25-6

(面倒くせぇことをやってくれたな……)


 俺は心の中で悪態をついた。

 どういう形であれ、万が一にも玲を巡ってこのまま客が流れ込んでくるようなことがあり、尚且つそれで学校側から問題があると判断されるようなことがあれば、俺たちのメイド執事喫茶は営業停止にされる可能性がある。

 そんなことになってしまえば、俺たちの苦労がすべて水の泡だ。


「ほら、だーせーよ。どうせ集客のために来てるんだろ? お前らもあいつの知名度を利用して人集めたいって思ってたんだろ? さっさとその思惑を叶えろって」

「っ……そんな思惑はない! そもそも彼女は学校にすら来てないんだぞ!」

「だから、それは表向きだろ? どうせ人を集めすぎないようにとか考えて、このくらいの時間に出てくる予定だったんだろ、って」


 柿原の反論を、金城は堂々と跳ねのける。

 その声はとにかく大きくて、あたかも自分は間違ったことを一つも言っていないとでも証明するかのような態度だった。

 廊下がざわざわとうるさい。彼らが玲がいないと理解してさっさと散ってくれればありがたいのだが、噂というのは広まるのはあっという間なくせに沈静化するまでには時間がかかるもので、中々正しい情報というのは伝わらない。

 少しでも事態を抑えるには、俺たちも声を張り上げて金城たちの主張を否定するしかないのだが————。


「はぁ、何をもったいぶってんのか分からねぇけど! 俺たちはレイが出てくるまで待たせてもらおうかねぇ!」


 ニヤニヤと下賎な笑みを浮かべながら、金城たちは用意された椅子に深く腰をかけ直す。

 

「……なあ、迷惑だからさっさと帰ってくれねぇか? お前らがいくら呼んだところで、学校にも来てねぇ奴が出てこれるわけねぇだろ」

「だからうるせぇよ! そんな嘘で誤魔化されるかよ!」


 こいつらの主張はめちゃくちゃだ。

 大体、玲のことを集客に使いたいと思っているのなら、こんな時間でなく朝からいてもらえばいいだけのこと。

 それも接客をしてもらうんじゃなくて、宣伝役として練り歩いてもらうだけで十分な話である。

 そうすれば間違いなく宣伝効果はあるし、教室の中にいるわけじゃないから客が押し寄せてくることはない。

 故に、明日は玲にそういう風に動いてもらう予定になっているのだ。

 

 金城たちが無駄な主張を続けるのは、とにかく俺たちに迷惑をかけたいから。

 そして、こうなったのはすべて乙咲玲のせいだと責任を感じさせたいからである。

 とにかく恐ろしいのは、こいつらが後先を全く考えていないということ。未成年という法律を後ろ盾に、この程度・・・・であればどうとでもなると思っている。


「……祐介君、女子たちに先生を呼びに行ってもらおう」

「え? あ、ああ。そうだな」


 俺は柿原に耳打ちして、女子たちに指示を出してもらうよう誘導する。

 金城はともかく、奴が連れてきた男たちはどことなくイライラしている様子が見て取れた。

 人は見かけで判断するなとはよく言ったものだが、彼らは見た目通りのよくない性格のようで。もしも痺れを切らして暴れられようものなら、女子たちが怪我をしてしまうかもしれない。

 先に避難させておけば、そんなことにはならずに済むだろう。


 本当に――――本当に厄介なことをしてくれたものだ。


 一番間が悪いのは、この場に"本人"が来てしまっているということ。

 横目で彼女らが座っている席を確認してみれば、カノンは怒りの形相を浮かべ、ミアは心配した様子で玲に視線を送っている。

 話題の中心人物である玲は、背中を向けていて表情が見えない。


「……金城、もうすぐ先生方が来る。そうなれば困るのは君なんじゃないのか?」

「オレが? 困る? バカかよ。オレはただお前らの店に来てレイは来てないのかって聞いてるだけだ。別に何にも問題は起こしてねぇぞ? 今日偶然会った・・・・・・・こいつらが何か問題を起こしても、そいつは俺には関係のないことだ」


