俺に名探偵は向いていない①

 俺は高校生探偵木下冬至。

 幼馴染で同級生の……………やめとこう。台詞が思い出せない。


 放課後の教室は少しざわついていた。机には誰も座っていないのに、ロッカーのそばや教室の後ろ、果てはドアの外まで人で溢れかえっている。

 これほど多くの人間が集まるのは若干想定外だったが、北条に聞いたところ今日のHRで松本の疑惑と、それに伴って週末の体育祭は延期の方向で動いていると正式に発表されたうえに、生徒会側には延期する気がさらさらなく、普通に騎馬戦のルール改定を広報したかららしい。

 つまり、生徒たちは体育祭の行く末がかかっているこの場に面白みを感じているのだろう。

 そんな面白いものでもないと思うんだが……。


 今から始まるのは簡単に言えば推理ショーだ。


 解く謎はもちろん、この不可解なカンニング疑惑事件。

 そしてそれに対する名探偵はそう、この俺木下冬至。


 ……などという出来過ぎた話はあるはずもなく。まぁ部分的には合ってるんだけど。


 実際、一応の理屈を作り出したのは俺だ。

 ただ、俺はそれを説明しない。俺は闇に生きるのだよ……というのも冗談で、本当は単に関わりたくないだけだ。

 松本の方も俺に解決されてしまっては嫌に違いない。俺があいつの立場なら確実に嫌だ。


 というわけで、本日の名探偵、欅田桔梗さんにご登場いただきましょう。


 欅田は教卓の近くで棒立ちになってぷるぷると震えている。顔も心なしか青白いし、冷や汗ダラダラだ。

 ……いや頼んだ俺が確実に悪いが、本当に大丈夫なんだろうな。

 正直ダメもとでメールしていたので、拒否されたらおとなしく新坂あたりに土下座で頼み込もうかと思っていたのだが、二つ返事で承諾してもらえた。何故なんだ……?


 俺はというと、教室の前側のドアの近くに立って、ことの成り行きを見守っている。隣には昨日の今日で二回もご登場頂いている南部美咲氏。

 こいつ、ほんとになんで来たんだ。こういうことに興味なさそうなのに。

 とは言いつつ、そこまで興味があるわけではないようだった。ちなみに今は、見たところ暗算で積分を解いている。

 俺はペンをもって五〇分近く格闘して一五点だったのに、こいつは暗算で解けるのか。なんてこったい。


「それで、話とは何ですか?」


 北条が指定した時刻とほぼ同時に、生徒をかき分けて和田が教室に入って来る。

 欅田は驚いたのか、「ひゃっ……」と短く悲鳴を上げてから深呼吸して和田を見据えた。


「これから、松本くんのカンニング疑惑を晴らします」


「……欅田さんは、隣のクラスでは?」


「はい。その方が中立性が保てるかと」


「……いいでしょう」


 先生は教室の全貌が良く見える位置に陣取り、検分するように周囲を眺めまわした。


「じゃあ……夏海ちゃん」


「ん。わかった」


 欅田に名前を呼ばれた北条が、自分の席に座る。互いに目を合わせてから、大きく頷いたのが見て取れた。

 それから欅田は、手に持っていた問題用紙を掲げてはきはきと喋り始めた。

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