第53話 総力戦

 階段を駆け下りた千秋は隔壁扉を開き、地下二階にある貯水槽へと突入する。内部は電灯によって薄暗い明かりが灯っていて、不気味な雰囲気の中心部にレジーナが居た。赤い球体を背に千秋達に気づいて相対する。


「千祟千秋・・・!」


 上階での戦闘が始まって間もないはずだが、こんなに早く千秋が降りてきたことにレジーナは焦っているようだ。


「レジーナ・・・アナタはここで討つ」


「宝条に足止めをさせたはずだが、もう突破してくるとはな」


「その宝条とやらがアナタの場所を教えてくれてね。私のことを待っているから早く行けと」


「チッ・・・アイツというヤツは・・・!」


 宝条が役目を放棄して千秋を押し付けてきたことに怒りを覚えずにはいられない。この戦いが終わったら絶対に始末してやろうと決意し、ともかく目の前の千秋との戦いに集中する。そもそも千秋に勝たなければ未来は無く、邪魔な千祟家を殲滅することが来たるべきレジーナの栄光への第一歩なのだ。


「まあいい。さあ、決着をつけよう。ここを貴様の墓場としてやる」


「ケリをつけるという意見には同意よ。ただ一つ相違があるとすれば、ここはアナタの墓標となるってことね」


 公共施設は個人の墓ではないが、この忘れられた貯水施設は全ての悪意を沈めるには丁度いい場所かもしれない。

 レジーナは千秋の強気な態度をフッと嘲笑い、ブラッディ・コアに触れた。


「私の真の力・・・見せつけてやる。千祟家の吸血姫すらをも超える力をな」


 ブラッディ・コアが発光し、漆黒のオーラを強烈な邪気と共に放出して拡散していく。それが何か危険なものだと誰でも分かるし、千秋は刀を構えて一気に距離を詰めようとしたが、


「なにっ!?」


 衝撃波が放たれ、千秋は弾き飛ばされた。高い身体能力を駆使して転倒せずにバク宙の要領で着地するが、後方に控えていた小春は派手に転んでいる。


「小春!」


「わ、私は大丈夫。それよりもレジーナが・・・!」


 小春の指さす先、巨影が揺らめいた。

 全長約六メートル程のその巨大な人型はくすんだ赤色で、鈍重に見えるが流線形のボディラインで流麗さを醸し出している。しかし肩や腰は大きく肥大化して威圧感もあり、生物と兵器が融合したような特異な質感はこの世のモノとは思えない。


「なんなのこのデカブツは!?」


「ふふふ・・・これぞ私の切り札の一つ、クイーンガーディアンだ。貴様如きちっぽけな存在など圧殺してくれよう」


 ブラッディ・コアが変化を遂げてクイーンガーディアンとなったようで、これが対千秋用としてレジーナが準備していたものらしい。


「クイーンガーディアンて・・・クソみたいなネーミングセンスね」


 クイーンガーディアンの胸部がバクンと開き、レジーナはその内部に格納される。そして自分の上半身だけを露出した状態で巨体と合体したのだ。


「吸血姫の女王たるわたしを守る存在なのだ。だからクイーンガーディアンで適当だろう?」


「女王って・・・夢見るのも大概にしなさいよ。そういう妄想が許されるのは中学生までよ」


「有象無象の人間ならそうだろうが、わたしは選ばれし吸血姫だ。女王を名乗る資格がある」


「言ってて恥ずかしくないのかしら・・・・・・」


 むしろ千秋のほうが恥ずかしく感じ、これ以上は聞くに堪えないと刀と共に吶喊していく。相手は巨大ではあるが、切り刻んでいけばその内倒せるだろうし、逢魔凶禍術もある。


「近づけさせんよ」


 クイーンガーディアンの腰はフレア状のスカートに囲われていて、そのスカートにはいくつもの穴が開いていた。そしてその穴から槍の形をした結晶体が射出される。以前愛佳を攻撃したのと同タイプだが、ホーミングミサイルのように千秋を捉えて追尾してきた。


