16-2

 事務所が公開した資料によると、レイの身長は162㎝。ミアは164㎝、そしてカノンは154㎝となっている。

 つまりそこから1㎝下がったということは、今は153㎝になっているはずだ。


 正直マジで判断つかないけど。


「凛太郎、実はカノンは身長を2㎝盛ってる。だから正確には151㎝」

「小賢しいサバ読みだな……」


 見栄を張るにしても、その規模が小さすぎる。

 2㎝って。せめて5㎝くらいは盛れよ。まあそれじゃすぐにバレると思うけれど。


「何で言うのよ⁉ それ後で負けた時用に取っておいたのに!」

「駄目だよ、カノン。ボクらがその事実を知っている限り、秘密にはなり得ないからね」

「た、確かに……!」

「身長が縮んでたって話の方は初耳だったから、罰ゲームとしての基準はクリアしてるかな。気づいたのはいつ頃?」

「……水着の採寸をしてもらってる時よ。そこで計ってもらったら、学校の健康診断の結果よりも1㎝下がってたの」


 それを聞いていた俺たちの間に、気まずい空気が流れる。

 あまりにもカノンが深刻な顔で言うものだから、一重に笑い飛ばせないのだ。身体的特徴というのは中々ツッコミづらいものである。


「……ちょっと、別にいいのよ? 笑っても」

「だってカノン、身長気にしてるでしょ? だから触れない方がいいのかなって思った」

「変な風に気にしないでよね! あたしは自分のこと大好きだし、そこにはこの身長だって含まれてるわ! 気にしてるのは、ステージ上でのあんたらとのバランスだから!」

「そうなの?」

「そうなの! まあ……せめて155は欲しかったとはいつも思ってるけど」

 

 これに関しては、傍から聞いていると本音のように思えた。

 

「ていうかあんたら知らないの? 身長が低い方が男受けするってことをさ」

「ふーん、そういうこと言うんだ。じゃありんたろー君に聞いてみようじゃないか」

「上等よ! ほらりんたろー、言ってやりなさい」


 何故ここで俺に弾が飛んでくるのだろうか。

 いくら疑問に思っても、三人の視線はすでに俺を捉えて離さない。

 

「はぁ……別に身長なんてどうでもいいだろ。結局はそいつの魅力に繋がるかどうかだし」

「と言うと?」

「性格が気に入らなければ、そいつがいくら身長が低くて可愛らしくても嫌いなもんは嫌いだ。逆に一度でも好きになったらそいつの身長ごと好きになると思う。見た目さえよければそれでいいって奴もいるだろうけどな」

「つまり君は身長で女の子は選ばない、と」

「まあ好みだけで言うなら低い方が好きだな」

「平和に終わりそうになったところでとんでもない爆弾を落としたね、君は」


 ミアの言葉の裏で、カノンの表情がパッと明るくなる。

 そしてそのまま俺の隣に引っ付くように近づくと、肩にぐりぐりと頭を押し付けてきた。


「もぉ、分かってるじゃない。ほら、小さい方が好きって言ったご褒美に、あたしの頭を撫でてもいいのよ?」

「喜んでいるところに申し訳ないが、俺は別に小さい方が好きって言ったわけじゃないぞ」

「へ?」

「低い方が好きだって言ったんだ。俺より・・・な」


 彼女らに一人ずつ視線を送る。

 この中で一番背が高いのは、さっきも言った通り164㎝のミアだ。

 しかしその身長でも、俺より10㎝は低い。


「凛太郎、身長いくつ?」

「178㎝だ」

「当てはまる範囲が多すぎる」


 唖然としているのが一名、ホッとしているのが一名、感心しているのが一名と言ったところか。

 

