第41話 吸血の虜
夜風に緑髪を靡かせ、建設中のビルの上で腕を組みながら街を一望しているのは冥姫(めいき)だ。こうして人々を見下していると自分が支配者になったかのような錯覚に陥るが冥姫自身に支配欲はない。ただ好き放題暴れまわることができればそれで良く、敵や人間を破壊衝動のままに叩きのめせれば満足なのだ。
「冥姫さん、おひさーっす」
「先週会ったばっかっしょ! それよりも来てくれてサンキュー」
「ちょうど暇してたんで、こりゃ楽しい祭に参加できそうだなってウチもワクワクしてるんすよぉ」
「平子(ひらこ)の援護があれば百人力だね~。ウチだけじゃあ千祟千秋達に勝つのは難いからさあ」
平子と呼ばれた短髪の少女もまた吸血姫である。どうやら冥姫の要請を受けてこの街へとやってきたようだ。
「レジーナさんでしたっけ? 冥姫さんの命の恩人は戦わないんすか?」
「あの方の手を煩わせずに勝ちたいんだよ。レジーナさんは吸血姫の頂点に立つ方だし、救われた分以上に役に立ちたいんだよねぇ」
「恩義に報いる冥姫さんかっけぇっす! 尊敬するっす!」
「わっはっは!」
歳相応の笑顔を向け合う二人は無邪気にも見え、千秋達と同じように学生生活を送っていれば道を踏み外すこともなかったのかもしれない。けれど、たらればに意味は無く現実に彼女達は過激派吸血姫として活動しているわけで、今後千秋達の敵となる事は間違いない。
「けど千祟千秋ってどんなんですか? そんなに強そうなんすか?」
「強そうってか・・・ただの女子高生ってカンジだったけどなぁ。今日ね、偵察してきたんだけど、マヌケ面晒して仲間の女の子とイチャついていたよ」
「はえ~。まあマヌケ面のヤツにウチらが負けるわけないっすよ!」
「だねだね。しかもウチには変妖術もある。そして平子もいる。これで一捻りだわな!」
千秋の恐ろしさは噂で聞いているが冥姫は負ける気がしなかった。それは若さゆえの万能感と、変妖術を習得したことによる自信に満ち溢れているからだろう。本当ならレジーナがもっと警告してあげるべきだが、冥姫は駒に過ぎず破滅しようが知ったことではないのだ。
「でいつブッ潰すんです?」
「レジーナさんと相談して決めないと。あの方の都合を考えないといけないしね。それまでは人攫いしておこう」
傀儡吸血姫製作も冥姫の役目である。レジーナのためにも戦力を増強して備えておかなければならない。
冥姫は再び街へと視線を戻し、どこで人間を襲おうか舌なめずりするのであった。
自宅へと戻った小春は千秋と共に勉強を再開する。昼間のような賑やかなものではなく静かではあるが、それが心地よく二人での時間は癒しそのものだ。
「小春、ここ間違えているわよ」
「えっ? これで正解じゃあ・・・?」
「いえ、例文をよく見て。ここを」
「ん? あぁ・・・・・・ん?」
小春は先程解いた問題のどこが間違っているのかさっぱり分からず頭にハテナマークを浮かべて首を傾げていた。
「難しいっす先輩・・・・・・」
「大丈夫。しっかりちゃんと教えてあげるから」
千秋は自分のノートを小春のノートの隣に置く。小春がそれを見ると同じ問題を解いていたはずなのに答えが違っていた。
「うへぇ・・・このままじゃあ補習行きっすぅ・・・・・・」
「小春は平均点近くを取れる実力はあるのだから、落ち着いて問題を読んで答えればいけるわよ。後は細かい知識を蓄えていけば」
「そうかなぁ・・・・・・」
しょんぼりとしながら問題文を読み込み始める小春。その様子が愛おしく、千秋は寄り添いながら自分のノートにペンを走らせる。
「でもちゃんと勉強するのだから偉いわ。例えば私に頼んで教師に催眠術をかけて点数を操作するという手もあるのに」
「だってそんな風に千秋ちゃんを利用したくないもん。千秋ちゃんは大切な人なのに、道具のような扱いなんて私自身が許せないよ」
「あなたのそういうトコロが好きよ。でも私は・・・あなたのフェイバーブラッドに頼り切ってしまっているのに・・・・・・」
「それは私が望んだことだから気にしなくていいんだよ。しかもこれは能力を悪用しているわけじゃなくて良いことに使ってるんだしね」
吸血姫の特性を使って悪さをするのが過激派であり、千秋の言うような方法を取ってしまったら同類になってしまう。能力を悪用するのと正しいことのために提供するのでは全く違うのだ。
「ねえ千秋ちゃん・・・血、欲しくない?」
「あら、別に今は大丈夫よ?」
「そう・・・・・・」
「ふふふ、じゃあ貰っておこうかしら」
千秋は小春を押し倒し服のボタンを外していく。されるがままの小春の目には期待が表れていて、待ちきれないといったように吐息を荒くしている。
「まるで淫乱のようね。こんなに淫らな姿を外で晒したら無事ではいられないわよ」
「もうイジワルなんだから・・・・・・」
「可愛いコはついついイジメたくなるでしょう? でも悪意のあるイジメではなくて愛のある弄りよ」
少し汗ばんだ小春の首筋に顔を近づけ、尖った犬歯が柔らかな肌に触れる。
「いくわよ・・・・・・」
グッと歯が押し付けられ、たやすく皮膚を貫通し千秋は血を啜っていく。特に今は血を補給する必要は無かったのだが、この世で最も美味と断言できる小春の血ならいくらでも飲んでいられる気がした。
