第24話 廃墟の主
捕らえられた朱音を追って愛佳は館の三階へと階段を昇る。すると古びた扉がギギッと開く音が聞こえ、先程の傀儡吸血姫達が部屋へ入っていくのが見えた。
「あっこに敵の首領がいるのかしら」
武器を構え慎重な足取りで扉の前へと移動する。この部屋は他よりも大きいようで、両開きの二枚扉は傷ついているが金枠の装飾が施されて特別感があった。
「よし・・・行くわよ!」
扉を蹴破り、転がり込みながら部屋の中へと侵入する愛佳。部屋の内部には傀儡吸血姫達と奇怪な赤いマントを羽織った吸血姫が立っていて、驚いた様子で愛佳に視線を向けてきた。
「おやおや・・・今日はお客さんが多い日ですねぇ」
「アンタがコイツら傀儡吸血姫のご主人様なのね?」
「そうですよぉ。アナタ可愛らしい巫女さんですねぇ。是非私のコレクションに加えたいところですねぇ。うへへへへぇ」
「・・・まったく吸血姫ってのはこうもオカシイ奴らばかりなの?」
冷めた視線でマントの吸血姫と朱音を交互に見る。その朱音はロープでグルグル巻きにされた上に天井から吊るされてイモムシのようになっていた。
「おいっ! こんなヤツと一緒にしないでくれ」
「アンタが一番オカシイのよ自覚ある?」
「うそ・・・だろ・・・・・・」
愛佳はヤレヤレと首を振りながらも刀を構えなおした。今はともかく目の前の敵を排除しなければならない。
「さあ、やってしまいなさい」
「はい、ご主人様」
マントの吸血姫の指示で傀儡吸血姫達が魔具を装備し愛佳に襲い掛かってきた。それらの攻撃をいなして反撃していき、朱音救出の隙を窺う。このまま単独で交戦するよりも二人で戦うほうが勝率が上がるからだ。
「神木さん・・・そんなに必死になってアタシを助けようとしてくれるなんて・・・・・・」
「うっさい! 別に必死になんてなってないわよ!」
「素直じゃないんだからもう」
「ムカつくわ・・・!」
捕まっているクセに余裕そうにウインクしてくる朱音に舌打ちしながらも、愛佳は傀儡吸血姫一人を倒した。しかしまだ数体残っており劣勢であることには変わりはない。
「いいですねぇ。獲物が徐々に弱っていく姿を見るのが私の趣味なんですよぉ」
「そんな事言っていられるのも今のうち! ボコボコにしてやるわ」
「ふふふ、強気な娘を痛めつけるのも楽しいですよねぇ。アナタは一体どんな声で鳴いてくれるのか想像するだけでゾクゾクしちゃいますわぁ」
「キモイなコイツ」
不愉快そうに眉をしかめ、傀儡吸血姫をマントの吸血姫に向かって蹴り飛ばした。
「おっと過激ですねぇ」
「過激派のアンタに言われるとは・・・・・・」
心外だとばかりに睨みつけ、もういっそ倒してしまおうとマントの吸血姫に斬りかかる。だがマントの吸血姫はその斬撃をヒラリと軽く躱してみせた。
「うひょうひょ」
「ちょこまかと動くな!」
「甘いですねぇ。そんな一撃で私は殺せませんよぉ」
「マジで鬱陶しい!」
キレぎみに刀を一閃させるが、またしても回避されてしまう。
「ほらほらぁ、こっちですよぉ」
マントを手に持って闘牛士のように愛佳を挑発する吸血姫。マントの吸血姫は身のこなしが軽く攻撃を当てるのは容易ではなさそうだ。
「バカにしてっ!」
「私ばかりにかまって大丈夫かしらぁ?」
背後から傀儡吸血姫に殴りかけられて慌てて避けるが、今度はマントの吸血姫に蹴り飛ばされてしまった。
「くっそ・・・!」
「弱いですねぇ。この程度ですか巫女は」
「なかなかやるわね・・・・・・」
敵の連携力の高さに舌を巻く愛佳。このままではジリ貧に追い込まれてしまう。