「チッ! 速い」


 千秋は突撃してくる結晶体を刀で叩き落とす。しかし結晶体は小回りが効いて、あらゆる方向から襲い掛かってくる。


「その程度も防げないのでは話にならないな・・・・・・」


 攻撃の手を緩めないレジーナは、クイーンガーディアンの肩の装甲にも見える皮膚を展開し、そこからも結晶体を撃ち出す。接近戦になる前に勝負を決めたいというのも、レジーナが極力危険を冒したくないからだ。


「いつまで避けられるかな? フェイバーブラッドを取り込んで強化したブラッディ・コアの火力はまだまだこの程度ではないぞ」


 クイーンガーディアンの腕部の先端にも砲口が内蔵されていた。その砲口が発光すると、ビームそのものを照射する。高熱を帯びて空気をも振動させ、結晶体を巻き込むのも厭わず千秋を焼かんと迫りゆく。


「やるわね・・・見掛け倒しだと侮っていたわ」


 千秋は後ろに飛びのいてビームを回避するが、これ程までに大火力だとは正直思っていなかった。このまま一方的に撃たれ続けるのでは勝機は無く、千秋は意を決して短期決戦に持ち込もうと力を開放する。


「純血のプリンセスはダテじゃない・・・!」


「逢魔凶禍術か・・・!」


 千祟の操る凶禍術の上位版、逢魔凶禍術。悪魔のような翼を生やし、床から足が離れて滞空する。

 お互いに奥の手の力を操り、あとは相手を滅ぼさんがために激突するだけだ。

 

 滑空する千秋が、クイーンガーディアンに斬り込んで行く・・・・・・






 千秋達が下の階で死闘を繰り広げている頃、朱音達も宝条率いる部隊と渡り合っていた。数では宝条側が上回っているが、朱音達は気合で押し返して一進一退の攻防が続く。


「特に手強いのはあの二人か・・・・・・」


 宝条にとっての脅威は朱音と愛佳だ。この二人は千秋程ではないとはいえ戦闘力が高く、傀儡吸血姫も容易に撃破していた。一方で秋穂や二葉、美広は三人でまとまってようやくマトモに戦えるレベルなので、無視して傀儡吸血姫に対処させておけば問題はない。


「なら私が仕留めるしかないか」


 変妖術を発動し、宝条は人間サイズのコウモリへと変化した。獰猛な顔つきは狼にも似て、鋭い牙には殺気が宿る。 


「神木さん、アイツを仕留めないとな」


「そうね。変妖術使いなんて厄介な敵だけど、あたし達ならやれるわ」


 飛びかかって来た宝条をいなし、愛佳は刀を振りかざした。首元を狙った一撃であったが、宝条は腕でその刃を受け止める。


「腕そのものが武器になっているの!?」


 翼と一体化した腕の外縁部は鋭利な刃物となっていて、愛佳の刀と切り結ぶことが可能なようだ。

 攻撃を弾いた宝条は愛佳を蹴り飛ばし、迫る朱音のパンチを両腕をクロスさせて防御する。


「アタシのパワーでも突破できんとは・・・!」


 一撃必殺の右ストレートパンチを防がれた朱音は、すぐさま左アッパーを繰り出し宝条の頭部を狙った。

 だが腕を振るって翼をはためかせ、後方にスライドするようにして回避する。人型では真似できない動きはトリッキーで、朱音達は翻弄されていた。

 朱音は間合いを測ってにじり寄るが、宝条の目が赤く発光するのを見て足を止める。


「なんだ・・・?」


 次の瞬間、脳を直接揺さぶられるような感覚に襲われた。視界がブレて定まらず、激しい耳鳴りもして嘔吐しそうだ。


「超音波とでもいうのか・・・!」


 その憶測は当たっていて、宝条は超音波による人体内部への攻撃を行ってきたのだ。これでは平衡感覚を失い、立っていることすら難しくなる。

 超音波攻撃はフロア一帯に届き、宝条の仲間であるはずの傀儡吸血姫も動きを止めていた。宝条にとっては傀儡吸血姫など道具に過ぎず、フレンドリーファイアとすら思っていない。自分さえ有利な状況であるなら他者の事など知ったことではなく、そういう自己中心性が現れた技と言えるだろう。


