ひきこもり妖精と旅人アリ
水永なずみ
第1話 ひきこもりのエト
『エトはおそとにでません。ごようのかたはおひきとりください』
太くて大きな木の幹に、ちょこんと付いたドアにはそんな張り紙がされていました。
それを見たお日さまは首をかしげます。
「エト。もうすぐ春だよ。お祭りの準備をしなくていいのかい?」
問いかけても木の中から返事はありません。
お日さまはやれやれと首を振って空高くへのぼっていきました。
次にやってきたのは森の動物たちでした。
彼らも張り紙を見て首をかしげます。
クマさんはドンドンドン、とドアを叩いて言いました。
「妖精さん。みんなでお歌の練習をしよう?」
しかし、お家の中から返事は聞こえません。
森の動物たちは不思議そうな顔をしてまだ雪が残る広場のほうへ歩いていきました。
空がオレンジ色に染まったころ。今度は妖精たちがやってきてトントントン、とドアを叩きます。
「エトちゃん。みんなでゴハンたべよう?」
それでもやっぱり返事はありません。
何度呼びかけても反応がないので、妖精たちは仕方なく木から離れていきます。
エトはその様子をひざを抱えて眺めていました。最後まで残っていた妖精も帰ったので、静かにため息をひとつ。
「エトだって、ほんとうは──」
ひざに顔をうずめて、それ以上言うのはやめてしまいました。
ぽつんと座りこんでどれほど経ったのでしょう。辺りはすっかり真っ暗。エトもなんだかうつらうつら。と、そんな時でした。
トツトツトツ。
ドアを叩かれてエトは目が覚めました。
「嬢ちゃん。悪りぃんだがオイラを一晩泊めちゃくれねぇかい?」
外からのんきな声がたずねてきます。
エトはとてもビックリしました。だって、その声の主はお祭りの日までに帰ってこられないと聞いていたのですから。
「……アリさん?」
おそるおそるたずねると、アリさんは「あたりめぇさ。他に誰がいるってんでい」と言いました。続けて、
「それにしても、森ってなぁこんなに暗かったっけなぁ。お月さんも隠れちまってこれじゃあ帰れねぇ」
いやー参った参ったと笑います。
一方、エトは困りきってしまいました。今は一人になりたい気分なのです。アリさんをお家の中に入れたくはありません。でも、困っているなら助けてあげたい気持ちもあるのです。
どうしようかとしばらく悩んでいると、
「わかった、無理言っちゃいけねぇや。他あたることにすっかぁ」
とアリさんが唐突に言いました。
「え?」
エトは目をパチクリ。
「いやー残念だなぁ。せっかく甘ぇもん集めてきたのに嬢ちゃんにはあげられないなんて──」
アリさんの声がどんどん遠ざかっていきます。エトは慌てました。さっきまで悩んでいたことが何だったかすら、もはや頭にはありません。食べたいか食べたくないか。答えはすぐに出ました。
「まって!」
「オイラを家に入れてくれるかい?」
虫食い穴からひょこっとアリさんが顔を出します。エトはほっぺを膨らませて、
「……うん。しょーがないから、いれてあげます」
と精一杯の不満そうな顔で言うのでした。
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