第2話 ひめごと 2


 男性からわたしのスマホにメッセージが入ったのは、事故現場を目撃した二日後のことだった。


「トラックの運転手が出頭したそうです。自転車の修理代も出るそうなのでご安心を」


 わたしはほっとして「事故を目撃した時はびっくりしましたが、何事もなくてよかったですね」と返信した。


 よかった、これで胸のつかえが一つとれた――そう思っていると、すぐに追加のメッセージが届いた。何気なく文面をあらためたわたしは、思わず「えっ」と声を上げていた。


「こうして無事でいられるのも、あなたが見つけてくれたおかげです。失礼かとも思いましたが、食事をおごらせてもらえないでしょうか」


 わたしは少し考えて「ありがとうございます。でもあまり気を遣わないでください」と返した。だが、次のやりとりで、わたしは相手に次の週末は空いていることを伝えていた。


                 ※


「強引にお誘いしてしまってすみません、どうしても改めてお礼を言いたくて……」


 カフェの片隅で待っていたわたしの前に現れたのは、童顔の涼しい目をした男性だった。


「朝倉涼太っていいます。二十四歳です。仕事は家具デザイナー……と言っても、まだ見習いですけど」


 草むらに倒れていた時とはがらりと印象を変え、シックな色のブレザーに身を包んだ涼太はどこか古風なたたずまいを感じさせた。


「櫻井ひとみです。二十三歳です。バーで働きながら看護の勉強をしています。……あの時はびっくりしました。お怪我がなくて何よりです」


 何気に目線を落としたわたしは、涼太の袖から覗く腕時計に思わず惹きつけられた。


 鈍い輝きを放つ金色の鎖は涼太の繊細そうな手にしっくりとなじみ、わたしが今まで目にしたどの腕時計よりも品格があった。


「ずいぶんとクラシックな時計をなさってるんですね」


「ああ、これですか。これ、僕の祖父が愛用していたものなんです。魔法のアイテムです」


「魔法の……」


「ええ。この時計の針が動いている間は、魔法の恩恵にあずかれるんです」


 涼太は大真面目な口調で言うと「子供じみてますよね」とはにかんだ。


「素敵なお話ですね。……実はわたしも、魔法の靴を履いてるんです」


 わたしが思わずどうでもいいことを口にすると、涼太は「魔法の靴ですか、それは素敵ですね」と目を細めた。その瞬間、わたしは自分の中で止まっていた何かが動き出すのを感じた。


「仕事の帰りに、小さな靴屋さんで見つけたんです。お店のおじさんがわたしを見るなり、これを奥から出してきて……不思議なことに、サイズもこれしかないのにぴったりだったんです」


「きっと、あなたに巡りあうのを待っていたんでしょうね」


 涼太の言葉に、わたしは胸の鼓動が早まるのを覚えた。恥ずかしくて口にしたことはないが、ずっと密かに思っていたことをまさに言い当てられたからだ。


「わたしも……そう思います」


 小声でそう漏らした後「子供じみてますよね?」と付け加えると、涼太は頭を振って「やっと自分に似ている人に巡り合えました。トラックの運転手に感謝しなくちゃ」と言った。

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