第1-4話 早速、職員室に呼び出されたが、私は微塵も後悔などしていない
放課後、私は職員室にいた。
二列で向かい合うようして並ぶ教員のデスク達。お茶が入った湯のみがその上に乗っている。
「どうして、あんな自己紹介をした?」
担任の一宮は私に尋ねる。眼鏡を外して、ジャージを羽織っていると、やっぱり体育教師のように見えるな、と思いながら、私は答えた。
「どうしてもなにも、思ったことを思ったとおりに言ったまでですが」
あのなぁ、一宮が指先でこつ、こつ、とデスクを叩きながら言う。
「お前、学校を何だと思っているんだ」
「勉強をするところでしょう」
「それだけじゃない」
一宮は回転いすを回して、私に向き直る。
「人間関係や、社会常識を学んだりする場所でもある」
「それなら、小学校で散々学んできました」
「俺には、とてもそうは見えないがな」
一宮が椅子に座っているので私たちの目線は二人とも同じくらいになる。私は口を開いた。
「強い者が、弱い者を叩く」
なに? と言うように一宮の目が光る。私は続けた。
「親や教師が子供にいろいろな理想や課題を押し付け、ストレスが溜まった子供は、クラスの中の弱者にそのはけ口を求める。私にとって学校はそういう場所でした」
一宮は唸った。何かを考えているようだ。
「私、知っています。大人になっても、そういう事象はいくらでもあること。会社でも、趣味のサークルとか、そういう集まりでも、どこででも。そうですよね?」
「確かにそういう側面も社会にはあるかもしれない。それは認めよう」
一宮は、だけどな菊坂、と続けた。
「それは世界の全てじゃない。あくまで一つの側面だ。まだお前は世界というものを知らな過ぎる。結論を出すのは早すぎると思わないか?」
「思いません」
「だったら、何の救いも、この世界にはないじゃないか」
救いはあります、と、私は言った。
「強くなればいいんです。強くなれば傷つけられずに済む。好きなことをして生きていける」
そう言って一宮の顔を見る。一宮は何とも言えない表情をしている。
「私は、学歴や知識を身につけて、それを武器にしようと思っています。だから、学校は休みません。問題を起こすようなこともしません。ご安心ください」
一宮は目を閉じた。溜息が口から洩れる。
「先生、私の夢をお教えしましょうか」
言ってみろ、と、目を閉じたまま一宮が言う。私は続けた。
「お金持ちになって、誰も来ないような山奥に大きなお屋敷を建てて、好きなものに囲まれて、一人で心安らかに暮らすことです」
職員室に沈黙の幕が下りてきた。暮れはじめた窓の外で烏がカァーっと鳴く。時計の針の進むカチコチ、という音さえ聞こえてくるようだった。
ふいに、その沈黙を破るように、コンコン、というノックの音が室内に響いた。
一宮がため息をつき、席を立った。私の横を通り過ぎ、職員室のドアを開ける。
「竹内じゃないか、どうしたんだ」
驚いて振り返ると、確かにそこに竹内奈緒が立っていた。両手で体を抱きしめるようにして、震えている。
「菊ちゃんを待っていたんですけど、寒くて……」
菊ちゃん?
その単語がうまく飲み込めないでいる私に、竹内が笑顔で手をふる。
「菊ちゃん」
そのとき、初めて気付いた。
私の名前が菊坂千尋だから、菊ちゃん……。
一宮の視線が、私と竹内の間を行ったりきたりする。
「寒いから中に入っていいですか?」
一宮は、しばらく考えるように顎に手をあてていたが菊坂、と私の名前を呼んだ。
「竹内と一緒に帰れ」
はい! と私ではなく竹内が元気よく返事をする。
「菊ちゃん、一緒に帰ろう!」
返事をする前に竹内に手を掴まれた。びっくりした。氷のように冷たい。
……手がこんなに冷たくなるまで、廊下で待っていたのか。
「菊ちゃん、早くおいでってば」
引っ張るな、と言う私に竹内は耳打ちした。先生の気が変わらないうちに、帰ろ?
「先生、さようならー」
「ああ、さよなら。廊下は、走るなよ」
はーい、と元気よく返事をして、竹内は私をぐいぐいと引っ張る。私は竹内に引きずられるようにして昇降口へと向かった。
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