第51話 覚醒、ブラッディ・コア

 日常というものは突如として変容するものだ。現に小春はある日突然、傀儡吸血姫に攫われて千秋に出会い、吸血姫同士の戦いに関わることになった。


 そして再び運命は動き出す。それは終末の始まりか、あるいは・・・・・・






「よし・・・もうこれで調整は終了だな」


 レジーナは独り言を呟き、ブラッディ・コアから手を離す。

 結局日を跨いでしまったが、ついに切り札であるブラッディ・コアは完成した。あとは想定通りに稼働するかの実践テストを残すのみだ。


「宝条、時は来た。さっそくコイツを試してみよう」


「やっとか。うまく動けばいいけど」


「やれるさ。なにせフェイバーブラッドを使い、わたしが手をかけたのだから」


「そういう自信家なトコロ、嫌いじゃないぜ」


 過剰とも言える自信に満ち溢れるのがレジーナで、それくらいでなければ吸血姫の女王になるなどという野望を抱くことはないだろう。過激派吸血姫と呼ばれる者達は人間を支配しようと企んではいるが、レジーナはその一つ上のステージを目指しているのである。


「丁か半か、天がどう賽を振るか楽しみだ」


「いや違うな。賽を振るのは自分だ。天の神でも地獄の悪魔でもない。わたしが未来を自ら切り開く」


 この考えは千秋に似ている部分だ。良き運命を自分で手繰り寄せようとするポジティブさは立派であるが、しかし目指す先が違いすぎる。大切な人を守ろうとする千秋と、自己中心的な夢に邁進するレジーナは決して相いれる存在ではなく、彼女達が刃を交えるのは確定されたことだ。


「で、どうやる?」


「手筈通りにやるさ。大型トラックにブラッディ・コアを収容して運び、街中で起動させる。そうすれば効果範囲内の人間を一挙に傀儡吸血姫に変化させることが可能なはずだ」


「トラックは上に用意してあるから運ぼう」


 レジーナが手をかざすとブラッディ・コアがスッと浮遊する。物理的にどうやって浮いているのかは不明で、まさに怪異と神秘が合わさった現象だ。

 いよいよ行動を起こしたレジーナはもう何も恐れてはいない。全てを服従させ、新世界作りの幕が今上がる・・・・・・






 愛佳は自転車を転がし、街外れの森林地帯を目指していた。ランニングなどで人気のスポットは巫女の訓練の場としても最適で、陽が空の頂点から街を照らす昼間こそ鍛えるには丁度いい。

 ご機嫌にも鼻歌を奏でながら走っていたが、何か違和感を感じて自転車を止めた。


「なにかしら、このプレッシャーは・・・?」


 周囲を見渡すが特段変わった様子はなく、人々が行き交い平和そのものに見える。しかし、巫女特有の特別なカンが邪気を感知していた。


「レジーナ・・・いや、それとは違う強いものか」


 自転車から降りて胸元からお札を取り出した瞬間、異常な光景が愛佳の目に飛び込んできた。


「あれはっ!?」


 赤い球体が花火のように打ち上がり空高く滞空する。それが邪気の原因であると愛佳は直感し、正体を見極めようとするが、


「うっ! なんの力!?」


 球体が発光して尋常ではない威力の衝撃波が放たれた。建物は崩落して車も弾き飛ばされる。まるで大型爆弾が爆発したかのような状況で、平和だった街は一気に戦場のような阿鼻叫喚の地獄へと変わる。

 愛佳も吹き飛ばされ、地面に転がって一瞬気絶していた。だがすぐに意識を回復し、周りの様子を見て事態を呑み込めないままヨロッと立ち上がる。


「ったくなんなのよ・・・・・・」


 腕を痛めたが他の部位に問題は無く、近くに倒れている女性の安否確認をしようと近づいた。

 

「死んでいる・・・・・・」


 呼吸をしておらず、瞳孔の開いた目には生気を感じられない。残念だが息絶えてしまっているようだ。


「生存者は・・・?」


 他に生きている人がいないか救助作業を行おうとしたが、


「うぐぁあああ!」


「なんだ!? 死んでいるはずじゃあないの!?」


 先ほどの遺体が急に呻き声を上げて愛佳の足にしがみ付いてきた。その様子は尋常ではなく、足を掴む手から凶暴な邪気が感じられる。


「まさか傀儡吸血姫・・・!」


 愛佳の断定は当たっているらしい。振り払ってその人物を観察すると、吸血姫特有の赤い瞳に尖った犬歯が確認できた。傀儡吸血姫も同様の特徴を有しており、愛佳と相対するのは傀儡吸血姫で間違いない。

 しかも倒れていた他の女性達もゆらりと立ち上がって愛佳に敵意を向けてきた。


「ちっ、囲まれている・・・・・・」


 愛佳を囲うのは約二十人の傀儡吸血姫だ。これほどの数が近くにいて強い敵意を向けられれば気がつきそうなものだが、さっきまで全く気がつかなかった。この瞬間に発生したと思えるほど突然の出来事に思える。


