第287話 物の恨みは恐ろしい

 ネックレスを手に取った夕奈ゆうなは、自分の髪を除けながら後ろ側に腕を回すと、先程外した金具をパチッと留めた。

 その様子を見ていた唯斗ゆいとは、普段はあまり見えない彼女の耳とうなじをついつい凝視してしまう。


「唯斗君、そんな見つめてどしたの?」

「いや、本能が理性に抗ってただけ」

「結構危なくない?」

「夕奈だから耐えれた」

「泣くよ?」

「ぐぎぎぎぎ」

「……一応聞くけど誰の真似かなー?」

「さっきの夕奈」

「私はもっと可愛いしー!」

「再現率、83%」

「マルちゃんまで?!」


 そんな他愛もない茶番は短めに切り上げ、イスから降りて少し離れた夕奈は、どこか照れたようにそわそわしながらこちらを振り返った。


「どうかな、魅力的に見える?」

「いつもと変わらない」

「相変わらず世界一可愛いって?」

「世界一は余計かな」

「可愛いは認めるんかい!」

「まあ、うん」

「……えへへ♪」


 自分では堂々と言うくせに、人に言われるとこうして乙女のように恥じらいをみせる。

 確かにこの様子だけを見れば、世界一とは言えなくとも可愛いは間違いではないだろう。

 唯斗は心の中でそう呟くと、「そうだ」と右手の人差し指を真っ直ぐ夕奈に向けた。


「回ってみて」

「こ、こう?」

「そうそう。いいね、似合ってる」

「ふふん、他には他には?」

「しゃがんでみようか」

「パンツ見る気か?!」

「お婆さん、そろそろ会計を――――――――」

「見せます見せます!」


 彼女は慌ててその場にしゃがむと、パンツだけは見せまいと両手で必死にスカートを押える。

 もちろん唯斗にそれを覗き込むような意図は無いので、「似合ってる〜」と棒読みでいいながら次の司令を口にした。


「両手を床について」

「こんな感じ?」

「それで『私は醜い豚です』って」

「私はみにく……って言うかい!」

「ええ、惜しかったのに」

「本気で残念がらないでくれる?!」


 豚もおだてりゃ木に登るとはよく言うが、夕奈はおだてても豚にはならなかった。この結果が得られただけでもよしとしよう。

 唯斗はウンウンと一人で頷くと、文句を言いながらもなんだかんだ次の命令を待っている彼女を立ち上がらせた。


「ふっ、もう終わりか」

「もっと酷いこと言われたいんだ?」

「鋼のハートは簡単には砕けないZE✩」

「英語ゼロ点」

「余裕余裕♪」

「おーい、担任に敗北した人」

「ぐふっ……」

「効いてるじゃん」


 悔しそうに歯を食いしばった夕奈は、仕返しに彼のハートを攻撃しようとするも、的確に弱点を突ける言葉が見つからずに項垂れてしまう。

 そんな彼女を「そろそろ交代ね」とイスに座らせた唯斗は、そっと髪をかき分けてネックレスの金具部分を指で摘んだ。


「ん、くすぐったいじゃん」

「動かないで、外れないでしょ」

「だって唯斗君の指が当たって……」

「ちょっと、暴れたら危な―――――――」


 そう言い終わる前に、その場にいた全員がパキッという何かが折れるか割れるかする音を聞いた。

 その場で固まった彼が恐る恐るネックレスを確認してみれば、金具を留めるための蓋状の部分が無くなっているではないか。


「夕奈が暴れたせいだよ」

「唯斗君が力を入れすぎたからじゃん!」

「僕は動かないでって言ったし」

「そんないやらしい手つきで触れられたら、誰だって動かずにはいられないもーん!」

「普通に触っただけだから」

「夕奈ちゃんの魅力のせいで、無意識にいやらしくなってたんじゃない?」

「夕奈にだけはありえない」

「なんでそんなこと……」


 夕奈が言い返そうと口を開いた瞬間、バンッとカウンターを叩く音が店内に響く。

 それは商品を壊されて怒ったお婆さん……ではなく、それを試着するのを心待ちにしていたこまるによるものだった。


「……私の、番は?」

「こまる、壊れちゃったから……」

「……唯斗に、魅力、見せられない?」

「ま、マルちゃんはそのままでも魅力的だよ!」

「……は?」

「「ひっ?!」」


 さすがの唯斗ですら震え上がるほどの禍々しいオーラを放つ彼女は、静かに怒りの炎を燃やしながらもうひとつのネックレスを手に取る。

 そしてそれを首につけると、夕奈に向かって魅力ダウンの念を送るかのような鋭い視線を向けた。


「わ、私の魅力が奪われていく……」

「いや、何も変わってないよ」

「もうダメだぁ、自信もなくしちゃうよぉ!」

「だから、いつも通りバカそうな夕奈じゃん」

「私はなんて醜い豚なんだろうかー!」


 わざとらしい演技をしながら膝をついた夕奈は、何やらチラチラと意味深な視線をこちらに向けてくる。

 そのおかげで『こまるを納得させる』という目的を察した唯斗が、あくまで演技として夕奈の魅力が無くなったフリをしたことは言うまでもない。


「夕奈って可愛くないかも」

「うっ……」

「運動出来るだけだね。歩く冷凍コンテナだ」

「ぐぬぬ……」

「こまるの方が優しいしいい子だし、比べるのも勿体ないくらいかもね」

「ぐはっ……!」

「唯斗、分かってる。私、魅力的」

「そうだね、こまるは魅力的だね」

「うぅ……うぅ……」


 なんだかすごくダメージを受けているみたいだったから、後でこまるが別のネックレスを用意してもらってる間に謝っておいたよ。


「歩く貨物列車の方が良かったかな」

「どっちも良くないんですけど?!」

「あと、可愛くないってのも嘘だから。顔だけは」

「性格も可愛いやろがい!」

「それは……うん、そうだね」

「優しい顔しないで?! 切なくなるから!」

「夕奈は全部かわいいよ、うん」

「胸が……張り裂けそうだ……」


 余計にダメージを与えちゃったみたいだけど。

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