第43話 不安定な戦場

 二葉からもたらされた情報通り、繁華街外角にある建設中のビルには過激派吸血姫が潜伏しているようだった。内部に潜入すると複数の敵意が向けられて千秋達は周囲を警戒して奇襲に備える。


「敵は上の方か・・・これは厄介ね」


 鉄骨が剥き出しの箇所がほとんどで床は一部にしかないのだ。つまり幅三十センチ程の平均台の上で戦うようなもので、不安定な状態ではいつものような実力は出せない。それは敵だって同じだが、どちらにせよ危険度が高い戦場だ。


「来たか!」


 上階へと昇ると傀儡吸血姫が飛びかかってきた。足場の悪さを気にする様子もないのは彼女達が命を惜しむような生命体ではなくなっているからだろう。


「チッ!」


 千秋は刀で防御して弾き飛ばすが、傀儡吸血姫は器用にも鉄骨を掴んで落下せずに睨みつけてくる。ここで訓練でも積んでいたのか慣れているようだ。


「そりゃ誘い出すなら不慣れなわけないか・・・・・・」


 敵の攻撃を防いだ際に足が滑ってヒヤッとし、苦戦するなコレはと下唇を噛む。


「千祟千秋、それではやられるわよ」


 そんな千秋をよそに愛佳は上手く立ち回れているようだ。細い鉄骨の上で華麗な刀捌きを見せ敵を一体両断する。


「やるわね、神木さん」


「当然。こういう事を見越してのトレーニングもしているのよ」


「どんな?」


「公園のシーソーの上で素振りをね。子供や親御さんから向けられるヘンな目線を受けることで羞恥心を克服するトレーニングにもなるのよ」


「えぇ・・・・・・」


 千秋からもヘンなモノを見る視線が飛ぶが愛佳は気にしていない。さすがトレーニング成果はしっかり出ているようだ。


「ああ、神木さんて意外と見られると興奮するタイプ・・・」


「アンタは黙ってなさい」


 茶化す朱音を一喝して、愛佳は襲い掛かってきたもう一体も撃破した。


「けど私も・・・! 小春にカッコイイところを見せるんだから・・・!」


 万が一にも落下してダサい姿を小春に見せたくなかった。いつだって小春にキュンとされたいし、巫女の愛佳にできるならと対抗心もあるのだ。


「ほーん、やるじゃん?」


「吸血姫本体か!」


 千秋が声がする方を見上げると、そこには冥姫がポケットに手を突っ込んで立っており、槍を担いでこちらを見下ろしていた。その隣には平子もいて両者は同時に鉄骨から飛び降りる。


「でもウチらには勝てないっしょ!」


 冥姫は見事な着地で千秋の近くへと降り立ち素早い槍の一撃を見舞う。このような足場ではリーチが長く直線的な攻撃を可能とする槍が優位だ。千秋は一方的な攻撃の前に防戦に徹するしかなく、なんとか凌いでいる状態となる。


「ちーち、今行くから」


 千秋のピンチを見た朱音が援護に駆け付けようとするが、


「させないよーん。冥姫さんはウチが守るもんね」


「なんだコイツ!」


 槍を振りかざす平子の妨害を受けて、そちらに意識を向けざるを得なくなってしまった。朱音の魔具であるグローブは敵の攻撃をいなすには向いておらず回避するしかない。


「クッ・・・リーチの差がこうも顕著に現れるなんてな・・・!」


 懐に潜り込めれば朱音の独断場だが、そこに至るのは至難の業だ。横薙ぎに振られた槍をバックステップで避けるも姿勢を崩して下の階へと落下してしまう。


「相田朱音!」


「次はお前か!」


 朱音を追い払った平子は愛佳にターゲティングし、愛佳の立つ鉄骨へと飛び移った。その身のこなしは愛佳と互角以上で実力は確かにあることが分かる。


「へー・・・アンタ、巫女なんだ?」


「だから?」


「巫女って嫌いなんよねぇ。吸血姫をバカにしてさ・・・・・・」


「アンタ達だって人間をバカにしてるじゃない」


「力の差が明白だもん。ウチらは人間のような下等生物とは違うんで」


「その下等生物である人間に殲滅されるのがアンタ達のような自意識過剰吸血姫共の運命よ!」


 刀を携え、鉄骨の上を身軽に駆けながら愛佳は平子へと斬りかかった。


「けっこう動けるんだ・・・?」


「甘く見ないでほしいわね。この程度で自分達が有利に戦えると思いあがっちゃって!」


「けど不利でもない!」


 槍の柄の部分で刃を受け止めるという無謀な防御を行い、力任せに振るって愛佳を弾く。


「柄で受けて折れない!?」


「そりゃ安物の魔具じゃないもんね! 鍔迫り合いだってお手の物!」


 不敵な笑みと共に平子は愛佳に追撃をかけようとする。

 しかし、


「後ろっ!?」


 いつの間にか朱音が平子の背後に迫ってパンチを繰り出していたのだ。


「けれども!」


 ギリギリで右ストレートを躱した平子は膝蹴りで反撃する。咄嗟の攻撃だったので威力は伴っていないが、蹴られた朱音はズサッと下がって舌打ちながら魔具を構えなおす。


「これで二体一・・・」


「傀儡吸血姫だっているからコッチには!」


「だよな」


 周囲の鉄骨に傀儡吸血姫が集まり、これでは囲まれたも同然だ。

 余裕の態度を崩さない平子は二人の吸血姫と巫女と対峙し、上階で戦う冥姫の勝利を願いながら槍を腰だめに構えた。






「二葉ちゃん、なんかマズい雰囲気だよ・・・・・・」


「は、はい・・・先輩方がピンチですね・・・・・・」

 

