俺は友達が多くない②

 準備室を出て、ぱたぱたと階段で学食のある地下一階まで降りる。

 この学校は地上四階、地下一階の五階建てだが、周辺を掘ったんだか何だかしているため、地下にも窓がある。

 窓の淵からは、ぽたぽたと水滴がしたたり落ちていた。雨音は生徒の話声でかき消されていて聞こえなかったけれど、四限は降っていなかったはずだからつい先ほどから降り始めたようだ。


 昼休みを半分近く過ぎた学食は、ピーク時よりも人は減っていた。

 俺は券売機に五〇〇円玉を入れ、ぶっかけうどんを選ぶ。ぶっかけうどんってなんかえっちだよなぁ……。いや本来そんなことは全然ないが。


「わぁ、木下じゃん」


 適当に空いている席を見繕ってから座り呑気にうどんをすすっていると、隣に見るからにチャラい男がすとんと座ってきた……ので、軽く舌打ちした。


「誰お前」


「え、なに、中学からの同級生忘れちゃったの?それともイラついてんの?生理?」


「んなわけねえだろ……」


 席を立つ気配があるはずもなく、俺はしぶしぶそちらの方を向いた。

 俺の隣に座っている藤見雄大は、整った顔でにこりと笑っている。というか生理て……こいつそのうちフェミニストさんに刺されそう。知らんけど。


「藤見、お前今日野球部の昼練は」


「ご覧の通りだよ。体育館は男バスが使ってるしね」


 頬杖をついて、物憂げに窓の外を眺めている姿もなんとなく絵になっている。腹立たしい。


「あぁ、なるほど。……新坂は?」


「あぁ、杏奈ちゃん?今日は友達と飯食ってたよ」


「アタシは都合のいい女ってわけね……」


「そんなことないさ、君が一番だよ……」


 そんな都合のいいことを言いながら俺の肩にそっと手を回してくるので、ぺしっとその手をはたいてから、軽く胸を小突いてやった。

 藤見はいったぁい……と間抜けな声をあげながら手を引っ込め、そのまま頬杖をついて暇そうにこっちを見ている。


 ……ご安心いただきたい。青春ラブコメなんかしたくない、と嘯いているからといって、決して俺にそっちの気はない。俺がツンデレ暴言ヒロインみたいになっているが断じて違う。

これは、こいつとの間で根付いてしまったお馴染みの流れなだけだ。

 漫才の頭に毎回、イケボで「麒麟です」って言うのとか、ナンボあっても困らんものを貰うのと同じだ。


 このイケメン、彼女持ち、野球部エースの役満男が、なぜ俺なんかとつきあっているかと言えば、たまたま中学が同じで一度後ろの席になって以来、仲良く補習に引っかかったりと腐れ縁が続いているからだ。

 中学の頃はどこにでもいる野球少年という感じで、高校に入ってからこんなに人望を集めるとは思わなかったので、最近話しかけられると若干肩身が狭い。

 正直、俺は腐れ縁程度の、要するに美咲くらいの関係性に収まると思っていた。これは専ら俺が特に誰とも関わる気がないからだが。

 けれど、そんな俺に藤見はなんだかんだで関わってくれている珍しい人間だ。多分いいやつ。それだと北条もいいやつになっちゃうな。


「というか、そういうのは彼女にやれよ」


「ばかだねきみ、彼女には肩じゃなくて腰に手を回すよ」


「……一回死ね」


「そんなぁ」


 藤見はおどけてみせた後、思い出したという風にあ、と声をあげた。


「それはそうと、きみ最近転校生と仲良いんだってねぇ、ついにラブコメ嫌いのきみに彼女ができたのかと思って、ぼくはそわそわしっぱなしだよ。一日八時間しか眠れない」


「は……はぁ?」


 八時間は十分だろ、とツッコミを入れようと思ったのに、あとに続く言葉で、俺はうだうだと考えることもやめて思わず呆けた声を出してしまった。

 俺と誰が何だって?


「だから、北条さんだっけ?きみのクラス転校生来たでしょ。あの子、可愛いし成績もいいから有名人なんだよね。それでどうも冴えない男となかなか御懇意で、うちの部の松本とバチバチらしいって噂が……」


「誰だよ……そんな噂流したやつはよ……」


 俺は思わず頭を抱えた。これだからいやなんだよ……。

 というか松本は誰?大方、北条の周りの誰かなんだろうが。


 こういう噂が流れる時、一〇〇%周りは面白がって何かしろとけしかけるものだ。そして男子の方が痛い目を見る。

 大体は振られて「勘違い野郎」のレッテルを張られ、悲しい学校生活を過ごすことになる。みんな、山田くんに告れってけしかけといていざ振られると無関係決め込むの、ほんとによくないと思うよ。俺は遠目で見てただけだけど。


「それで、実際どうなの」


 藤見はギャルのデコ電よりもキラキラした目で俺を見つめている。

 はぁ……めんどくせぇ。なんでアタシ、こんな奴と付き合ってんのかな……。まぢ無理……ぴえん超えてぱおん……。


 どうあれ、こいつの誤解は解いておかねばなるまい。この俗物はこういった話が大好きなのだ。

 俺はため息を吐きつつ、ことの顛末を話して聞かせた。


「えー……。それ、めちゃくちゃラブコメじゃん……。アニメの主人公だよ、おめ」


「全然うれしくないんだよなぁ……」


 何度も言っているけれど、きっと現実と作品は陸地と海のようにどこか近しくて繋がっているように見えていたとしても、人間が海に住めないのと同じように、その二つには決定的な差があって、どこまでも違うのだ。少なくとも俺はそう思う。


 だから、俺はその手の甘言になんて決して惑わされてなぞやるものか。周囲の下卑た期待なんて、徹底的にぶち壊してやる。

 こいつは俺がこういう考えを持っていると知っている。そして、その上で俺に関わっている。なかなかいい奴なんだよなぁ、一応。

 やだ……アタシ、こんな天然タラシにこころがキュンってしちゃう……。


「まぁ、きみが嬉しくないのをわかっておちょくってるだけだけど」


「わかってるよ。逆に真に受けるような奴がいるのもわかってる。というわけだから、お前もそういう話を聞いたら否定しといてくれ」


「仕方ないなぁ」


 言いながら藤見はけたけたと笑い、携帯を確認してからすっと立ち上がった。


「それじゃあ、杏奈ちゃんから連絡来たから行くね」


「今から何かできんのか?」


「別に。会って話すだけだよ」


「楽しいのか?それ」


「彼女作ったことないきみにはわからないかもねぇ~」


「うるせえ。リア充爆発しろ」


「ははは。きみの変わらないところ、ぼく結構好きだよ」


「あぁ、俺もめっちゃ気に入ってるよ」


 などと言いつつ、俺は学食を出ていく藤見にしっしっと手を振る。

 あんなふうに、やはり悪いやつではないのだ。新坂との惚気話を聞いてるときは正直死ぬほどイラつくし、周囲の「藤見くんと話してるあいつ、誰……?」みたいな視線もちょっと心に来るが、こうして会った時に会話をするくらいなら問題なかろう。


さて、そろそろ俺も残りを食べて教室に戻るか。


「って、麺伸びちゃってるじゃん……」


 前言撤回だ。くそ、やっぱリア充は爆発しろ。

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