彼女の言う「必然」なのか。
「あー……これはあたしの想定外のことを上げた方がいいかな。全てがあたしの予定通りに起きてるわけじゃないけど、明らかに予想になかった自体が起きたのは二つだよ。一つは二人三脚に出なかったこと。まんまとしてやられたね」
べ、と舌を出しながら、少しだけ悔しげに北条は言った。
「それで二つ目は、亮輔が怪我をしたこと。これは完全に想定外でちょっと焦っちゃった」
「ってことは俺が走らされたのは単なる偶然か」
「まぁ、そうなるね」
……ふむ。じゃあリレーの確実な勝算は無かったわけだ。あっぶね~……。負けたらやばかったな。
「それなら、なんで松本の公開告白を事前に防がなかったんだ?お前の言ってることを信じるなら、もっと前に何とかする術もあると思うんだが」
「それは簡単だよ。ああすれば怜はしばらく告白チックなこと言い出せなくなるし、周りも怜が狙ってることを知れば迂闊に手を出して来なくなるでしょ」
「参考までに聞くが、誰かと付き合う気はあるのか?」
「ふふっ、トージもそんなこと聞くんだね」
「……いやそうじゃない」
「わかってるって。でも、うーん……それが「必然」に違いないなら、要は絶対この人だな、みたいな確信があればっていう答えが正しいかな?」
ほう、なんとシンプルな。そしてこの女もなかなか強かだな。
そう言う北条の雰囲気は、大きくいつもと変わっているような印象は受けなかった。
けれど、やはり快活一辺倒な「いつもの」北条とは違って、どこかに仄暗い翳りがあるように見えた。
「三つ目。お前のいう必然とやらを探すなら、お前はわざわざ明るい雰囲気を醸し出して、転校したここで友達を作らなくても良かったはずじゃないのか?「必然」とは程遠いようにも感じるんだが」
「トージにはわかってたんだねぇ」
感慨深そうに言う北条は言う。
「それは簡単だよ。表層なんて大して価値はないから、どんなに変形して、こねくりまわしたところで問題ないと思わない?
周りを変に突っぱねて、それで関係が悪くなったらそれは面倒でしょ。だから、表面を少しだけ取り繕うことも、私は厭わない」
「そうか」
人気者であるが故の苦悩と言ったところなんだろうか。明るく振舞って接しているんじゃなくて、誰かが接してくるから明るく振舞っているのだ。面倒ごとを起こさないために。
彼女の結論は俺と正反対なのに、根本の部分はとても近しい気がした。
「最後の質問だ。お前はどうして見聞部を作った?そして、なぜ俺を入れようとした」
北条はその質問を聞くと、満足げに頷いた。
「うん、あたしもそれ言おうとしてたとこ。あたしね、自分の中「必然」って簡単に見つかるものじゃないと思うの。それに、これが必然だ!みたいなものが、この世のどこかにあるかどうかもわからない。だからね、消去法的にいくことにしたの」
「…………?」
「つまり、他人の話、そしていろんな活動を通してこれは私の中だと必然じゃさそうだっていうものを切り捨てていく。
それで残っているものが、私の「必然」だと思わない?そのための部活として作ったのが見聞部」
……あぁ、こいつは困った。この女は、自分の中の「必然」を探し出すなんていう理由で部活を作ろうとしてるのか。
そして、あまつさえ俺をそこに入れようとしているのか。
「この二週間、トージを見ていてよく分かった。
君は、どこまでも理性的で、論理的だ。だからきっと、私との間に余計な感情を持ち込まない。ただ純粋に「不変」を求めるからこそ、あたしの「必然」探しのパートナーになり得る」
そうでしょう?と言って、北条は、俺を見据えた。
体育祭に関する殆どの事柄が終わったいま、俺は改めてこれまで先延ばしにしてきた問題に、一つ一つ答えを出していかなければいけないのだなということを実感しながら、ゆっくりと思考を巡らせはじめた。
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