 小春達は一階にて資材の影に隠れて戦いを観察していたが、千秋達が窮地に陥っているのを見て居ても立ってもいられない。


「私達で支援できないかな?」


「傀儡吸血姫の気を引くくらいはできるかもです。とりあえず上の階を目指しましょうか?」


「だね。千秋ちゃんの助けになるなら・・・・・・」


 戦闘力の無い自分が行っても足手まといになる可能性はある。しかし小春とて吸血姫の戦場に何度も立ち会ったので度胸もついてきたし、二葉と一緒であれば傀儡吸血姫一体くらいは相手にできそうだ。

 二階フロアの一部分には床が設置されており、そこに陣取った二葉は置いてあった工具を手に取る。


「では・・・いきますよ」


 工具を目に付いた傀儡吸血姫に向けておもいっきり投げつけた。


「いたっ・・・なにすんじゃコイツ!」


 見事に工具は傀儡吸血姫にヒットし、その傀儡吸血姫は鉄骨の上から睨みつけてくる。


「平子様、あの小娘共はどうしますか? 殺しにいっていいですか?」


「うーん、ウチらが優位に戦うには鉄骨の上のほうがいいんだけど・・・でもあのコ達は雑魚そうだしアンタに任せるわ」


 上下関係はしっかりしているようで、先程工具をぶつけられた傀儡吸血姫は平子の許可を受けてから降り二葉達の前に立ち塞がった。一体とはいえ敵の戦力を引きつけることができたわけで後は無事に倒せれば御の字だ。


「ナメたマネしてくれやがったなテメェ!」


 怒りの叫びを上げながら魔具として加工された鉄パイプを振りかざして二葉に襲い掛かる。


「ひぃ!」


「死ねやコラァ!」


 圧に押された二葉はビビッてしまっているが小春はまだ冷静だった。近くに転がっていたバールのような物を拾い傀儡吸血姫にフルスイングしたのだ。


「ぐあっ・・・!」


「二葉ちゃん、今だよ!」


 小春の勇気に我に返った二葉は、よろけた傀儡吸血姫に突進して短剣を突き刺す。


「こんな小娘にっ・・・!」


 致命的な一撃になったらしく、傀儡吸血姫は赤い粒子となって霧散した。即席の連携であったが上手く作用して敵を倒すことができ、小春は安堵して一息つく。


「あ、赤時先輩すごいですね・・・人間でありながらも傀儡吸血姫と戦おうなんて」


「いやあ咄嗟のことで・・・自分でも体が動いたことにビックリだよ」


「それに比べてわたしはビビッてしまって・・・・・・」


「大丈夫、ここからだよ。頑張ろ」


 小春の励ましで元気づけられた二葉は次のターゲットを選ぶ。平子や冥姫を相手にできればいいがさすがに無理がある。なので千秋達の負担を減らすべく傀儡吸血姫を対処することに集中するしかない。






「小春、無茶をして・・・・・・」


 その小春の勇士は千秋も見ていた。頑張っている姿にトキメキつつも、傀儡吸血姫とて人間には強敵であることに違いは無く、いくら二葉と一緒とはいえ心配でしかなかった。


「どこ見てんの!」


 千秋の視線が自分から外れていることにナメられていると思った冥姫は苛立ち、殺意の籠った槍の一撃を放つ。


「私の小春を見ていたのよ」


「ハァ?」


 何を言ってるんだコイツはと連続で素早い突きを見舞うが、その攻撃に慣れてきた千秋は的確に対応して逆に距離を詰めて刀で斬りかかった。冥姫は優位性が失われていることに焦りを感じはじめるが、まだ勝てる見込みは充分にあると自分に言い聞かせる。


「噂通り、なかなかの実力じゃん?」


「当たり前でしょ。千祟千秋なのよ私は」


「傲慢なヤツ・・・キラいだよそういうヤツは」


「あら、アナタ達も大概な気がするけれどもね?」


「テメェほどじゃねぇ」


 千秋に対する苛立ちが頂点に達した冥姫は奥の手を使う事にした。躊躇っていては気を逃すと思い切りがいいらしい。


「ふっ、見せてやるよ。ウチだってただの吸血姫でないってところをね!」


「なにをどうするの?」


「こうするんだよ・・・!」


 少し引き下がった冥姫の目が妖しく発光し、彼女に力が漲るのを千秋は感じ取った。


「変妖術!」


 邪気が冥姫を包み込み、獣が千秋へ迫る。


  -続く-








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る