「マズい・・・!」


 宝条の斬撃が愛佳を襲う。超音波は収まったが、体の調子が戻らない愛佳は必死に刀で防御するも、ついに弾かれて鋼鉄のような拳が腹部にめり込む。

 圧倒的なパワーによるダメージは甚大で、愛佳は殴り飛ばされて床に転がった。内蔵までもを打たれたような激痛に悶え、動けたものではない。


「愛佳っ!!」


 思わず朱音はそう叫んだ。これ以上の追撃を許さないために、朱音は愛佳の前に立って宝条と向かい合う。

 二人は再び激突するかと思われたが、


「ここはわたしに任せて!」


 凶禍術を発動した美広が割って入り宝条と鍔迫り合いを演じた。超音波による不調を凶禍術で無理矢理回復し、傀儡吸血姫の数体を切り裂いてから支援に駆け付けたのだ。


「相田さんは神木さんを!」


「すみません! 頼みます!」

 

 愛佳を抱えて朱音は後退する。この場はひとまず美広に託し、愛佳を匿ったうえで再び戻ると約束して。




 二葉と秋穂の援護を受けた朱音は、制御室と記された部屋に愛佳を連れ込んだ。ここは戦場の隣ではあるが、まだ少しは安全だろう。


「大丈夫か?」


「ええ、なんとかね・・・てかアンタ、どさくさに紛れてあたしの事名前で呼んだでしょう?」


「あっ、聞こえてた?」


「あんだけ大声で叫ぶんだもの聞こえるわよ」


 口から血を流す愛佳はぐったりとしながらも、そんな軽口を叩くのは弱ったところを見られたくなかったからだろう。

 しかしそんな余裕もなくなり、愛佳はとある決断を下す。

 

「あたしはもうダメだから・・・・・・あたしの血を吸って」


「血を?」


「そうすりゃアンタが回復できる。それで千祟美広を助けるのよ」


「いいんだな? 巫女なのに、アタシなんかに・・・・・・」


「アンタだから・・・朱音だから許す」


「フッ・・・じゃあ愛佳の血、貰い受けるぜ」


 朱音が愛佳の首元に噛みつき、吸血を始める。巫女である愛佳が吸血姫に血を受け渡すなど、さすがの朱音にも予想できなかったが、本当の仲間として認めてもらえたようで嬉しかった。


「不思議ね・・・吸血って、こんなにも気持ちいいモノなんだ・・・・・・」


「そりゃアタシ達の相性がいいってことさ。ちーちと赤時さんのようにな」


「ふっ・・・アンタなんかと相性がいいなんてね。まったく、世の中なにが起きるかわからないわね」


「でも悪くはないだろ?」


「・・・そうね。悪い気はしないわ」


 愛佳から血を補給できた朱音は回復し、全身に力が巡る。フェイバーブラッドのような凄まじい効果はないが、朱音の気力は限界突破していた。


「この戦いが終わったら、また愛佳の血をくれ」


「仕方ないわね。またあげるわよ」


「なら、もういっちょ頑張ってくるぜ」


「死ぬんじゃないわよ」


 愛佳の言葉にサムズアップして、朱音は扉を開いて戦場に舞い戻る。


「相田朱音様の本気はこれからだ!」


 秋穂を襲う傀儡吸血姫を殴り倒し、宝条と交戦する美広に並んだ。

 

 愛佳を傷つけた宝条は絶対に許せず、朱音は両手のグローブにオーラを纏って吶喊していった。



   -続く-








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