第26話 吸血姫と生きる道
廃墟での戦いに勝利してから数日後、小春と千秋は寄り添い合いながらオカルト心霊番組を観ていた。昨年までは何の気なしに観ていたのだが、吸血姫というある意味でホラーな存在と知り合ってからは他人事として観ることはできない。番組内で紹介される不可思議現象も捏造ではなく本当の事だと思える。
「不気味な女性の声か・・・神木さんが廃墟で聞いた助けを求める声も結局謎のままだったね」
変な呻き声が入り込んだというビデオ映像から愛佳の事を思い出した。あの時誰も愛佳に声をかけていないのだが、助けを求めるか細い声が聞こえたのだという。
「神木さんは巫女だし、そういう適正があるのではないかしら。私達では察知できない霊的なものを認識できるとか」
「あり得そう。除霊できる神主さんとかいるらしいし、やっぱり神道に通じている人だからこそ、この世ならざるモノに触れられるのかも」
しかし巫女ではあるが愛佳は吸血姫狩り専門であり除霊などはできない。例えば野球選手といっても投手や捕手など担当する役割や得意な事が違うように、巫女という職も一括りにはできないのだ。
「千秋ちゃんはお化けとかは平気?」
「別に怖くはないわね。なら何をしでかすか分からない過激派吸血姫の方が怖いわ。でも、この世で最も怖い存在をママが教えてくれたわよ」
「それはなに?」
「労働基準法を知らない社長よ」
「あ~・・・・・・」
日本企業の社長の多くは労働基準法の存在すら知らないのだろう。だからこそ、これ程までに劣悪な環境の職場が蔓延しているのだ。
ちなみに美広は労働の真っただ中で今日も帰宅できそうにないらしい。
「あっ! 吸血姫特集だって」
B級ホラー映画のようなチープな心霊映像が流れ終わると、次は”怪奇!闇に潜む吸血姫”という特集が始まった。複数名の芸能人が真夜中に山へと分け入り吸血姫が目撃されたという場所を調べ、カメラに向かって何やら話し始める。
「この場所で吸血姫と呼ばれる化け物が地元住民に目撃されたらしいです。なんでも人を襲い、覆いかぶさりながら血を吸っていたとか」
「えーっ! 怖いですね! 昔から日本では吸血姫に関わる伝承がありますが、本当に実在するのなら恐ろしいですよねぇ」
「噂では人を攫って血を吸い尽くし、あまつさえは死体をも何かに利用するとか・・・・・・」
「なんて非道な・・・この世に存在していはいけない化け物ですね」
「まったくです。見つけ次第、猟友会にでも連絡して殺してもらうのがいいでしょうね」
芸能人達のコメントを聞いていて小春は腹が立ってくる。それは隣にいる千秋、そして美広や朱音の悪口を言われている気がしたからだ。
「確かに過激派吸血姫はそういうヤバい奴らだけど・・・その過激派から人々を守っているのは千秋ちゃん達のような共存を望む吸血姫なのにさ・・・・・・」
「一般人は私達の戦いなんて知らないもの仕方ないわよ。彼女達からすれば吸血姫は怪異そのものだし忌避するのも当然だわ」
「でも・・・命懸けで戦っている千秋ちゃん達を知っている私には・・・ああいうのは許せないって思っちゃうんだ」
「ふふ、小春さえ味方でいてくれるなら、他には何もいらないわ」
千秋は小春へと身を預けるようにもたれかかり手を重ねる。吸血姫である当の千秋は番組内のコメントに対して特に怒りを感じておらず、頬を膨らませている小春とは違って平静だ。
「私が小春と会ったばかりの時に話した、戦う理由について憶えている?」
「もちろん。人は好きじゃないけど、人の生みだした文化や、この世界の有り方が好きだから過激派の野望を阻止したいんだよね?」
「そうよ。ハッキリ言って人類自体には興味ないの。たった一人を除いてはね」
「それは私?」
「他に誰がいるというの?」
共存派の吸血姫は基本的に人との関わりを大切にしている。だから千秋のように人類に対して友好的ではないのは珍しいのだが、たった一人だけ守りたい人間ができたのだ。
「今の私は小春とずっと一緒にいたいから頑張っているのよ」
「えへへ、嬉しいよ・・・・・・そういえば、一つ訊きたいことがあったんだけどさ」
「なにかしら?」
「吸血姫の寿命についてなんだけど。人間とは違うのかなって」
ヴァンパイアやドラキュラなどは長寿というイメージがあるが、人間に近い特性を持つ吸血姫も同じように寿命が長いのかが気になったのだ。
「私も千秋ちゃんとずっと一緒にいたいけど、とすると寿命問題に行きついてさ」
「吸血姫の平均寿命は百五十才くらいかしらね。健康なら日本人の平均の二倍近く生きることができるわ」
「そっか、二倍も・・・ならどうやっても私のほうが先に死ぬんだね」
だが小春は少しホッとしていた。何故なら寿命を全うするのならば自分が先に逝くことになり千秋を看取ることはないからだ。
「・・・・・・・」
「千秋ちゃん?」
「だとするなら私は小春を看取らないといけないの・・・? しかも、小春を喪ってから何十年も生きなければならないというの・・・?」
ちなみに、この二人の会話は添い遂げることを前提にして成り立っており、どちらも最期まで共にいるのは当然だと考えている。
