19-2
『あいつと俺、どっちを選ぶんだよ!』
『そ、そんなの! 急に言われたって決められないよ!』
『もういい! お前なんてどこへでも行っちまえ!』
金持ちの俺様系イケメンが、そう言ってシーンからはけていく。
残ったヒロインが涙を流していると、それを見計らったようにスポーツマンの方が近寄ってきた。
そしてヒロインを抱きしめ、耳元でささやく。
『俺なら、君のことを泣かせたりしないよ』
うむ、むず痒い。
観客の女性陣にはその声とセリフが刺さったらしく、ほとんどの人間がうっとりとした顔でスクリーンを見ている。
ミアはどんな顔をしているのだろう?
気になった俺は、視線だけで隣の席を見た。
「……へぇ」
興味深そうな顔をしていた。
ときめきとかそういうものを置き去りにして、真剣に何かを学ぼうとしている、そんな表情。
きっと、愛を囁かれた側のヒロインの顔をじっくりと見ているのだろう。
ここで一度シーンが終わり、ヒロインが一人で考える時間になった。
いまだに二人の男の間で揺れる彼女は、やがて一つの結論を出す。
『私……やっぱり』
そうしてヒロインが駆けだした先には、スポーツマン系の男がいた。
しかし彼女は彼に対して謝罪と共に気持ちに応えられえないと告げ、そのままの足で俺様系イケメンの方へと向かってしまう。
『私! あなたが好き!』
『もう絶対にお前を離さねぇ』
そんなやり取りがあって、結局二人は結ばれる。
ううむ、よく分からん。
俺が現実的に考え過ぎているせいか、どう考えてもスポーツマン系の男の方が恋人としてはいいと思ってしまう。
金持ちなのはポイント高いのだが、あの性格と付き合っていくのは真面目に考えても難しい。
あくまで俺は俺であるが故の意見であるためわざわざ口に出すようなことはしないが、少しだけ納得がいかなかったのは事実だった。
「ふーん……なるほど。こういうものなんだね。じゃあ行こうか、りんたろー君」
「ああ。満足したか?」
「まあそれなりに、かな。正直元々持っていた知識と違うこと学べたかと聞かれると、首を傾げざるを得ないけどね」
席を立って劇場を後にしながら、俺たちはお互い映画に対しての意見を交わし合う。
ミアとしても、現実世界で恋人にするのであればスポーツマン系一択だと思っていたようで。
曰く、「ボクだとあのお金持ち君はからかい過ぎて嫌われちゃいそうだからね」、とのこと。
その光景は、何となく想像できた。
「さて、これからどうしようか?」
「あー……昼時は少しずれたけど、飯にでもするか? 今なら少しは空いてるだろ」
「そうだね。あ、じゃあ食べてみたい物があったんだけど、いいかな?」
「へぇ、何だよ?」
「経路だけは覚えているから、このままついてきてよ。たどり着いてからのお楽しみさ」
俺は首を傾げつつ、彼女の歩みに合わせる。
ミアのことだ。さぞ洒落たカフェやレストランにでも案内する気だろう。
普段ならそういう場所は高くて懸念してしまうが、今日は彼女の奢りらしいし、足取りはそこまで重くない。
————我ながら、ちょっとダサいな。
「ほら、ついたよ。ずっと来てみたかったんだよね、ここ」
そうしてたどり着いた店から漂ってきたのは、濃いニンニクの香り————って。
「ここラーメン屋じゃねぇか!」
「そうだよ? どこに案内されると思ってたのさ」
目の前の店の看板には、野菜マシだのニンニクマシだの、見ただけで胃もたれしそうな言葉が並べられていた。
この店自体は、俺も嫌いではない。
ただ女子に連れて来られるとは思っていなかっただけだ。
「ここ最近までずっとスタイルをキープしてなきゃいけない仕事が多くてさ、カロリーが高すぎる物は控えてたんだよね。そういう仕事が一旦落ち着いて、今日がようやく来たチャンスなんだよ」
