タイムマシンに乗ったら、コロナのない世界線に来てしまったのだが、俺はどうしたら、良いのだろう
第1-9話 ありのまま 起こった事を話す。 何を言っているのかわからないと思うが、もう一人誰かがやってきたと思ったら、そのもう一人にいつの間にか受け入れられているらしい
第1-9話 ありのまま 起こった事を話す。 何を言っているのかわからないと思うが、もう一人誰かがやってきたと思ったら、そのもう一人にいつの間にか受け入れられているらしい
「あ、まだ人がいたんだ」
ひとつ三つ編に古めかしい鼈甲眼鏡をかけた大人しそうな女子が教室の中に入ってきた。
「あ、上倉さん」
と竹内が言う。
私は二人を見比べた。知り合いなのだろうか?
実はねぇ、と竹内が上倉さんと呼んだ女子にむかって話しかける。
「菊ちゃん、挨拶苦手だって言うから教えてたの!」
顔がかぁっと熱くなった。言葉にされて改めて言われると、ものすごく恥ずかしい。中学生にもなる自分が小さな子供のようになった気がしてくる。
上倉さんは、そうなんだぁ、とのほほんと笑った。
「菊坂さんだったよね?」
あの自己紹介にはびっくりしたよぉ、と、上倉さんは朗らかに言う。
そのとき、私ははじめて、上倉さんが同じクラスだということに気がついた。
再び、頬が熱くなる。
「上倉さんは、こんな遅くまで何してたの?」
竹内が上倉さんに問いかける。上倉さんはうんとねぇ、と一拍置いてから、
「部活動の下見に行ってたんだよー」
と、言った。
「部活動の下見? あ、そうか。ホームルームで一宮先生、興味ある部活があったら見学に行きなさいって、言ってたもんね」
どこ部を見てきたの? と聞く竹内に上倉さんは美術部、と答えた。
「でも人がわんさかいてさ。ありゃ、多分抽選になるね」
明日は絵画部を見に行こうと思ってるんだ、と言う上倉さんに、竹内は、へぇー、絵が好きなんだねぇ、と応じている。
私はそんな二人を黙って眺めた。
「ね、上倉さん、明日私たちも一緒に絵画部の見学についていっていい?」
え?
驚いて、竹内を見ると、面白そうだし、行ってみたいな、と上倉さんに繰り返す彼女がいた。
上倉さんは、いいよ、一緒に行こうか、と頷いている。嫌そうな雰囲気ではない。
……私『たち』って言ったよな。
「上倉さん、OKだって!」
私のほうをみて竹内が笑う。
戸惑う私を横において、楽しみだねぇ、と竹内は暢気に笑っている。
「上倉さん、じゃなくてあだ名でいいよ」
上倉さんはそう言ってにっこりと歯をみせた。竹内は、嬉しいー、じゃあ、えーちゃんって呼ぶね。 私のこともなー坊って呼んで! などと打ち解けている。
……もしかして、この二人はグル、とか。
という考えが浮かんだが、流石に馬鹿馬鹿しい、と打ち消した。私一人をへこませるために、いくらなんでも、そんなに手のこんだことはしないだろう。シンプルに嫌がらせをするほうが、面倒くさくなく、ずっと即効性がある。
「えーちゃん、この子は菊ちゃんって呼んであげて」
私の肩に手を置いて、竹内が上倉さんに向かって言う。
「菊坂千尋だから、菊ちゃん。ちーちゃんでもいいと思うけど」
――いきなり、何てことを言いやがるんだ、こいつは。
眩暈にも似た感覚が湧き上ってきた。いきなり、そんな……。相手の感情も考えろよ。
だが、上倉さんは、あっさりと
「菊ちゃんね、よろしく!」
と、言って爽やかに笑った。
あれ?
一体どういうことだろう。これは。
予想外のことが起きすぎて、頭がついていかない。
「菊ちゃん、よろしくは?」
母親のような竹内の言葉に、はっとした。上倉さんが不思議そうに、こちらを見ている。
「……よろしくお願いします」
私がそう言うと、一瞬、教室が静まり返った。
冷や汗が落ちる。やってしまった。私の挨拶はやっぱり、変なんだ。
永遠とも思えるぐらい長い時間が過ぎたような気がした、次の瞬間、はじけるように二人が笑った。
「なんで、敬語なの!? 同級生だよ?」
すごくおかしい、と言いながら、竹内と上倉さんがお腹を抱えてゲラゲラ笑っている。
この状況をどう解したらいいのか、わからず、私は固まったままだ。
「あー、おかしい。菊ちゃんって面白い子なんだねぇ」
上倉さんの言葉に顔が熱くなる。今が夕暮れ時でよかった。これが昼間だったら顔が真っ赤なのを更にからかわれただろう。
「そうなの、菊ちゃん、面白いんだよ」
仲良くしてあげてね、などと竹内は上倉さんに、引き続き保護者のようなことを言っている。
……もしかして。
私は思う。受け入れられた、のか?
わからない。信じられない。一体何が起こっているのか。
ゆっくりと夜に近づいていく教室の中で、竹内と上倉さんの楽しそうな話し声を、私はまるで水の中で外の世界の音を聞くように、ぼんやりと遠くに、感じていた。
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