「あの赤い球体が何かしたんだな」


 異常の中心地はあの赤い球体だ。ならば、この状況も赤い球体が起こしたと見て相違ないだろう。

 

「まずはコイツらをどうにかするか」


 お札を刀へと変化させて構える。太陽光の下なら数で圧倒されても勝てる見込みは充分にあり、巫女の力を見せつけてやろうとするが、


「逃げていく・・・?」


 傀儡吸血姫達はいきなり同一の方向に向けて去って行く。拍子抜けした愛佳であったが、ともかく吸血姫絡みの事件であると朱音にスマートフォンでメッセージを送り、返事が返ってくるのも確認せず傀儡吸血姫達の向かう先に何かがあるのだろうと追いかけていくのであった。




「うむ。上手くいっているようだ。ブラッディ・コアによって人間達を傀儡吸血化できている」


 路上に停車した一台の大型トラック。その後方にはコンテナが連結されていて、ここから射出されたブラッディ・コアが上空に浮かんで衝撃波を放ったのだが、それはただ周囲に攻撃を行うだけのものではない。範囲内の女性を傀儡吸血姫化させる効果付きで、戦力強化しながら敵に被害を与えるという凶悪な能力を有しているのだ。しかし吸血姫、巫女、フェイバーブラッド持ちにこの効果は適用されず、あくまで普通の人間を対象にしている。


「無限の軍勢を作り上げられるな、ブラッディ・コアさえあれば」


「しかし力を使うためにはフェイバーブラッドが必要だ。ブラッディ・コア内には充分な量のフェイバーブラッドが貯蔵されているが、千祟千秋との決戦まではこれ以上使うわけにはいかない」


「千秋を倒し、赤時小春をまた捕まえるんだな?」


「ああ。そうすればヤツからフェイバーブラッドの供給を受け続けられる」


 レジーナはブラッディ・コアを呼び戻し、新たに傀儡吸血姫となった者達にも召集をかける。


「よし、撤退だ。千秋との戦いに備えよう」


 宝条が頷いてトラックのアクセルを踏んで発進するが、何の気なしにドアミラーを見て舌打ちした。何故なら追ってくる愛佳の姿が映っていたからだ。


「レジーナ! 千秋の仲間の巫女が来ている!」


「神木愛佳・・・フッ、まあいい。追ってくるなら潰す!」


 ハイスピードで駆ける愛佳は道中に傀儡吸血姫を切り裂きつつ、ひっくり返って壊れた車を踏み台に跳躍、宝条の運転するトラックのコンテナに飛び乗った。


「巫女のあたしに見つかったのが運の尽きね。これ以上の悪さをさせるわけにはいかない! ここでアンタ達は排除する!」


「できるかな? わたしはレジーナだぞ」


「敵の親玉と知れば容赦はしないし、何より今は昼なのよ。吸血姫が太陽光の下で巫女に勝てるわけない!」


 刀を腰だめに構えた愛佳が突撃する。有利な戦いでいつも以上に強気に迫るが、


「フッ・・・ブラッディ・コアの力はこういう使い方もできる」


 ブラッディ・コアが輝き、レジーナの周囲に槍状の結晶体が複数形成される。その結晶体が一直線に飛んで愛佳に襲い掛かり、愛佳は刀で弾いて防戦に徹した。


「まだ終わりではない」


 更に展開された結晶体が、今度は多角的に愛佳を貫こうと攻撃をかける。


「チィ・・・! なんだってのこれは!」


 多方向からの同時攻撃はさすがに防ぎ切れるものではない。愛佳はついに姿勢を崩してコンテナから転落してしまう。


「けれどもっ・・・逃がすものかよ!」


 レジーナ目掛けて刀を投げ飛ばすが狙いがズレてしまい、コンテナの後部を突き破ってその内部に落ちるだけだった。

 愛佳の悪あがきが失敗したことにレジーナはほくそ笑み、ブラッディ・コアに指令を与えてトドメを刺そうとしている。


「巫女よ、ここで死ね」


 ブラッディ・コアの上部に光が収束し、今度はビームのような光の奔流が撃ち出されたのだ。その光は愛佳の目の前に着弾し、眩い爆光が煌めく。


「勝ったな」


 愛佳は爆発に巻き込まれて姿が見えなくなった。その死を確認したわけではないが、ブラッディ・コアの力に感激して高揚するレジーナは勝ち誇っている。慎重な性格のくせに、自分が優位に立った時に油断するのが彼女の欠点だ。


「これなら凶禍術を使った千祟千秋も討てる。真の強者はわたしだ」


 仮面の下でそう呟くレジーナは、理想の世界を夢想しながら拠点へと引き返していくのであった。



   -続く-













 

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