6. 追跡開始




  ◇◆◆◇




 それは何処で生まれ出たのか。


 ありとあらゆる種族が感情を持つに至って、それは生まれるのが必然だったのかもしれない。


 悪意か無邪気さか清濁か。複雑に絡み合った情念が濁り合って形作られたのかもしれない。


 最初はほんの豆粒ほどの大きさだった。

 くすりと笑えるくらいの小さな細やかな悪戯を起こすくらいだった。

 しかし、大陸全土を制していた”古代王国”が凋落する時、世界もしていた。戦争や反乱に明け暮れ、人々の心も荒み、悪意や妬みがありふれていた。それは情念から生み出されたモノに大きく差し響く。負の感情を強く受けて、体形も大きく醜く成り果て、己の指針も暴走するようになった。戦乱の世の中で暴れていると、いつしかグリムオールと呼ばれ、名を付けられたことによって個として確立したのかもしれない。


 そもそも、己の出自など気にもしたことないだろう。妄執によって生まれいづるモノ、りて妄執に憑りつかれその衝動に抗うことなく、顧みることなく突き進むからだ。偏狭な存在要素アイデンティティの為に長い間何処行く当ても無く彷徨いながら力を使い、そして力を失い、また力を溜めては同じことを繰り返す。いや当てならあるかもしれない。妄執の根源はヒトからの思いだ。ヒトがいる限り、自分は決して滅びはしないだろうと本能で理解していた。ならば、ヒトがいる処に行けばいいのである。国から国へ、都市から都市へ、ヒトの集落を転々とし、しこうじてこの城――リスティノイス城に辿り着き、挙句の果て、故七代目アルクウィル国王アルバートによって封印されることとなり、今へと至る……。




 宝物庫から脱出した悪霊グリムオールは今、この城の上空にいた。


 隠し通路の途中、壁の薄いところから透過で抜け出し幾つかの部屋を経て、城から飛び出して見下ろす位置にまで浮き上っている。

 当初、グリムオールは此処から離れて別の都市に行くつもりだった。折角封印が解けて自由になったのにまたすぐに封じられてはたまらないからだ。悪戯をしたい欲求に駆られそうになるが、低くはない知能が生存する方に比重を傾ける。そうしてこの中空まで来たのだがこれ以上進めなかった。城の周囲に微弱な結界が張られていたのである。元々邪気が少なく強い破壊の力を持たない霊だ。先にポルターガイスト現象の力を行使したせいでさらに弱体し、体も封印解かれた直後に比べて随分と縮んでしまったので今の状態では結界を抜ける力が足りなかった。


(……忌々しい、どこまでも邪魔立てをする王の一族め)


 グリムオールは悪態をつく。この地は魔力マナも多く、暴れやすかった。

 調子に乗って城の中でも奔放に振舞ったからこそアルバートに目を付けられてしまったのだが自己中心的な思考しか持たないこの悪霊は他人の所為にしか出来ない。


 まあ良い、出れないなら出れないで本懐を遂げるのみである。開き直りとも取れるがそれこそがグリムオールの存在意義なのだ。


 ここに来るまでに通った部屋にもはしておいた。

 それに気付いた者達が揺り起こす感情こそが我が力の糧と成る。少しでも力を取り戻せるだろう。それに今日は催し物があるのか、多くの人の往来が上空からでも見て取れる。ではそれに便乗せしめようではないか。グリムオールは本能のままに振舞える歓喜に大きな口を醜く歪め、再び城へと引き返していった……。




  ◇◆◆◇




「ハッ!?」


 頭の上で伸びていたミューンが目を覚ました。


「……ここはドコ?」

「目下、未知の隠しルートを進歩中であります。妖精殿」

「ワタシ、さっきから流れに流されてるんですけど」


 ジト目の妹と別れて僕は隠し通路を勇往邁進している。


 基本的に通路は狭く、大人で横向きやらかがみながらでないと進めないところが多い。つーか、父さんのエールっ腹じゃ通れないんじゃね? もし反乱が起きたら王は僕たちが逃げる為の生け贄になってもらおう。骨は拾ってあげるから。


