第1-6話 なぜか、今日出会ったばかりのクラスメイトに豚丼を作っている自分がいた

 「そこの座布団に座ってろよ」

 竹内にそう言ったが彼女はううん、と首を振った。

 「作るところ見てていい? 見ていたい」

 別にいいよ、と言って、私は手を洗ってから包丁をとりだした。たまねぎのへたを切り落として薄皮をむき、半分に割ってから縦方向に薄切りにする。

「ねぇ、菊ちゃん」

「何?」

「腕、まくったほうがいいんじゃない?」

まくってあげる、と言いながら、竹内が近づいてくる。

「いい。大丈夫だ」

「でも、ほら、そこ、まな板につきそう」

右袖に竹内の手が、伸びる。体中が総毛立った。

「触るな!」

気がついたときは大声で叫んでいた。彼女の目が大きく見開かれる。しまった、やってしまった、と思った。

あたりに気まずい空気が流れた。

「……包丁握ってんだぞ。危ないだろ」

苦し紛れの台詞を吐いた。

だが、その言葉は自分で思っていたより効果的だったようで、竹内の表情に納得したような、ほっとしたような色が宿った。

そうだよね、ごめんね、と頭を下げる、彼女の姿に複雑な思いが宿った。

そのとき、和也が「何騒いでんの?」とキッチンにやってきた。

「なんでもない。並べとけ」

言いながら、三人分の箸を和也に渡した。人使い荒ぇなぁ、姉ちゃんは、と言いながら和也はリビングに戻っていく。さきほどの出来事に感づいている様子はない。

一呼吸おいて、気を取り直した。

竹内が見ている前で調理を続ける。先ほどスライスした玉葱を脇にやり、豚小間肉にわずかばかりの塩で簡単に下味をつけた。

 フライパンに薄く油をひき、火をつけて温める。油がさらさらしてきたら、スライスした玉ねぎと下味付きの豚小間肉を菜箸でかき混ぜながら炒める。調理酒をいれて、フライパンをあおると、赤い炎がぶわっとフライパンのなかで踊り、竹内は大げさに喜んだ。

 「すごい、すごい!」

 正直、悪い気はしない。

 市販のめんつゆと水を一:二ぐらいに混ぜたものをフライパンに投入し、軽く炒め煮にする。

 卵は少し考えてから、とき卵にするのはやめにして、そのまま入れることにした。

 フライパンの蓋をして蒸らしている間に、味噌汁の鍋を火にかけ、丼と味噌汁のお椀を食器棚から出す。丼にご飯をよそう間に味噌汁が温まり、次に味噌汁をよそう間には卵がいい具合に半熟になる計算だ。

 使った食器や調理器具はあらかじめ水をはっておいた洗い桶にどんどん漬ける。こうしておけば後で洗うとき簡単に汚れが落ちる。

 フライパンの蓋を開けると、卵には固過ぎず生すぎず、ほどよい加減で火が入ったようだった。

 よそっておいた丼飯の上に具をバランスよく盛っていく。つゆもご飯がべしゃべしゃにならない程度に振り掛けた。

 「出来たぞ」

 声をかける。タイムは作り始めてから十五分。まぁまぁだろう。

 私と竹内と弟の和也と。三人で食卓を囲んだ。いただきます、と手を合わせる。

 一口食べた竹内が叫んだ。

 「美味しい! 何これ、めちゃくちゃ美味しい!」

 こうすると、もっと旨いぜ、と言いながら、私は卵の黄身に箸をつきたてた。薄い膜が破れ、とろりとした黄身が甘い味付けの豚肉と玉葱の間を流れてご飯にしみこむ。

 「うはぁ、本当に美味しい」

 歓声をあげながら、竹内は掻きこむように私が作った豚丼を食べる。

 「お味噌汁も、すごく美味しいよ!」

 和也くんだっけ? 小学生なのにすごいねぇ、と話しかける竹内に、和也は、はい、ありがとうございます、と落ち着かない様子で答えた。今までこんな場面に遭遇したことはないだろうから、当然だとも言える。私だって内心は、そわそわしているのだ。

 「私、菊ちゃんの友達で竹内奈緒っていうの。よろしくね」

 和也が私の顔をちらり、と伺う。私はどんな表情を返していいかわからず、弟の視線からふいと目をそらした。

 「なー坊って呼んでね」

 菊ちゃんもね、とさりげなく、付け足すように私のほうへ向き直って竹内は言った。

 私は曖昧に、頷いているか頷いていないかわからないぐらいの角度で、首を傾けた。

 「竹内さん、って言ったら、怒るからね」

 私は再び、微妙な角度で首を傾ける。

 もう、と竹内が頬を膨らませた。

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