第22話 言葉は声に、僕らは進む
階段を駆け上がった僕達は古臭く錆びたドアノブを回す。ドアは鈍く低い音を立てながらゆっくりと開く。
外に出ると肌を刺すような冷たい風が吹いていた。周りをよく見ると金網などは特になく、風を遮るものなど一つもない。あったのは奥にポツンとある一人の人影。下からパトカーなどの赤い光がその人影を照らす。ライトアップされたその姿はまるで劇場の舞台のようだ。
僕達はゆっくりとその舞台へと近づく。僕達がちょうど真ん中あたりを過ぎたころ、その人影は僕達に気づき振り向いた。
「何しに来た!!」
その声は、ひどく枯れた女性の声だった。何度も叫んだあとのような、絞り出した声だった。
「お前らもあいつらと同じか! 人の不幸を楽しんで、写真を撮ってネットにさらす。ゴミどもと一緒か!」
「違う!」
「じゃあ何をしにここに来た!」
「……助けに来た」
僕はそういい彼女に近づく。しかし、一歩進んだだけで彼女の言葉に静止された。
「来るな! お前らに何が分かる! 私の何が分かるんっていうんだ!」
「分からないよ……だから、君と話に来た」
彼女は僕達の方を見たまま獣のような顔でにらみつけてくる。
「下にいる人たちが言ってたけど、友人の後追いっていうのは……ほんとか?」
彼女はそれをきいてより一層目を見開いた。
「そうだよ……そうだよ! それの何が悪い! 私にとって春香はたった一人だけの友達だったんだよ。それなのに……あいつらのせいで春香は死んだ。あいつらが春香を追い込んだ。あいつらさえ……あいつらさえいなかったら、春香は幸せだったんだ! それなのに……私が……春香と友達になったから……私のせいで……春香は幸せにならなかったんだ!」
彼女は泣き叫びながら、地面に向かい吐き出すように言った。
「私はこの世界に必要ない! いらないんだ! いらないいらないいらないいらない!」
「だから君は死のうとしてるのか?」
「そうだよ! 私がいても誰も幸せにならない! 春香がいない世界なんて楽しくない。誰も失ったことがないお前らなんかに私の気持ちが分かるか!」
「お前の気持ちは分からない。けど誰も失ったことがないわけではねーよ?」
光太郎がそういうと頭の後ろを搔きながら彼女に向かって歩きながら話す。
「俺も何年も前に彼女が自殺してんだよ。ちなみにさっきまで話してたやつも、彼女が病気で亡くなってる。俺もあいつも、苦しんでるのを分かってて助けられなかった」
「なら何でお前らは生きてんだよ!? 何のために生きてんだ!?」
「俺は現実から逃げねーよ。全部背負って前に進む。彼女が好きになった俺はそういう俺だから。……まぁそんなこと言って立ち直るのに三年近くかかったけどな。もう守れなかったなんて言いたくねーんだよ。だから、ここに来た」
彼女は肩で息をしながら光太郎の言葉を黙って聞いた。
「ほら、悠翔。お前は何のために生きて、これから生き続けるんだ?」
「俺は……俺は、やっぱり零菜の生きた証が残したい。死んでしまった人の生きた証が残せるのは今を生きている人間だけだから……俺は生きて……生きて……零菜の生きた証が残したいんだ。零菜は俺に、幸せになれって言った。僕にとって……俺にとって幸せが何なのかは分からない。けど、その幸せが何なのか知りたいから……僕は生きる。それが、零菜の望みだと思うから。君の友人の春香ちゃんは君に何を望んだ?」
「春香は…………」
彼女は何かを思い出したように顔を手で隠し、泣き崩れた。
「春香は……私と友達で良かったって言った! 死ぬ間際に、確かに言ったの! だから私は……そんな友達が救いたかったのに……助けたかったのに……」
その後彼女は、その場で泣き続けた。
しばらくして、彼女が泣き止むと落ち着いた様子で話し始めた。
「あなたたちは、生きてて辛くないの? 思い出したりしないの?」
「いや、普通に思い出す。夢に出てくるし、な?」
光太郎が淡々と話す。
「俺も今もまだ思い出すな……。トラウマになった物とか今でも気分良くないし」
「また……死にたくなったときはどうすればいいの?」
「笑う。遊ぶ。友達を頼る。だな」
「あと酒飲む」
「私未成年なんだけど」
光太郎が自信満々でいったが、彼女の年齢まで考えてなかったようで慌てて次の案を考え始めた。そんな様子を見て彼女はほんの少しだけ笑ったように見えた。
「寒いしそろそろ戻ろうぜ」
「そうだな」
光太郎が一人先にドアの方に向かって歩き出した。僕も彼女に手を差し伸べ、立たせようとした時だった。
「悠翔君たち気を付けて! 今警察の人が来たんだけど、この建物老朽化が進んでて倒れるかもしれないの!」
ちょうど足元からだった。骨が削れるような、すり減るような音がした。
「光太郎!」
僕は彼女の手を取り、光太郎にその体を投げ渡した。
「悠翔!?」
僕の体は、瓦礫とともに空に放り出された。
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