俺に体育祭運営は荷が重い①
そうして、体育祭当日がやって来た。
ごめん、競技には出れません。いま、運営本部にいます。この体育祭を仕切る手伝いを私はしています。
……本当は、あの頃が恋しいけれど、でも今はもう少しだけ、知らないふりをします。私の作るこの体育祭も、きっといつか誰かの青春を乗せるから。
「マジで何故なんだ……」
結論から言おう。俺は今日、出場する競技がない。本来ならやったね、たえちゃん!と喜ぶべきところだ。
……ところなのだが、代わりに手伝いの運動部の指揮とかいう大変重い指名を課せられ、朝から泣く泣く東奔西走する羽目になっていた。
体育祭が予定通り決行されることが決まった翌日、見聞部はやることもなく、のんびりと過ごしていた。
本当は、俺は放課後の教室(視聴覚準備室は当然使えないので)で、北条と欅田が仲睦まじく会話しているのを横目に帰っただけだが。
……俺がハブられてる話はさておき。そのまま体育祭を迎えるかと思いきや、昨日の朝に会長から連絡が来てこんなことになってしまっている。
いや、もちろん反抗したよ?こんな責任重大なもの、俺がやりたいはずがない。
あの手この手で言いくるめようとしたら「じゃあクラスの競技、頑張ってくれよ」って言って来るからさぁ……。
「ちょっと木下~ここのラインどうなってんの」
藤見の声がイヤホンをしている左耳としていない右耳とから若干ラグがありつつ聞こえてきた。
顔をあげると楽しそうにトランシーバーを使っている藤見が近づいてくる。連絡のために俺らには今日トランシーバーが貸し出されているのだ。わかる。トランシーバー楽しいよね。
だが残念ながら、遊んでる場合でも、なんで私が労働に⁈と泣き言を言っている場合でもない。
今はちょうど、昨日から行われているグラウンドのライン引きと開会式などを行うステージ設営の大詰めを迎えている。
「あー。これはリレーのレーンだから等間隔で。あとスタート地点の線もよろしく」
「おっけー。あ、そだ。ぼく今日選抜リレー出るんだよ~。黒組で走るから。見てね~」
「はいはい、わかったわかった」
適当にあしらって、藤見を追い払った。
強いて言えば、こうして監督することが主な仕事なので、こうしてテント(屋根がついてて学校の名前が書かれているアレね)でふんぞり返っていられることが不幸中の幸いといえよう。
これで俺もライン引きをやらされていたら逃げ出して体育祭の競技に参加しているところだった。
そもそも、まだ開会すらしていないのだ。
校舎にはまっている時計を見れば八時半。作業を始めたのが七時過ぎ。ちなみに開会式は九時半からだ。
最近の俺、早起きしすぎでは?というかそろそろ生徒会はフレックスタイム制とか導入した方がいい。終日退勤にするので。
それだとコアタイムすら働いてないんだよなぁ……。やっぱ俺は仕事すんの向いてねえわ。将来は僧侶で決まり。
藤見を目で追っていると、その先にいた松本と目があった。何も言われませんようにと念じていると、向こうが若干気まずそうに目を逸らしてくれた。
松本は藤見と寄り合って話をはじめ、ふんふんと頷いてから他のライン引きをしている運動部員へ指示を伝えている。あいつも野球部なんだったな。
ということは、必然的にここでは俺の方が地位が上……?