「だったら!」
立ち上がってマントの吸血姫に向かって駆けだす。
「直情的な娘は好きですが、それでは勝てませんよぉ」
「そうかしらね?」
愛佳のターゲットは吸血姫ではなく朱音だった。ともかく人手を増やす以外に勝ち目は薄い。
マントの吸血姫を躱し、跳躍した愛佳は朱音を吊るしているロープを刀で切断した。
「しまった! せっかく捕まえたのに!」
どうせなら人質・・・いや吸血姫質にでもすればよかったのに、こうもあっさり奪還されるあたりマントの吸血姫もかなりのマヌケだ。というのもまさか巫女が吸血姫を助けるわけないという先入観に囚われていて、例え朱音を使って脅しても愛佳は素直に投降などしないだろうと踏んでいたのである。
それくらい巫女と吸血姫のタッグというものは珍しいのだ。
「いてっ! もうちょっと優しい救助を・・・・・・」
「助けてもらったクセに生意気ね。ありがたいと思いなさい」
「勿論感謝はしてるよ。あと、ロープをほどいてくれないかな?」
「仕方ないわねぇ・・・・・・」
朱音の体はまだキツくロープで巻き付けられていて、これをほどかないことには戦闘はできない。
「これ以上やらせませんよぉ!」
しかしマントの吸血姫達の妨害が入る。ロープをほどかれては逆転される可能性があるため、さすがに焦っているようだ。
「相田朱音! なんとかしなさいよ!」
「無茶を仰らないで」
「足は動かせるんだから蹴りとかで対処しなさい!」
朱音の魔具はグローブであり、腕を封じられているので満足な攻撃もできず逃げ回っている。
「太陽光さえあれば・・・!」
窓の前には大きな棚が置かれていて、それをどければ太陽光が差し込むだろう。いっそ刀で斬って破壊しようと近づくが、
「邪魔してくるなよもう!」
傀儡吸血姫に襲われて棚を壊す隙を作れずにいた。
「アタシに任せいっ!」
「相田朱音!?」
上半身をす巻きにされた姿で走るのは滑稽であるが朱音は至って真剣に走り、進路を塞いだ傀儡吸血姫に向かって渾身の頭突きを放つ。そして敵を巻き込んだまま棚へと突っ込んだ。
バキッと木材の割れる激しい音とともに棚が壊れ、勢いのまま朱音と半壊した棚が窓を破って落下していく。
「うわっ! また落ちるのかよ!?」
「二度目なら慣れたでしょ」
と言っているうちに朱音の姿は見えなくなった。
だがこれで愛佳にとって有利な状況が作られた。窓枠ごと吹っ飛んでいったことにより、まばゆい真夏の太陽光が部屋へと差し込んだのだ。
「形成逆転ね!」
「こうなったら逃げるが勝ち・・・」
「逃がすかよ!」
エネルギーを精製し最大まで回復した愛佳は、逃走しようとしたマントの吸血姫の近くに瞬時に移動する。
「終わりよ変態!」
マントの吸血姫は太陽光を浴びているせいで能力が低下していて、これでは愛佳の戦闘スピードには付いていけない。これはマントの吸血姫の戦闘力が他に比べて低いことも関係しているが、ともかく太陽光がある状況なら巫女に分がある。
「ぐあっ・・・こんな、まさか巫女にぃ・・・・・・」
胴体を裂かれたマントの吸血姫は血を吐き出しながら倒れて絶命した。残るは傀儡吸血姫達で、それらも愛佳によって瞬殺される。巫女の真髄を久しぶりに発揮できて愛佳も満足そうだ。
「おーい、大丈夫?」
周囲の安全を確認してから朱音の様子を確認する。
「だいじょばないっす・・・ロープをなんとかしてくんろ・・・・・・」
生きているようだが、地面に横倒しになってカブトムシの幼虫のようにクネクネと動いていた。それが面白くて愛佳はスマートフォンのカメラで撮影を始める。