しかし、あえてすぐに歯を抜いて頭を離す。
「もう終わりなの・・・?」
小春の色っぽく濡れた目が残念そうに千秋を見つめる。この満たされない表情が見たいために中途半端に血を吸ったのだ。千秋には加虐趣味は無かったのだが、愛らしい小春を相手にするとどうしても弄びたくなる衝動を抑えることができない。
「お願い、もっと・・・・・・」
「もっとどうしてほしいのかしら?」
「血を吸って! 私が気を失うくらいに」
「あらあら、血を飲まれる快感に完全に目覚めてしまったのね」
「だってぇ・・・千秋ちゃんが私をこんな風にしたんだよ」
吸血は本来痛みや不快感を伴う。しかし相性の良い者同士ならば快楽すら感じ、小春はその虜になってしまったようだ。これを満たせるのは吸血行為だけであり、もう普通の体に戻ることはできないだろう。
「ならその責任を取らないといけないわね?」
「そうだよ・・・千秋ちゃんが悪いんだから」
「でも人にお願いするならちゃんと態度に表してもらわないと」
指で小春の頬を撫で、耳元で囁く。
「うぅ、分かったよぉ・・・・・・お願いします千秋ちゃん。私の血をたくさん吸ってください!」
「仕方ないわねぇ」
淫靡な目つきで千秋は再び小春に噛みついた。今度はさっきよりも力強く、がっつくように一気に血を吸い出す。
「あうぅ・・・これ好き・・・!」
小春は千秋をギュッと抱きしめながら血を抜かれる感覚に身を任せている。もう思考力など残ってなく、せっかく勉強会で学んだ事もすっぽ抜けてしまっているが、そんなのはどうでもよかった。
少しの間二人の行為は続き多くの血を抜かれた小春の意識は混濁しはじめた。まるで千秋と出会ったばかりの最初の吸血時と同じようだが、あの時とは違って不安などない。極楽そのものを体感して表情は蕩けきっていた。
「もうこれまでね。さすがにこれ以上は危険だわ」
「ちあきちゃん・・・・・・」
焦点の定まらない目線が彷徨い、千秋はそんな小春を抱えて寝室へと運んであげる。
「ほら、もう寝ましょうね」
横たえて布団をかぶせてあげるとすぐに眠りについた。恐らく明日は貧血気味で倦怠感もあるだろうがゆっくり休ませてあげればよい。
「おやすみ、小春」
血を大量に飲んだことで体力も気合も充分な千秋は目が冴えて眠れる気がせず、小春の隣に横になりながら寝顔を観察する。
こんな穏やかな時間が永遠に続いてほしいという願いを心の中で唱え、結局朝方まで起きたままなのであった。
「ふむ・・・そろそろ仕掛ける気なのだな冥姫は」
寂れた劇場の観客席に座るレジーナは独り言を口にする。この場所は意外と落ち着くことができて、元の隠れ家くらいお気に入りの場所になっていた。
「冥姫がどうしたって?」
「宝条か。冥姫は友軍を呼んだらしくてな。そろそろ千祟千秋に攻撃を仕掛けたいようだ」
「まだ早いんじゃないか?」
「ヤツが連れ去った人間を提供してくれたおかげで傀儡吸血姫を順調に製造できている。本音を言えばもっと戦力を稼ぎたいところではあるが、問題は千祟真広だ。アイツはまだ眠ったままのようだがいつ目を覚ますか分からないからな」
「なら今のうちに殺しちまえばいい」
「それでボロを出してピンチに陥ってしまったら元も子もない。どうやら秋穂が傍に付いているようだし、早坂とかいう警察に所属する吸血姫が時々見回っているらしい。変妖術を使える貴様がやってくれるならいいけどな?」
真広は長い間強力な催眠下に置かれていたためか精神に強いダメージを受けて未だ目を覚まさない。とはいえいつ目覚めるか分からず、真広が戦線復帰したらレジーナ達の障害になるのは間違いないだろう。なので真広を殺しておくのも手だが現状で千秋の怒りをこれ以上買うわけにはいかなかった。
「冗談じゃないよ。もし私が襲い掛かった時に真広が目覚めたらどうする? そんな捨て駒の役目のような任務なんか行きたくない」
「・・・でなくても貴様はやる気ないだろう?」
「さすが分かってるね。疲れること自体したくないんだから、戦闘なんて面倒だしイヤだね」
コイツは一回痛い目に遭うべきだなと思いつつ、レジーナはため息をついて席に深く腰掛ける。
これまでの計画がいずれも潰されてジリ貧に陥っていることを憂いているが、ともかく目の前の問題から片付けていくしかない。千秋さえ始末できれば勝機はまだあるわけで、冥姫に今は託すしかなかった。
「こんな街は出て他の場所で潜伏するのも手なんじゃない?」
「わたしが幅を利かせられるのもこの街だけで、知らない土地で他の吸血姫と小競り合いすることこそ面倒だ。それにな、何故わたしが逃げなければならないのだ? わたしは勝者となるべき吸血姫なのだ。この程度でおめおめと身を引くものか!」
「おっ、そうだな」
廃旅館から全力で逃げてきたクセに格好つけるのかと宝条は内心嘲笑う。宝条にとってはレジーナこそ駒に過ぎず別に仲間でもなんでもない。その身が朽ち果てるまでせいぜい利用するだけであり、口笛を吹きながら寝床としている控室へと戻っていくのだった。
-続く-
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