26-5

 凛太郎たちのライブが終わって、舞台では柿原君の告白が行われている。

 私たち三人は、彼の告白を静かに聞いていた。


「――――いいわね、青春って」


 告白が成功した瞬間の歓声を聞いて、カノンがそう呟いた。

 ちょっとだけおばさんみたい。


「レイ、あんた今おばさんみたいって思ったでしょ?」


 ……エスパー?


「……ふん、まあいいわ」


 カノンは不貞腐れたような表情を浮かべながら、用意してもらっていたパイプ椅子に深く腰掛ける。

 そして私とミアと目を合わせないまま、言葉を続けた。


「羨ましいって、思う?」

 

 その言葉は、きっと彼らが舞台の上で繰り広げた青春と呼べるものに対してだろう。

 チラリと、ミアを見た。

 ミアも困ったように私の方を見て、そのままカノンへと視線を戻す。


「……ボクは思うよ。これは今のボクらにはできないことだからね」


 ミアの言葉は真理だった。

 この三人の中で、アイドルになったことを後悔している者なんていない。

 誰にでもなれるものではないということは重々承知しているし、私たちは誇りを持っている。

 

 ――――だけど。


 彼らを羨ましいと思ってしまう気持ちには、嘘はつけない。


「ボクらはアイドルになって、たくさんの物を手に入れた。でも、同時にたくさんの物を捨ててしまった。自分から捨てておいてなんだけど……羨ましく思わないわけがないよね」

「……ま、隣の芝生は青く見えるって言うし。そこはあたしも同意するわ」


 二人の言葉に、私も頷く。

 普通の高校生としての生活を、捨てたくて捨てたわけじゃない。

 私たちは、例えそれを捨てたとしてもなりたいものがあったから捨てたんだ。


「レイ、ミア……あたしたち、いつまでアイドル続けると思う?」


 私とミアは、カノンからの質問に言葉を詰まらせる。

 それは全員がずっと考えていたことで、そして、誰も話題に出さなかった話。

 いつ、"引退"するのか――――。


「ボクは……まだ当分は引退しないと思うよ。いつかは海外で女優になりたいと思っているけど、それもまだまだ先の話さ」

 

 ミアは今度映画のオーディションを受けるらしい。

 私もカノンもそれを応援しているし、ミアならきっと合格すると思っている。


「レイは? あんたは引退する時期とか考えてる?」

「私は……」


 夢は、日本武道館での大規模ライブ。

 それはデビュー当時から今になっても変わらない。

 その夢が叶った時、きっと私は――――。


「ふぅん? あんたは決めてるのね」

「え?」

「引退時の話よ。迷ってる雰囲気が一切ないんだもの」


 確かに、私はもう決めていると言ってもいいのかもしれない。

 

「日本武道館でライブができたら……少なくとも、満足はしてしまうと思う」

「日本武道館ってあんた、今のあたしたちなら一年以内に決まる可能性だってあるわよ?」

「そう、だけど――――」


 辞める辞めないの話は、正直まだ決めかねている。

 アイドルではなくなった私に何が残るのか、それがまだ分からないから。


「いいのかな、レイ」

「え?」

「アイドルじゃなくなったら、凛太郎君を養えなくなるかもしれないよ?」


 私が呆気に取られていると、ミアは真剣な表情を浮かべたまま口を開く。


「凛太郎君の夢は、自分は働かずに家事に専念して、奥さんになった女性を一生支えることだろう? なら、奥さんになる人間にはそれなり以上の収入がないといけないわけだ」

「それは……そうだと思う」

「アイドルを引退した後も芸能界で活動することはできるはずさ。けど、確実じゃない。人気が低迷して稼ぎがなくなる可能性だって十分にある」

 