 それはともかく通路同士で合流する部分もあるし、換気口と繋がってるところもある。今はその換気口と併用する形になってるところを四つん這いで進んでいた。


「ミューン、目覚めたなら羽灯りよろしく」

「ほいほい」


 ミューンに燐光する羽を出してもらうと自身の魔法ライトと合わせて通路がより明るく照らされる。永らく誰にも使われなかったからか、這う度に埃が多く舞うのを明るくなったことで見て取れた。しばらく進むとつきあたりに上の方へと通路が続く構造になっていた。取っ手があるので手を掛けて登っていく。その前にも幾度か登ったので、感覚的には一階の宝物庫から三階辺りまで上がったくらいだと思う。登り切った後に狭いめの場所をかがんで進むと行き止まりになっていた。


 微かに隙間から光が洩れているので出口だろう。僕は王家の言霊キーワードを囁く。これは王族の血を持つ者の魔力を込めた言霊でしか開かない仕組みで、入る時も出る時も唱えないと起動しないのだ。まあ力押しで破壊されたら身も蓋もないんだけども。そういってる間に石を引きずる音の中に金属が擦れる音も混ざり合って聞こえ、目の前の壁が縦に真っすぐ割れて光が差し込んできた。


 隠し扉が完全に開ききってから僕たちは抜け出した。服に付いた埃を軽く払いつつ、振り返って出てきたところを見るとどうやら台座が真っ二つに分かれる仕掛けギミックだった。そして、分かれた台座の上を足を広げてファイティングポーズの構えをする全身板金鎧のレプリカが飾ってあった。


「……んん?」

「なんかカッコよ!」


 あれ、こんなポーズのやつあったっけ? 周りを見れば幾つか一定の間隔で同じ騎士鎧レプリカが厳かに佇むように設置されている。ここは三階の騎士回廊だね。グリムオールは見当たらないな……。とりあえず隠し扉を閉じるよう言霊を発する。分かれていた台座が作動し、閉じていくとそれに連動して騎士鎧の足も狭まり戦いの構えから周囲と同じ直立の姿勢になっていった。

 ……仕掛け無駄に凝りすぎだろ、いやカッコイイけど! 三百年前の職人さん頑張りすぎ、……つーか何気にコレ喪失技術じゃないよな? 今度ロット族の人に聞いてみよ。


 ま、まあ気を取り直して、ここは騎士回廊だ。ヤツもいないし、もしかすると通路の途中で透過で抜けていったのかもしれない。そうなると探すのに手間がかかるな……。すぐ近くに中庭を一望できるバルコニーがあるので、とりあえずそちらに向かってみる。


 近づくと誰か先客がいるみたいだ。バルコニーには簡易な卓と椅子が置かれているが、その人物は座らずに柵の方で片手で陽光を遮ぎつつ空を見上げている。黒のような紫のような色彩の織物で作られた王国公認である証の魔術師のローブを身に纏い、掲げた腕はとても肌白く、そして光に当てられて煌めき輝く長い銀色の髪から覗く、ある種族の特徴である動物のような耳。


 僕は冷や汗が出てくるのを感じた。誰なのか、判ってしまったから。


 何も警戒せずにバルコニーに近づいたので、向こうも気配に気付いたのかこちらに振り向いて笑みを浮かべる。目が合ったので、すでに離れることも出来ず、咄嗟に表情ポーカーフェイスを作る。

 僕、いや王族全員が頭が上がらないほどの傑物。エルン族の中でも上位種とされるハイエルンであり、我が国の宰相兼王国魔術師団長、シャスティア御本人との遭遇である……。


「あら、ごきげんよう。アルス王子」




 あっれー詰んだかも。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る