いい加減、彼女の中身を暴かなければならない①
放課後の教室。俺は教室で彼女を待っていた。
教室を選んだのは、たまたまこの教室の鍵が机の運び出しで、開いていたからだ。
……わかっていると思うが、今から告白しようとはしていない。
ちなみに、昨日は帰り際に噂されたり、松本に突っかかられて「俺は負けたわけじゃねぇ、今は同じ位置にいるだけだ。勘違いすんな」とよくわからん宣戦布告をされたりと散々な目にあった。
そんな状況で告白する人間がいたら、逆に名乗り出てきて欲しい。この場を譲ってあげよう。
一応、あれは仕方がないということにしておく。昨日は松本の一人負けだったから、あれくらいは大目に見てやろう。ご愁傷様なことで。
がらがらと扉の開く音がした。過去回想終了。
「や、トージ」
北条は自然な笑みで教室に入ってきて、後ろ手に扉を閉めた。
「改まってどした?」
「ちょっとした答え合わせがしたくてな」
昔、好きだった本がある。子供向けのミステリ小説だ。その中に出てくる名探偵に、俺は大分あこがれていたのを覚えている。
彼はは言っていた。謎解きをするなら、初めに言わなければいけないことがあると。
だから、少しかっこつけているような気がして恥ずかしいが、俺もそれに則って、謎解きを始めてみるとしよう。
俺はもったいぶって北条を見据えてから、ゆっくりと一言目を声に出した。
「さて」
先日のカンニング疑惑事件の際に、口にしなかったもう一つの可能性がある。
なぜ口にしなかったかと言えば、それはあまりにもありえないからだ。普通に見れば動機がなく、メリットもない。俺以外は考えてすらいないかもしれない。
それを今から、検証してみたいと思う。
「北条、和田のもとに送られて来た告発文って、なんて書いてあったんだろうな」
「うーん……「二年六組、松本怜が北条夏海の答案をカンニングした疑惑がある」とかなんじゃない?」
「あぁ、俺もそう思う。でないと、お前も疑惑をかけられるはずだ。けれど、その松本には原理的に不可能だ、ということがこの前証明されたよな」
うん、そうだね、と北条は相槌を打つ。
「今、現前する事実は三つ。
一つ、北条と松本のある問題の解答が、一字一句一致している。
二つ、松本は原理的にカンニングが不可能。
そして三つ、恐らく、「松本が北条の答案をカンニングした」という旨の告発状が存在する。
……だが、これはちょっとおかしくないか?なぜ、松本がカンニングをできない状況で、当事者以外が解答が一致していることを確認する前にカンニングしたという事実を知ることができる」
考えればおかしな話だ。もちろんいたずら、嫌がらせという線も考えられるが、それにしては内容がチープすぎる。
とすれば、告発者は実際に現場を目撃していなければならない。
誰かがカンニングの現場を確認して告発がなされ、結果として解答の一致が発見される。
基本的には、このありふれた論理が通底している。現に和田は、そう判断したから松本の疑惑が真実性を帯びていると考えたはずだ。
だが、松本のカンニングが原理的にそれが不可能と証明された以上、その論理は初っ端から躓くことになる。
真実性という糸が断ち切られた「告発文」と「一致した答案」は、どうしても不可解に浮かび上がってしまう。
それをつなぎとめるものとして思いつくものの一つが「偶然一致」であり、それを用いて松本の罪は晴らされた。
しかし、本当にそれ以外ありえないのか?
「偶然一致」で済ませられることか?
そもそも、あの推理には根本的な欠陥が一つある。
「それがなにかわかるか?北条」
「告発状の出どころ、かな」
ご名答だ。仮に答案一致が偶然であったとしても、何者かが告発したという事実は消えない。いたずらという線も捨てきれないが、やはりそれにしては上手く出来過ぎている。
では、誰がそれをやったのか?
「そこで、お前の登場、というわけだ」
俺は、北条を指さした。彼女はさっきから身じろぎ一つせず、俺の妄言に近い推理に聞き入っている。
つまり俺の説はこうだ。
もし、我々が不可逆だと思い込んでいるものが可逆であるなら。
俺らの想定している因果が、まるで中庭と校舎のできた順番のように、逆だとしたら。
和田が告発されたから答案の一致を発見したのではなく、答案を一致させた後に自分で告発することによって、発見を誘導したのなら。
それは、こうも言い換えられる。
他でもない、北条本人が松本の答案に寄せてから告発したとしたら。
「仮にそれを裏付ける動機があるのなら、それは、理由もなく解答が偶然一致するよりもよっぽど可能性が高いんじゃないかというのが俺の結論だ。
……余談だが、知り合いの成績優秀者に聞いたところそれなりに近しく、ノートを見たことがあるならある程度は可能なんじゃないかという話だった」
もちろん北条の単独犯とは限らないが、今俺が言及しているのは北条の関与であって、共犯者については知りようもない。
北条は、目を三日月のようにして笑う。
「それで、トージはその動機とやらを見つけられたのかな」
……はは、流石だぜ。
思わず乾いた笑いが喉に引っかかる。こいつは的確に一番痛いところをついてきやがる。
「いや、それがさっぱりだ。なーんもわからん。非論理的な回答はあるが、あくまで仮説の域を出ない」
俺のさっきまでの推理も妄言でしかないのだ。論理の筋が通っていたところで、その根本にあるはずの動機が見えてこない。
だから、時に諦めることも必要だ。
「というわけで、奥の手を使おうかなと」
「というと?」
「ほら、リレーの時の「お願い」を聞いて貰おうかと思って」
「あー、あれね。いいよ。頭いいじゃん、トージ」
そんなことを言う北条を見て、思わずくすりと笑ってしまう。本当に上手な演技だ。
「そりゃどうも。……なぁ北条、お前は何を考えてるんだ?俺はそれが聞きたい」
ようやく、こいつに出会ってから心中に燻り続けてきた疑問を、俺はしっかりと口にすることができた。
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