「なんで撮るんすかっ!?」
「キモオモロイからだけど」
「早く助けてくれ~!」
しょうがないわねぇと、愛佳は飛び降りて朱音のロープを解いてあげることにした。
愛佳達が吸血姫を退治した一方で千秋はまだ弄ばれていて、体力を消耗してぐったりとし反応が鈍くなったので傀儡吸血姫達も飽きはじめていた。
「ご主人様遅いな。なにかあったのだろうか?」
「さっきまで上の階から物音がしていたけど静かになったし、まさか・・・・・・」
「やられたというのか?」
「そんなハズはない。きっと勝利して敵を捕らえて遊んでいるんだ。もう少し待ってみよう」
「だな。しかしコイツの活きが悪くなってきたな」
筆先で千秋の腹を撫で上げるが、俯く千秋は何も感じていないようだ。
「さすがにくすぐりにも慣れてきたのか。ならまた痛みを伴う拷問に変えるしかないな」
傀儡吸血姫は千秋の体に巻き付くワイヤーを引っ張って苦痛を与える。だが、これが失敗だった。
ワイヤー先端に取り付けられたアンカーを壁に刺して千秋を固定していたのだが、壁が脆くなっていたこともあり引っ張った影響でアンカーが抜けてしまったのだ。
「あっ、拘束が・・・・・・」
「この瞬間を待っていたのよ・・・!」
抵抗を止めていた千秋は体力を温存して脱出のチャンスを窺っていたのだ。アンカーが抜けて腕が自由になり、千秋はすぐさま魔具を装備して目の前の傀儡吸血姫を斬りつけ、更に足のワイヤーも切断した。
「よくも好き放題やってくれたわね・・・!」
「チッ! けれど私達の優位は変わらない!」
傀儡吸血姫はハンマーを投げつけてくるが、それを回避してクローゼット前へと移動する。
「小春、血をお願い!」
「う、うん!」
クローゼットから飛び出した小春は首筋を差し出し、千秋が噛みついてフェイバーブラッドを吸収する。
「なんだ、血を!?」
「本気でいくわよ・・・・・・」
回復した千秋は恐ろしい眼光で睨みつけながら傀儡吸血姫に襲い掛かった。その形相に恐れを抱いた傀儡吸血姫は再び閃光球を使おうとしたが、
「同じ技など!」
閃光球を取り出した傀儡吸血姫を撃破し、近くにいた一体も両断して粒子に帰す。
「これが千祟の力!?」
「もっと見せてあげるわ。純血のプリンセスの恐ろしさを!」
容赦のない千秋は凶禍術を行使し、髪が真紅に染まって瞳も薄く発光している。全開の殲滅モードへと移行した千秋は瞬間移動にも等しい動きで敵を翻弄、そして刀を舞うように振り回す。
「化け物か・・・っ!」
「そうよ化け物よ。そんな私を怒らせたアナタ達の愚かさを悔いることね」
最後の一体は悲鳴を上げる暇もなく消し去られた。
冷静になった千秋は自分が半裸で戦っていたことを認識し慌てて制服を着直す。ここにいるのが小春だけなら全裸でも別に構わないのだが、さすがに敵がいるような場所ではマズいと思える理性はある。
「千秋ちゃん!」
小春は千秋に勢いよく抱き着いて安堵の表情を浮かべていた。
「もう大丈夫よ。周りに敵はいないわ」
「うん・・・それより千秋ちゃんは大丈夫なの? あんなことされて・・・・・・」
「私は平気よ。そりゃ多少は屈辱的だったけど」
「ずっと心が痛かったし、胸が苦しかった・・・千秋ちゃんが酷い事されているのはもう見たくない・・・・・・」
「小春・・・ゴメンね。不安にさせてしまって」
千秋は少し震える小春の頭を優しく撫でつつ、ともかくお互いが無事で良かったと一安心するのであった。
-続く-
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