 そうはならないだろ、と言いたいところだが、現にこいつが余計なことを叫んだせいで客足は減るどころかむしろ増えてしまっている。

 客を増やす行為が迷惑行為と言えるかどうかは、もはや俺たちの頭では判断できない。

 そしてこいつら自体が関係性を否定したら、金城自身が責任を取る要素がなくなってしまう。

 そう上手く思惑通りにはいかないだろうが、俺たちに迷惑をかけたいだけの金城としては適当なことを言っておくだけで十分だと考えているはずだ。

 

「つーわけで、レイが出てこないならそろそろ暴れちゃおっかなぁ」


 金城の座る席から離れた男たち四人は、ニヤニヤしながら店の中を徘徊し始める。

 まだ店に残っていた一般の客たちを品定めするようにジロジロと眺め、客はそれを受けて居心地が悪そうな表情を浮かべた。

 ようやく皆事態がおかしいことに気づいたのか、俺が担当した女子大生二人を含めた数人が教室から出て行く。


(……しめた)


 この流れがあるなら、あいつらも教室から出ていける。

 教室から出ることさえできれば、後はどうとでもなるはずだ。教師が奴らを無理やりにでも追い出してくれるだろうし、力技だったとしても事態は収束する。


「……あたしたちも行くわよ」


 変装したカノンが玲とミアを先導し、俺の思惑通り教室から出て行こうとする。

 しかし――――。


「あら、あらあらあら! 君たちめっちゃ可愛くね⁉ 俺っちめっちゃ好みなんですけど!」


 出て行く客をボーっと眺めていた金城一派の一人が、三人の前に立ちはだかった。

 思わず舌打ちが飛び出そうになる。

 変装が上手く行っているおかげで正体まではバレていないようだが、ジロジロとじっくり眺めている様子を見るとさすがに不安にならざるを得ない。


「なあなあかねちー、俺っちこの子たちと遊んでていい?」

「おいおい、程々にしとけよ?」

「分かってるって」


 一番女癖の悪そうな茶髪の男は、金城に許されたことをいいことに彼女たちへと手を伸ばした。


「いやー、今日かねちーについてきてよかったぁ。まさかこんな可愛い子たちと遊べるだなんて思わなかったよ」


 そう言いながら、茶髪の男は無遠慮に玲と肩を組む。

 その瞬間、ぞわりと全身の産毛が逆立つような嫌な感情が胸の底から湧き上がってきた。


「っ、やめて」

「おっと……」


 不快な表情を浮かべ、玲は男の腕を跳ねのける。

 引き剥がされた男は自分が悪いのにも関わらず、何故か苛立った様子で眉間に皺を寄せた。


「え、何? 何でそんな乱暴するの? めっちゃイラっとしたんだけど」


 理不尽な怒りを訴えながら、彼は左瞼をぴくぴくと痙攣させた。

 その反応にはどことなく狂気を感じ、本能が触れない方がいいと警告してくる。

 何となく初めて見た気がしないのは、この前街でミアに絡んできたあのスカウトの男に似ているからか。


「あーあ。大人しく可愛がられてればいいのに。そいつ、女に拒否されんの一番嫌いなんだぞ」


 金城たちは呆れたような態度を装いながら、目元を楽しげに細めた。

 自分たちの危機を悟った玲たちは、警戒心を強くして身を寄せ合う。


「フーッ、フーッ……女に逆らわれるとマジで頭の血管切れそうになるんだよなァ……俺っち」


 茶髪の男が、玲に向かって再び手を伸ばす。

 その手が彼女の頭――――つまりは髪に伸びていると気付いた俺は、とっさに近くの机にあった水の入った紙コップを手に取った。


「あの……」

「あ? ――――ぶっ⁉」


 顔に目掛けて勢いよく中身をかけてやれば、茶髪の男は呆然とした様子で俺を見る。


「頭は冷えましたか? お客様」

「てめぇ……ぶっ殺す」


 ははっ、おっかねぇや。

 

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