「逆に中途半端なのは苦手だ。背が高いなら俺よりもかなり高くあってほしいし、低いならはっきり低い相手がいい」

「……じゃあ、あたしらみんなあんたの好みに入ってるじゃない」

「それは否定しねぇよ。だからどうでもいいって言ったんだ」

「あたし! 今日あんたに振り回されっぱなしな気がする!」


 カノンは顔を真っ赤にしながら、そう叫ぶ。

 むしろこいつの方が色んなゲームを提案してきているのだから、振り回されているとしたら俺の方だと思うのだが。


「まあいいわ……あたしの秘密は一個言ったし、さっさと次のゲームに行くわよ」

「位置交換とかしなくていいのか?」

「何? してほしいの?」

「いや……そういうわけでもないが」

「じゃあ面倒くさいしこのままでいいでしょ。ほら、カード配るわよ」


 俺はお前のためを思って言ったんだが――――まあ、このままでいいなら俺にとってはありがたい。この順番である限り、俺にはジョーカーの位置が分かるのだから。

 

 すんなりと次のゲームが始まってから数巡。

 意外なことにカノンが一抜けし、次に俺が上がった。

 こうしてミアと玲の一騎打ちになり、ババは玲が持つことになる。


「こういう時ばかりはそのポーカーフェイスが羨ましいね」

「別に、意識しているわけじゃない」


 ババ抜きが始まってから、玲の無表情が加速したのは間違いなかった。

 カノンと足して二で割れば丁度良くなるだろうに。


「……まあ、こっちでいいかな」


 結局、ミアは考えることをやめて適当に二枚の内の一枚を引いた。

 その瞬間、玲の表情が一瞬曇る。


「あ、揃った」


 そんな言葉とともに、ミアの手から最後のカードが捨てられる。

 これで今回のゲームは終了し、敗者は玲に決まった。


「む……運で負けた」

「悪いね」

「こればかりは仕方がない。じゃあ、私の秘密を話す」


 玲の秘密、か。

 割と何でも包み隠さず言ってくれる彼女だからこそ、今まで誰にも言っていなかった秘密が何なのか気になってしまう。


「……たまに、夜中お腹が空く。だから起きて合鍵で凛太郎の部屋の鍵を開けて――――」


 ————ん?


「作り置きのおかずとか、ご飯をちょっとつまみ食いしてる」

「「ぶふぉっ」」


 噴き出したのは、俺とカノンだった。

 そして俺たちは同時に玲へと詰め寄る。


「あれだけ夜食は太るからやめなさいって言ったわよね⁉」

「何か作り置きが減ってんなって思ったらお前のせいか!」

「うう……ごめんなさい」


 週に一回程度の些細な出来事でしかないのだが、実は朝起きて弁当を作ろうと思ったら米もおかずも足りてないなんてことが何度かある。

 疑問には思った。しかしさすがに誰かがつまみ食いしているだなんて思わず、その時は俺が量を見誤っていたのだと納得させていた。


 まさかこんなところにネズミがいただなんて。


「足りない分はわざわざ次の日に作り直してるんだから……今度から欲しい時は起こしてでも言ってくれ」

「でも、それはちょっと申し訳ない」

「俺としてはお前に冷えた残り物を食わせる方が若干嫌なんだよ。……なら夜食用に握り飯でも作っておくから、次からはそれで我慢してくれよ?」

「我慢だなんて……むしろありがたい」


 これでこっちの問題はひとまず解決した。

 残った問題は――――。


「れーいー? りんたろーが甘やかしてくれるからって、あたしは許さないわよ」

「うっ……ごめん」

「別に怒っちゃいないけど、そんな生活で太んないのはその若さのおかげなんだからね? いずれぶくぶく太っちゃうんだから」

「……経験談?」

「同い年よ馬鹿!」


 そんな漫才のようなやり取りをしている二人をよそに、ミアがこそこそと俺の側に身を寄せてくる。


「何だか保護者みたいでしょ、カノン」

「そうだな。ずいぶんと様になってるし」

「姉弟が多いからみたいなんだよね。だから真面目な時のカノンってすごく頼りになるんだよ」


 頼りになる。確かにその通りだと思う。

 何だかんだ言って、少なくとも玲よりはしっかりした人間であることは出会った当初から理解していた。

 

 しかしやけに印象的なのは、やはり彼女が弱音を吐いたあの夜のこと。


 そういう弱い部分を自分だけが知っているというのは、思いのほか優越感に繋がってしまうようだ。

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