「や、トージおはよ」
と詮無いことを考えていると、背後から声がかかった。振り返ると北条と欅田がいる。
二人もいろいろと手伝いがあるはずだが、普通に競技にも出場するらしい。ご苦労なことです。
北条は赤いハチマキでサイドテールを結わえ、程よい白さの健康的な手足が、Tシャツと短パンからすらりと伸びている。
備品運搬でも手伝っていたのか、若干頬が上気していて、上に羽織っていたのであろう長袖のジャージを腰に巻きつけていた。
こいつ、普通にスタイル良いんだよなぁ……。天は何物を与えたんだか。
対して欅田は、冬用のジャージで全身を包み込んでいた。青に近い紫色の芋ジャージが、白い肌に不思議とマッチしている。
いつもは降ろしている髪を今日は少し高めの位置でまとめていて、なんとなく初々しい。
北条につけてもらったのか、同じ結び方をした赤いハチマキがゆらゆらと靡いていた。
こうして改めて欅田と北条が並んでいるのを見ると、思ったより二人とも背が低い印象を受けた。これは多分、日頃背の高い妹を見慣れているからだと思うが。
……それにしてはアレっすね、その、なんというか、でかいっすね。
どっちが、みたいな感じではないんですけどね、えぇ。
俺が若干目を奪われていることに気づくと、欅田は恥ずかしそうに身をよじらせた。
キモかったですよね、なんかすまん……。
「おぉ、おはよう」
取り繕うのもかねて、ぎこちないのを承知で挨拶しておく。
挨拶する他人がほぼいない上に、知人にほとんど挨拶なんてしないせいで、こういうのはどうも顔が強張ってしまう。表情筋ストレッチとかしようかしらん……。
二人も似たようなことを思っていたようで、少し驚いた顔をした後にくすくすと笑い始めた。
「なんかトージ、変」
ほっとけ。恥ずかしいのを紛らわすため、全く興味がないような質問をする。
「お前らはなんの競技に出んの」
「私は借り物競争と、玉入れですね」
まぁ、見るからにインドア派だしな。平均より少し少なめといったところか。
北条は対照的に、指を追って競技数を数えている。
「あたしは玉入れと、騎馬戦と、応援合戦と、選抜リレーと……」
「多すぎんだろ……」
「これでもトージのせいで二人三脚できてないんだからね⁈ほんと信じらんない‼」
どうやら墓穴を掘ったらしい。北条はぷりぷりと起こった素振りを見せた。
幸運にも俺は運営の方でそこそこ重い内容が課せられ、競技出場免除となったがそれを知ったのは昨日なわけで、それを北条に今朝まで伝え忘れていて急いでメールを打った次第だ。
数分後に来たメールにはよくわからん顔文字がたくさん映っていて、エスペラント語の友達か……?と疑ってみたのだが、あれは多分「怒」で出てきた顔文字を上から押していっただけだ。暇か。
「結局代役は見つかったのか」
「んー。一応。花梨と亮輔にお願いした」
「また知らん名前が出てきたな……」
「あー……リレーの練習してた奴だよ」
そう言われると輪郭がぼんやり思い出された。四択問題にしてくれたら正解できる。松本じゃない方ね。理解理解。
「あ、そーだ。はいこれ」
ふと思い出したように北条は手に持っていた赤い何かを手渡してきた。
「……なんすか?これ」
「?団Tだけど」
手元にあるそれに目を落とすと、炎があしらわれた真っ赤生地の上には友情だの努力だの絶対優勝だのとごちゃごちゃ描かれていて、裏返すと文化祭や体育祭のTシャツにありがちな感じで「TOHJI 56」(56は恐らく五、六組合同だからなのだろう)と書かれている。
「……………………………………いらん」
「えー?せっかくつくったのに⁈っていうかトージお金払ってたじゃん‼」
お金?あー、言われてみれば、こいつになんか徴収された気がするな。あまり覚えてない。
……そのうち、寝ぼけてる間に連帯保証人とかにされちゃったらどうしよう。
「いやほら、俺は団結すると死んじゃう病気にかかってんだよ。資本主義の犬なの」
「とりあえずバッグに入れとくね。桔梗ちゃん、トージのってどれだっけ」
「これですね」
俺のなけなしの抵抗もむなしく、あっさりとTシャツを掴まされてしまった。こういうのって絶対将来タンスの奥底から発掘されて死にたくなる奴なんだよなぁ……。
「あたしたちも着てるんだよ、ほら」
言いながら、北条はくるりとその場でターンしてみせる。あぁ、どこかで見たと思えばこいつが着てたのか。灯台下暗し。裾がふわりと浮き上がってちらりと肌色が見えた。やめなさいキミ。
「あっそ……」
「ちゃんと見ろし……」
それをもなかったことにするべく、ぶうたれる北条から視線を少しずらすと、ジャージのファスナーに手をかけて脱ぐかどうか逡巡している欅田と目が合った。多分、こいつも中に同じものを着ているのだろう。
こうも上目遣い気味にもじもじされると、なんだかちょっといけない気分になってくる。まるでエロ本を読んでいる時に母ちゃんが部屋に入ってきてしまった時のような気まずい雰囲気に包まれた。
……まぁ、経験したことないけどね。
俺はすげない返事をしたついでに、そのまま二人を追い返すべく、ちらりと時計を見た。
「……てか、もうすぐ集合時間だろ。教室戻らなくていいのか」
生徒は九時に一度集合して、出席や体調チェックを済ませる手筈となっている。
ちなみに、俺含め生徒会や運動部の各位は公欠を取っているので、教室に行く必要がない。公欠って部活の大会で使うやつだよな?使用法あってる?
「わ、もうこんな時間か。それじゃ、あたしたち戻るね」
「あい」
どうやらTシャツを渡すことが主目的だったらしい。二人はそのまま踵を返して、来た道を戻っていった。お元気なことで。
と思っていると、北条が再びこちらに向かってきた。何か伝え忘れたことでもあったか。
「そういえば、あたしリレー走るの超速いから。ちゃんと見てね‼」
お前もかよ。どうも、リレーはちゃんと見ないといけないらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます