第49話 重なる二人の想い
街灯と月明かりが照らす真夜中の街は静かで、平穏そのものに見える。しかしヒトならざる吸血姫達が蠢き、今まさに激闘の幕が上がろうとしていた。
「ここがレジーナの隠れ家・・・・・・」
千秋の視線の先、まるで外界から隔絶されたような暗闇にその劇場は佇んでいる。建物内に電灯の光はなく、荒れた敷地を見る限り誰も出入りしていないように思えるが・・・・・・
「ここで合っているのね?」
「はい。世薙お姉様達は控室か演劇ホールにいるはずです。小春お姉様は二階の倉庫に監禁されています」
「なら二階から突入して小春を救出するわ。そしてレジーナを倒す」
レジーナの討伐は勿論重要な案件である。だが千秋達にとっての第一目標は小春の救出だ。居場所が分かっているのなら、まずは小春の元に駆け付けることが先決だろう。
「待ってて小春! 今行くから」
「宝条、千祟千秋達が来ている!」
「そりゃアンタの妹がチクったんだろ? だからさっさと殺しておけばよかったんだ」
「とはいえ赤時小春がああ言うもんだから・・・・・・」
世薙自身は実妹であるとはいえ二葉を抹殺しようとしたのだが、小春が二葉を殺すなら自らも命を絶つと脅してきたのだ。小春が死んでしまったら元も子もなく、なので二葉を痛めつけはしたが殺しまではしなかった。
「抜け出した事にもっと早く気がついていれば・・・・・・」
「まっ、今更後悔しても遅いじゃん? なら打てる手を打つしかないっしょね」
「だな、ここから撤退する方法を考えなければ」
「そのためにコイツを人質にするんだろ?」
倉庫から連れ出した小春を宝条が引っ張る。千秋が小春を大切にしているのは知っているし、それならば小春を盾にすれば攻撃される心配はないと考えたのだ。
「ん・・・? 来ているな・・・!」
気配を感じ取った世薙は宝条と共に攻撃に備える。既に傀儡吸血姫は退避させているので自分達だけで戦わなければならないが、負ける気はしなかった。
倉庫内には小春はおらず、焦る千秋は一階の演劇劇場ホールへと急ぐ。もしここにいなかったら他の手がかりはない。絶対にこのチャンスを逃がしてはいけないのだ。
「ママと秋穂は控室をお願い!」
「分かったわ!」
美広と秋穂を控室に向かわせ、千秋は朱音と二葉と共にホールの扉を勢いよく開いた。
「小春!!」
千秋は大切な人の名を叫び、その姿を見つけ出せたことに安堵しながらも、小春の置かれた状況を見て一気に怒りが沸騰する。何故ならレジーナが舞台上で小春をねじ伏せ、宝条がナイフを突きつけていたからだ。
「二葉、お前が優秀な妹であれば・・・・・・こうしてわたしの足を引っ張るのなら産まれてくるべきではなかったな」
レジーナの憎しみを受ける二葉は萎縮するが、千秋が一歩前に出て刀を手にした。
「それは貴様のほうだレジーナ! 貴様のように平気で他者を傷つけるヤツこそ、生きていてはいけない存在なんだ!」
「フッ、よくもわたしにそんな口をきけたものだな」
小春を締めつける手に力が加わって、後少しでそのまま絞め殺してしまいそうだ。
「貴様!!」
思わず駆け出した千秋。舞台上のレジーナはそれに恐れも抱かず、仮面を外して千秋を見下す。
「圧倒的優位! これこそ、わたしの求めたものだ!」
「そうやって他人を見下して生きることしかできないヤツに・・・!」
「その資格がある吸血姫がわたしだ。やがて全てを手中に収めてな・・・・・・」
「あほくさ・・・本当に」
「バカにするなよ・・・!」
レジーナは小春の腕に噛みつき、そして血を千秋の目の前で啜る。
「わたしにはフェイバーブラッドがあるしな?」
が、この挑発がいけなかった。
千秋の怒りは最高潮を通り越して、何かおぞましいモノを作り出せるくらいの真紅色のオーラを纏い始めたのだ。
「なんだ、このプレッシャーは・・・!」
「貴様は・・・貴様だけはああああああああああああああああ!!!!!!」
凶禍術・・・いや、それすらも超えた現象をレジーナは目の当たりにした。
真紅のオーラが収束すると、千秋の髪も真っ赤に染まり、そして背中に赤黒い翼を形成したのだ。
その容姿はまさに悪魔。吸血姫をも超えたような暗黒の力を体現して、場を支配する威容を醸し出している。
「こ、これは・・・!」
千秋から発せられる圧倒的なパワーにたじろいで小春を人質に取っていることを失念し、立ち上がって手を離してしまう。その隙に小春は逃げ出し舞台から飛び降りた。
「千秋ちゃん!」
小春に頷いた千秋は翼を広げ、一気に跳躍。滑空してレジーナと宝条を強襲する。
しかし千秋自身この力に慣れておらず、動きは多少ぎこちないものであった。だが利用できるものは利用するだけだ。
「くっ・・・貴様、その力は!」
もうレジーナと口を利くつもりもなく、刀を突きだしてレジーナの頭部を狙った。
「しかし、やらせはせん!」
ギリギリで回避したレジーナは宝条と退却を開始する。今のままで千秋に勝つのは困難で、まともに戦うのは不利だ。
「ったく、なんでこんな事に・・・・・・」
「言ってる場合か宝条! こうなればお前の変妖術で逃げるしかない」
「そうだな」
襲いくる朱音を蹴り飛ばした宝条は変妖術を行使した。体が変化を始め、人並みの大きさを誇るコウモリへと姿を変える。
「ヤツも変妖術使いか!」
朱音は殴りかかるが、飛び立って避けられてしまう。そして宝条はレジーナを掴み上げ、演劇ホールの外に出た。
「逃がすものか!」
飛べるのは千秋も同じだ。床を蹴って飛翔した千秋が宝条に追いすがり、刀を振るうが、
「うっ・・・!」
「これまでだな?」
翼は消失し、髪色も戻って落下を始めてしまう。慣れない力を使ってパワーダウンを起こしてしまったようだ。
千秋は飛び去るレジーナと宝条を見送ることしかできず、下で待っていた朱音と二葉が落下する千秋を受け止めた。
「ちーち、大丈夫か!?」
「ええ。なんとかね。小春は?」
「赤時さんなら、ホラ」
朱音がウインクして指さすと、そこには美広と秋穂に支えられて立つ小春がいた。
「小春!!」
思わず千秋は小春に抱き着き、無事を喜ぶ。だが小春の体が細くなったように感じ、どうやら血を多量に抜かれたことで衰弱気味のようだ。レジーナからの逃亡はまさに火事場の馬鹿力とでも言うべきもので、最後の力を振り絞ったために一人で立つことすらできない。
「ああ千秋ちゃん・・・来てくれてありがとうね」
「小春を救うのは当然でしょ。それよりもゴメンなさい・・・あなたを守ると言ったのに、こんな目に遭わせてしまって・・・・・・」
「謝ることなんてないよ。本当に良かった、また会えて・・・・・・」
千秋の腕の中で小春は気を失ってしまった。衰弱もあるが、監禁という極限状態から解放された安心感が原因だろう。
「小春!?」
「大丈夫よ、千秋ちゃん。ともかく早く連れ帰ってあげましょう」
「そうね・・・・・・」
車に運び入れ、千秋は意識の無い小春を抱き寄せる。僅かに伝わる鼓動を肌で感じ、逃がしてしまったレジーナのことは頭の隅に追いやって、今は小春だけを見つめるのであった。
翌日の夜、小春はようやく目を覚ました。丸一日眠っていたわけで、枕元のデジタル時計を見てタイムスリップしたような気持ちになる。
「小春・・・・・・」
隣には千秋が横になっていて、自分の布団の中に千秋がいるというシチュエーションに安堵すら感じていた。それほど囚われている間は心細く、千秋の温もりに触れられることの幸福を改めて実感する。
「大丈夫?」
「うん。まだ体はダルいけどね」
「そりゃあ一杯血を抜かれたようだもの・・・ご飯を食べてもう少し休まないと」
千秋は立ち上がって小春に何か食べられる物でも持ってこようとしたが、
「待って、行かないで」
「ん?」
「行かないで・・・・・・」
力なくもギュッと千秋の服を掴み、すがるような目で千秋に訴えかける。酷い恐怖を味わったことから一人になることに抵抗があるのかもしれない。
そう察した千秋は優しく小春の頭を撫で、安心させるように視線を合わせてあげる。
「もう大丈夫だから。私がいるから」
「うん・・・・・・ねえ千秋ちゃん、血を吸ってほしいんだけど・・・・・・」
「かなり消耗しているのよ? これで血を吸い取ったら死んでしまうわ」
「けど、お願い・・・・・・」
そう懇願する小春だが、その身を案じる千秋は躊躇う。
「私ね、レジーナに血を吸われちゃったの・・・すごくイヤだったし、痛かったし、死にたくなるくらいにショックだった・・・・・・だから千秋ちゃんに上書きしてほしいの。ツラい記憶も一緒に」
「・・・分かったわ」
そう言われれば断ることなんてできなかった。小春の悲しみに沈んだ心をも救ってあげなければ、真に救出したことにはならない。
「でね、レジーナは私を弄んで色んなトコロから血を吸ったの・・・だから同じように・・・・・・」
「任せて。小春の全てを私色に染め上げてあげるから」
そう言って千秋は小春の服を脱がせる。柔肌が暗い部屋の中で露わになり、儚いシルエットが千秋の視界を埋め尽くす。
「じゃあまずはいつも通り・・・・・・」
首元に千秋が噛みつく。けれども血はあまり吸い出さない。普通に吸血してしまったら小春の命がもたないので、染み出す血を啜る程度である。
「ああ、これが私の幸せ・・・もう他に何もいらないほどの・・・・・・」
「ふふ、気持ちよさそうね?」
「うん・・・やっぱり千秋ちゃんだけが私の特別だって分かるよ」
「私達はずっと一緒よ。これからもずっと」
「永遠にね?」
「永遠に」
言葉にせずとも、お互いが運命の相手だととっくに心で直感している。だから二人で死までの時を過ごす事は確定事項として揺るがないのだが、こうして言葉にして確認し合うのは無駄ではない。相手の意思と感情を読み取るのにこれほど適した行為はなく、人や吸血姫が感情の生き物として発展したのも言葉があったからだ。
「じゃあ次にいくわよ」
「うん、きて」
千秋は小春の胸元に顔を近づける。
静かな部屋に響くのは二人の吐息と血を啜る音。
ただひたすらに求め合う二人の少女は熱気に包まれ、何者の介入を許さない距離の中でお互いを感じ続けるのだった。
-続く-
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