 私は、何も言えなくなった。

 覚悟ができていないと言われればそれまでだけど、まだ私は子供だとたかを括っていた部分もあるかもしれない。


「――――ボクはもう、覚悟ができてるよ」


 ミアの真っ直ぐな視線が、私を捉えていた。

 その目の真意が分からず、ただただ困惑する。


「ボクは、凛太郎君を一生養い続ける覚悟がある。絶対に女優でも成功して、彼に不自由な思いをさせないようにする」

「あ、あんた……それって……」


 信じられない物を見る目で、カノンはミアを見ている。

 私もそうだ。

 まさか、ミアが私と同じ気持ちを抱くようになるなんて――――。


「……レイには悪いと思ったけど、ボクも自分の心に嘘はつけない……と言うより、君を前にして隠すなんてことはしたくなかった」

「ミア……」

「ボクも――――」



 ――――凛太郎君が好きだ。



「っ!」


 こうなることを、考えなかったわけじゃない。


 たまに意地悪で、不愛想で、面倒臭がりで。

 そうやって振舞っているのに、本当は優しくて、世話焼きで、気が利いて。

 執事服の時みたいにちゃんと身だしなみを整えれば、想像以上に顔立ちが整っていることだって分かるし、時間があれば運動しているから意外と筋肉質だし。

 たまに笑った時は小さな男の子みたいで可愛いし、手は大きいのに指は細くてえっちだし。

 料理は上手くて、掃除や洗濯の手際もすごくいい。

 そして何より――――一緒にいるだけで安心させてくれる。

 そんな凛太郎のことを好きになる人間が、私だけのはずがない。


 全部、分かっていたはずなのに。


「今はまだ、凛太郎君はボクのことを恋愛対象として見てくれてはいないと思う。だからこれからはもっとグイグイ行くつもりだよ。レイ、君よりもね」


 自信を込めてそう宣言するミアの顔が、何故か眩しくて。

 今まで押し込めていた焦燥感が溢れ出てきて、私の心臓を締め付けた。


「……どうでもいいけど、あんたらの不仲とかで解散とか一番ダサいからね。それだけは避けてよ?」

「その心配はないよ、カノン。例え凛太郎君がボクじゃなくてレイを選んだとしても、ボクはレイを恨んだりすることはないから」

「ふーん、じゃあ……レイは?」


 カノンの視線が私に向けられて、思わず肩が跳ねた。

 私は。私はどうなんだろう。

 ミアと凛太郎が仲良く一緒に歩いている所を見て、平静でいられる?


(……多分、無理だ)


 ぎゅう、とさらに強く胸が締め付けられる。

 凛太郎のことも、ミアのことも、私は大好き。

 ミアと喧嘩なんてしたくないし、ミルスタがバラバラになるのもすごく嫌だ。

 私は、ミアみたいに割り切って過ごせるだろうか――――。


「ふふっ、たった一人の男を巡ってグループが分裂……ありがちな話ね」

「カノン……」

「ありがち過ぎて、ちょっと笑えないかも」


 カノンは簡単に変装を終えると、立ち上がって出口の方へと歩いて行ってしまう。


「例えあんたらの仲がこじれても、解散なんて絶対許さないから」

「え……?」

「自分のせいでミルスタが解散したなんてあいつが知ってみなさいよ。きっと責任感じてあたしたちから距離を取るわ」


 凛太郎なら十分あり得る。

 それだけは絶対に避けないといけない。


「あたしもね、多分あんたらほどじゃないけど……あいつには好意を抱いているつもり」

「……カノンも?」

「勘違いしないで、あんたらほどじゃないって言ってるでしょ? 異性の中じゃりんたろーが一番いいなって思う――――それだけの話だから」


 それは十分好きって感情に繋がっているんじゃないかって思ってしまうけど、カノンの中では違うらしい。

 少しだけホッとしてしまった。


「というか、今のりんたろーの人生のほとんどはレイに依存してるわけでしょ? 家賃だってあんたが払ってるわけだし」

「うん」

「なら、あいつが二人以外の良い人を見つけるか、あんたらのどっちかが一生養っていく目処が立つまではちゃんと面倒見るのが筋じゃない? 少なくとも、それまでは絶対に解散できないわね」


 確かに、それもそうだ。

 

「別にこの際なんでもいいけど、無責任なことだけはしちゃダメだからね。二人のそういうところ、あたしは信じてるから」

「……分かっているよ。ありがとう、カノン」

「ふんっ」


 最後にそっぽを向いて、カノンは舞台裏をあとにしてしまう。

 そろそろ次の出番の人たちが来る頃だ。

 私たちも早く退散しなければならない。


「さて、じゃあボクも帰ろうかな。結局のところ、凛太郎君の晴れ舞台が見たいがために残っただけだしね」

「ミア……私」

「……急いで答えを出す必要はないと思うよ」

「どういう、意味?」

「ボクらがアイドルである限り、きっと彼はどちらとも付き合ってはくれないと思うんだ。その辺りは君の方が理解している気がするけれど」


 ミアの言うことはもっともだと思う。

 凛太郎は私たちを支えてくれようとしているし、"ミルフィーユスターズ"が壊れてしまうかもしれないようなことは、極力避けたがる。

 多分だけど、本当の勝負は私たちがアイドルでなくなった時だ。


 それまでに、私は新しい道を見つけておかなければならない。


「ふぅ……改めて、今日は突然かき乱すようなことを言って悪かったよ。お詫びと言ってはなんだけど、この後は君に譲るからさ」

「この後?」

「まだ後夜祭は終わらないんだろう? 凛太郎君と楽しんでおいでよ。不服ではあるけど、ボクは明日から攻めさせてもらうから」


 挑戦的な笑みを浮かべ、ミアも簡易的な変装を施した後に舞台裏を出て行く。

 やっぱり、ミアはとてもカッコいい。

 でも、だからこそ負けたくない。心の底から、そう思った。


「……行かなきゃ」


 凛太郎に会わなければ。

 そんな衝動に襲われた時には、私はもう舞台裏から飛び出していた。

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