第56話 水着には個性が出るらしい
「瑞希は何着てもかっこいいんだね」
「あんまり女の子っぽいのは得意じゃないんだ」
少し照れたようにそう言う瑞希は、黒一色のシンプルなビキニを身にまとっている。
一見すると無個性にも見えるが、逆に彼女のクールなイメージを損なわないことにも繋がっていた。
「
「ピタッとしたのは好きじゃないんだよね〜♪」
見る人の心まで解してしまいそうなユルユルスマイルな風花は、右肩のみに紐がかかっているワンショルダータイプ。
柄こそ真っ白ではあるものの、大きなフリルがどことなく彼女に似合っているような気もする。
「こまるのそれは――――――着衣水泳?」
「誰が小学生やって?」
「……ひ、日差しよけだよね。わかってるよ」
ちょっと地雷を踏みかけたけど、何とか回避出来たらしい。こまるは上にダボダボのTシャツを着ているから、どんな水着なのかは分からない。
ラッシュガードのような役割なのだろう。
「
本当は買いに行った時に見てしまっているが、唯斗はとりあえず初めて見た演技をしておく。お兄ちゃんは何も知らなかったという設定があるからね。
「カノちゃん師匠とおそろだよ♪」
「に、似合ってますか……?」
唯斗は「2人ともいいのを選んだね」と頷きつつ、期待たっぷりの視線を送ってきている最後の一人へと顔を向けた。
「……じゃあ、みんな遊んできたら?」
「ちょっと待てい!」
唯斗がもう一度レジャーシートに寝転ぼうとすると、歩く騒音機1号がすかさず背中とシートの間に足を挟んでくる。
その上に横になったものだから、普段滅多に曲がらない方向に曲がった背骨がグキって言ったよ。
もちろん文句を言ってやろうとは思ったけど、振り返って見たら夕奈も足を押えながら涙目になってたから、お情けでやめておいてあげた。
「いてて……唯斗君、私に言うことは無いのか!」
「似合ってる似合ってる」
「全く心がこもってないよ! ていうか、もっと見ていいんだよ?」
「はぁ、疲れることはしなくていい約束だよね」
「私だけ反応がおかしくない?!」
そんなに感想が欲しいのだろうか。見た目だけで言うなら似合ってることくらい、鏡を見れば分かりそうなものだと言うのに。
唯斗は仕方なく諦めると、もう一度夕奈の水着を一通り見てから、心に浮かんだ言葉の中から口に出来そうなものを探し始めた。
「うーん……」
夕奈の水着は水色と白のストライプ柄。その上から日焼け防止のためかカーディガンを羽織っている。
肩幅が小さいからしっかり女の子らしく見えるし、こういうのが男心をくすぐるのだろう。多分。
「似合ってると思う、嫌いじゃない」
そんな当たり障りのない言葉でも嬉しかったのか、夕奈は「そんなに褒めないでよー♪」と高めの位置でひとつにまとめたポニーテールをぴょこぴょこと揺らした。
唯斗からすれば、夕奈は口さえ開かなければもっとモテるという噂も信じられるレベルではあるのだ。あくまで口を開かなければの話だが。
「じゃあ、そろそろ遊んできたら?」
「いや、まだやることがあるだろ」
瑞希はそう言うと、カバンの中からコンパクトサイズの日焼け止めを取り出す。
これを塗っておかなければ、夜には全身真っ赤になってしまうだろう。忘れるとかなり危険な代物だ。
「風花、背中を塗ってくれないか?」
「りょうかいだよ〜♪」
「天音ちゃん、師匠が塗ってあげます!」
「えへへ、ありがとう!」
そんな感じで二組のペアができ、自分は関係ないと寝転ぼうとしていた唯斗のところへは、夕奈が「届かないところ塗って!」とお願いしに来た。
「なんで僕? こまるが残って―――――――」
そう言いかけた彼は、彼女の姿が見当たらず言葉を止めた。さっきまでそこにいたはずなのだが……。
「マルちゃんはお花摘みに行ったよ! つまり、唯斗君しか残っていない!」
「瑞希、そっちが終わったら夕奈を……」
「塗れやおら」
夕奈は唯斗の頬に日焼け止めの容器をグリグリと押し付けてくる。鬱陶しい以外の何者でも無いね。
それでも無視しようとすると、今度は無理矢理手首を掴まれ、手のひらに日焼け止めを垂らされてしまった。
「勿体ないから、ほら塗って!」
そう言いながらカーディガンを脱ぎ始める彼女。強硬手段に出たわけだ。そっちがその気なら唯斗にも考えがある。
「早くしてよー!」
急かしてくる彼女に「……わかった」と答えた唯斗は、日焼け止めの乗せられた右手を見つめると、狙いと勢いをつけて――――――――。
ベチィィィィン!
思いっきり叩いた。夕奈は痛さのあまり飛び跳ね駆け回り、砂浜の上をゴロゴロと転がって、最後には死んだように動かなくなってしまった。
軽い仕返しのつもりだったけど、少し力を入れすぎちゃったみたいだね。
その後、何とかこの世に戻ってきた夕奈が、唯斗に対してものすごくキレたことは言うまでもない。
唯斗もさすがに申し訳ない気持ちになったのか、大人しく日焼け止めを塗ってあげることにしたそうな。
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