「一緒に逝くわ」
「私的には千秋ちゃんには生きていてほしいけどな」
「酷いことを言うのね・・・悲しみを背負ったまま生きる辛さを私に味わわせたいの?」
千秋は小春の太ももの上へと移動して跨り正面から向き合う。
「でもほら、きっとその頃には楽しい思い出が沢山できて、その思い出があれば・・・」
「思い出があっても肝心の小春がいなかったらなんにもならないわ。私を置いて逝かないで・・・・・・」
まるで今死に別れるかのように千秋は切羽詰まっている。小春の頬を両手で挟み額と額をくっつけて吐息すら交わりそうだ。
「なら私の体を傀儡にするとか・・・」
「ダメよそんなの。肉体があっても小春の魂がないんじゃ意味ないもの。そもそも過激派連中と同じことはしたくない」
魂と肉体が揃ってこそ赤時小春なのだ。例え体を傀儡吸血姫として再生させても、それはもう小春ではない。
「人間同士でもいつかはお別れの時はくる・・・だから、その瞬間まで楽しく生きるしかないんだね」
「そうね・・・というわけで・・・・・・」
千秋は小春の服のボタンを外して胸元へと歯を立てる。柔らかな感触を味わいつつ、ゆっくりと慈しむように血を吸い出す。
「ち、千秋ちゃん・・・そんなとこから・・・・・・」
恥ずかしさはあれど拒む気持ちはない。むしろ母親のように千秋を抱きしめている。
番組内では相変わらず吸血姫の恐ろしさを解説しているが、その人達がこの光景を見たらどう思うのだろうか。小春はそんな疑問を抱きながらも心地良さに包まれて思考力を失い、ただ千秋に身を任せるのであった。
「おはよう小春。ねえねえ、昨日のオカルト心霊番組観た?」
翌日、小春の席へとやってきた美奈子に訊かれて頷きながらも、途中からは千秋とのイチャつきに夢中で内容はほぼ憶えていなかった。
「吸血姫の話なんだけど・・・・・・」
そういえば吸血姫のことも特集していたなとハッとし、ある意味で当事者の小春は冷や汗をかく。もしかしたら千秋達のことを勘づかれたかと思ったのだ。
「きゅ、吸血姫ねえ~・・・・・・」
「知ってる? この街でも吸血姫の噂があるんだよ」
「へ、へえ~。ど、どんな噂なのかなあ~」
上ずった声で目を白黒させている小春は不審者のようだ。
「それが、私達と同じ制服を着ている吸血姫の噂なんだけど」
「ぶふぅ!?」
思わず小春は噴き出してしまった。この学校には朱音や世薙という吸血姫もいるが、それは間違いなく千秋のことだろう。戦場にすら着用していくほど制服が好きらしく、他に思い当たる吸血姫はいない。
「ごほっ・・・・・・」
「大丈夫小春?」
「う、うん大丈夫・・・それで、その吸血姫なんだけど・・・・・・」
「ああ、でその吸血姫ってのは山の中で猪を襲っていたらしいんだよ。で噛みついて血を吸っていたって話」
恐らくは小春と出会う前、動物の血を主食として飲んでいた頃の千秋の話だ。共存派の吸血姫は基本的に動物の血を飲んでいて、山などで狩りをするという原始的なことをしている。
「私も会ってみたいなあ、吸血姫に」
「えっ?」
「だって、そんな不思議生命体と出会えたら楽しそうじゃん? しかもこの制服を着ていたってことは、もしかしたら近くにいるかもしれないわけでしょ? なんかワクワクするよね」
非日常なモノに憧れる気持ちは小春にも分かるし実際に体験している。とはいえ、まさか千秋や朱音が吸血姫だとは口が裂けても言えないことだ。
そんな会話をしている二人の元に、トイレから戻って来た千秋がやってくる。
「千祟さんは吸血姫を知ってる?」
美奈子の質問に千秋は動じることもなく薄い笑みを浮かべる。一体どんな返答をするのか小春はドキドキしながら千秋を見上げた。
「フ・・・知っているわよ。恐ろしい化け物でしょう?」
自嘲するような言い方に小春はそんなことないと反論しそうになるが、
「でも、小春は好きらしいわよ」
千秋が小春の肩に手を置きながらそう付け足す。
「そうだったの?」
「えっ、うん、まあね。吸血姫ってさ、私はステキな存在だと思うんだよ。勿論人を襲うような悪い吸血姫はイヤだけど、温厚で優しい吸血姫は好き」
「温厚で優しい吸血姫に会ったことでもあるの?」
まるで会ったことがあるような言い方だなと美奈子は思ったようだ。
「な、ないよ。でも・・・そういう吸血姫がいて、私達を見守ってくれているんじゃないかって」
「小春って意外とロマンチックな考え方をするんだね」
意外とは失礼なとツッコミを入れようとしたが、まあいいかと受け流した。小春の発想は吸血姫の世界に関わりを持っているからこそであり、美奈子に理解されなくても仕方ないことだ。
「ともかく私は好きなの」
「そんな小春をきっと吸血姫も好きよ」
二人の言葉はお互いを指している。しかし美奈子がそれに気がつくことはなく、小春と千秋はここが教室ということを忘れて見つめ合うのであった。
-続く-
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