第1-22話 生まれて初めて美容室なるところに来たらオネエ口調の年上の美容師さんから顎クイされたんだがこれはセクハラ案件だろうか

「この子なんですけど」

なー坊とえーさんに付き添われて、私は「FlowerForm」という門前仲町にある美容室に足を踏み入れた。

……なんというか今まで行っていた床屋とは全く違う場所である。

造花ではなく生花が惜しげもなく飾られ、階段を上がったところにある大きなガラス張りの店内は太陽の光が気持ちよくフローリングの床に陽だまりをつくる。

「いらっしゃいませ……、あ、奈緒ちゃんじゃない!」

身目よいホストみたいな男性の店員さんが、なー坊の姿を見つけたとたん、破顔する。

口調も砕ける、というか、女ことばになる。

「イメチェンして欲しいのはこの子?」

「そうなの。ゆうさんのテクニックで何とかならないかなあ?」

「んー、ちょっとおいで」

くいくい、と手招きされる。

……怖いが、そんなこと言っていられない。

私は唾を飲み込んで、ゆうさんとか言う美容師さんのもとへ行く。

「ちょっとごめんね」

髪を触られるのかと思ったら、いきなり顎をくい、とつかまれて上を向けられる。

「!……」

言葉にならないが頭の中はパニックである。

格好いい男の人がまじめな顔でじぃっと私の顔を覗き込んでいる。

 男の人に触られるのなんて初めての経験だ。

顔に血液が集中するのがわかる。

心臓の鼓動がばくばくと喧しい。

「眉と髪と服で損してるけれど、結構綺麗なお顔立ちしてるじゃないー」

ゆうさんに、にっこりと微笑まれ、私の心の中で警報がこだまする。

でも、年上の人を振りきるのはなんか失礼だし……

「眉かあ。それは気がつかなかったなあ」

となー坊が朗らかに笑う。

「眉カットもサービスでつけたげるわよ。……あら、お顔が真っ赤ねぇ」

「い、いや、あの、その」

心なしか出てくる声がかちこちである。

「あ! 菊さん人間苦手なんだった! ゆうさん解放してあげてー」

私の顎をくいっと掬いあげていた手が離れたので私は大急ぎで後ずさった。

「そんな反応しなくても、取って食ったりしないわよお」

ゆうさんが、ぷうと頬を膨らませる。

「いえ、すすす、すみません。そうじゃなくて、あの、私、人間全般、とくに男の人に免疫がなくてですね、ゆうさんが特別に悪いとか怖いとかそういうアレデハナクテ」

がちがちになりながら、やっとのことで言葉を紡ぐと、ゆうさんは一瞬きょとんとした後、にんまりと怪しい笑みを浮かべた。

「あらー 初心ウブなのね。可愛いったら」

つかつかと先がとんがった靴でフローリングの床を鳴らして私に歩み寄るゆうさん。

私は後ずったが、しばらく距離を取った後後ろが壁であることに気がついて絶望した。

「……たっぷり、サービス、してあげる」

過去に流行語になった『壁ドン』をされつつ耳にふう、と息を吐きかけられた。

「ひゃっ」

思わず変な声を出すと、なー坊があわてて私とゆうさんの間に割って入った。

「ちょっと、ゆうさん! 菊ちゃん、女の子にすら慣れてなくて怖がる子なんだから、だめだってば!」

「あら、そうなの?」

「に、人間はみんな……怖い、です。はい」

何、自分が人間じゃないみたいなこと言ってるんだ、お前は妖〇人間〇ムかと脳内で自分に突っ込みを入れながらも本音がぽろりと口をつく。

「人が怖いの?」

「怖いです」

即答過ぎただろうか、と思いつつ私は言う。

「私、小学校のとき、いじめられっ子で……いろいろあって、人間不信というか」

 「でも、今はお友達、いるんでしょ?」

なー坊とえーさんのほうをみると、二人ともにこにこしながら手をあげていた。

ゆうさんはからからと笑って「さ、イメチェン開始しましょう」と、一つの席を指差す。

 大きな鏡と、座り心地のよさそうな椅子。

「今日は縮毛矯正にカット。あと、眉カットはサービスでおつけします。初回だからクーポンで安くできるし、おまけもするからあんまり心配しないでね」

腕が鳴るわー、とゆうさんは笑った。

「あと、奈緒ちゃんたちは、仕上がるまで店の外に出ててもいいわよ? 縮毛矯正はかなり時間かかるし、うちは漫画本は置かない主義だから中学生には辛いんじゃないかしら」

「ちょっと、ゆうさん。今日びの中学生馬鹿にしないでねー。ファッション誌だって読むんだからー」

「nico〇aとpop〇eenあるよ、なー坊!」

「制服コーディネート特集だって。いいねー」

「……いらない心配だったみたいね」

クロスを首に掛けられる。

「いい友達ね」

「はい」

私は素直にうなずく。

「私には勿体ないくらいの子たちです」

しみじみと言うとゆうさんは笑った。

「でもね、感謝は大事だけれど、あなただってとても可愛い普通の、中学生の女の子じゃない。あんまり自分を卑下しないで付き合っていくのも大事よ。あ、まず最初にシャンプーするわね」

こっちよ、と、シャンプー台に案内される。床屋では椅子を倒すとそこがシャンプー台だったので、案内されるのも新鮮である。

「好きな男の子とかいないのー?」

「いませんね」

「あら、即答ね」

うーん、とゆうさんが言う。

「じゃあ、好きな女のコは?」

「!」

一瞬、ある人物が頭をよぎったので、私はまた身じろぎしてしまった。

「こら、動かないでっていったでしょ!」

「す、すみません!」

「何さわいでるの?」

私がさきほど思い浮かべた当人が本から顔をあげてこちらを伺う。

ああ、顔を覆い隠したい気持ちで一杯だ。

こんな拷問の如きシャンプーがあったとは。

「うふふ、ひ・み・つ・の・お話よ!」

「もー、ゆうさん、菊ちゃんの反応が面白いのはわかるけどほどほどにしてあげてね」

「本当、面白いわよねー。いじめられていたってさっき言っていたけれど、これだけ反応あれば、いじめっ子も燃えちゃうと思うわー」

「ば、馬鹿なこと言わないでください!」

冗談じゃない、と思う。

「はい、シャンプー終了! どうだった?」

「え、えーと」

やっと解放された、と思いながら、シャンプー台を降りる。

 「よくわからなかった……です」

「あらぁ、これでも私シャンプー上手ってよく言われるんだけどなあ」

「いや、ゆうさんの腕がというより、いろいろ、話題の刺激が強すぎてですね……」

「そう? 世間話よう。こんなの」

からからと笑うゆうさん。

……これが世間話?

だとしたら世間は恐ろしい、と思いながら私はまた席へと案内される。

「さー、ちゃっちゃとやっちゃうわよ」

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