「そ、そうか……」
「じゃあ入ろうか」
正面から堂々と入って行くミアの背中が、どこか勇敢な戦士に見える。
そう言えば、玲も意気揚々とラーメン屋に入って行ったっけな。
————仕方がない。
少し気圧されてしまったが、別に俺はこういう店に初めてきたわけでもないし、むしろ変に洒落たところよりありがたかった。
ミアに続いて店に足を踏み入れれば、ラーメン屋特有の券売機の前でうんうん唸る彼女の姿が目に入る。
「りんたろー君、どうしよう。どれを頼んだらいいかな?」
「……初めてなら、普通のやつでいいんじゃないか? この後店員に色々質問されると思うけど、それに対しても最初は全部普通って言っておけばいいから」
「ん? よく分からないけど、分かったよ」
一番上にある通常のラーメンを購入したミアは、俺の方へ振り返る。
「りんたろー君はどれを食べる?」
「俺も普通のやつだ。具とかにはあんまり拘りがないから」
「そっか。じゃあ買っちゃうね」
「悪いな……」
「今日に関しては、君は何も気にしないでいいんだよ」
そう言いながら、ミアは俺の分の券も購入する。
俺たちは並んで席に座り、カウンター越しに店員へとその券を手渡した。
「ラーメン二丁! お好みは?」
「え? あ、普通……でいいんだっけ?」
ミアの問いかけに対して、俺は頷く。
店員の男にその旨を伝えると、彼は頷いた後に注文を復唱した。
それから数分して、俺たちの前にもやしとキャベツが山盛りとなったどんぶりが置かれる。
「おお……実物は思ってたよりも大きいね」
「食べきれるか?」
「うん、余裕だと思うよ」
「じゃあ俺が残した時は頼む」
「ああ……なるほどね」
いや、まあ食べきれるとは思うが、油が大量に入っていると途中で気分が悪くなる可能性が捨てきれない。
うん————大丈夫だと思いたいけど。
「まあとりあえずは伸びる前に食べちゃおうか。いただきます」
「……いただきます」
俺たちは手を合わせた後、箸を取って食事に取り掛かった。
と言うか、食事を始める前にまずは発掘の作業がある。
もやしとキャベツの山をこぼさないように崩し、その末でようやく麺に箸が届くようになった。
ここまで来ると、もはや炭鉱夫になった気分である。
「ん~~~! おいしい!」
俺が麺を掘り出す作業に苦戦していると、隣からそんな声が聞こえてくる。
思わず視線を向けてみれば、そこには頬を押さえて幸せそうにしているミアの顔あった。
「あ……ごめん、ちょっとはしたなかったかな?」
「いや、ちょっとだけ意外だなって」
「意外?」
「どちらかと言うとクールな奴ってイメージだったから、そんな風に大きく表情を変えたことに少し驚いちまったよ」
「ふふっ、だから似合わないって?」
「そうは言ってねぇよ。むしろ……何だかお前を身近に感じられた気がして、少し嬉しかった」
「え……」
初めて会った時、俺はミアをずっと警戒していた。
あの時のこいつは、それだけ得体が知れなかったからだ。
それは彼女が素を見せないように努めていたからだと思うし、今思えば、玲が連れてきたからって初対面の男を無暗に信用する方が危なっかしい。
あれからずいぶん時間は経ったものの、ミアは玲以上にアイドルとしての"ミア"を保ち続けているように見えていた。
勝手なイメージでしかないけれど、もしも俺がこいつの立場なら、常にアイドルでいるなんてとても耐えられない。
玲ですらオフの時間を作っているのに、ミアにはそれがないのだから。
そんな強固な仮面を作り上げていたはずの彼女の素顔が、わずかでも見えたという事実。
些細なことでも、何だかそれが嬉しかったのだ。
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