第16話 凶禍

 義堂寺における吸血姫達の戦いは終盤へと差し掛かり、消耗した千秋を回復させるべく愛佳が敵を引きつける。さすがに二体の吸血姫を同時に相手にするのは厳しいが、今は倒すことよりもひたすら耐える事を考えればいい。


「巫女か・・・しかしお前如きが我らを止められるとは思うなよ」


「そういうのはあたしを倒してから言ってくれる?」


「ふっ、言う度胸は認めよう」


 言葉では強がる愛佳だが正直に言うと真広から放たれるプレッシャーにくじけそうだった。これまで愛佳が戦った吸血姫を大きく上回る実力があると直感で分かる。

 真広は刀を構えて突進し愛佳と鍔迫り合う。


「言うほどではないな。貴様はパワー負けしている」


「チィ・・・」


 圧倒的とも言える力の差だった。愛佳は競り負けて弾かれるが、すぐに姿勢を戻して追撃をいなす。


「いつまで避けられるかな?」


 反転した真広の刀が一閃。体に直撃はしなかったが愛佳の服を裂いた。

 更には藻南が愛佳の背後に回り込み、完全に挟み撃ちにされてしまう。


「これまでか・・・!」


 真広の刀を防ぐも藻南の蹴りが脇腹にヒットした。そこに真広の裏拳が側頭部にダメージを与えて愛佳は倒れ込む。

 脳震盪を起こして愛佳の意識がぼやける。このままでは継戦するどころか死が間近だ。


「巫女の分際で調子に乗るからだ」


 真広の慈悲の無い一撃がスローモーションに見えた。本来ならかなりのスピードが出ているはずだが、脳が揺れているせいなのか死に際だからなのかは分からない。

 しかし死を覚悟した愛佳に最期の瞬間は訪れなかった。


「真広さんさあ・・・巫女は敵じゃあないだろ?」


「相田朱音か・・・・・・」


 真広の刀を殴って止めたのは朱音だ。それによって刃の軌道が変わり愛佳のすぐ近くの床に突き刺さる。

 そして愛佳を急いで担ぎ上げて跳躍。義堂寺の残った屋根部分へと飛び乗った。


「吸血姫を助け、吸血姫に救われるなんてね・・・ホント、信じられない事を体感しているわ」


「いいじゃんよ。人の世界は助け合いが基本だろ?」


「アンタは人じゃないじゃん」


「まあそう言うな。確かに人じゃないが、人間社会に溶け込もうとする努力はしているつもりさ」


「そうね。むしろヘタな人間より人らしいわ」


 助け合いの精神など現代の人間社会からは失われて久しい。だからこうして身を挺し本来なら敵である巫女を助けた朱音の方がよほど人らしいと言える。


「ちーちが戻るまでなんとか耐えればいいんだな?」


「そうだけど、アンタも体力は少ないでしょ?」


「傀儡吸血姫との戦いでもっていかれたからな。今のアタシは絞り尽くされた歯磨き粉みたいなもんだ」


「例え下手か」


 そんな冗談を交わしている中、真広と藻南も屋根上へと跳躍してきた。


「これで二対二だな・・・だが実力差が埋まったわけではない」


「かもね。でも負けるわけにはいかないのよ」


「巫女の使命感は大したものだな。だが相手を選ぶべきだったな。この千祟真広を敵に回すにはまだ早い」


 それは事実だが気合では負けていない。愛佳は体の痛みをこらえて朱音と共に相対する。


「これで御終いにしよう。あまり長引かせたくない」


「同感ね」


「では・・・いくぞ」


 真広と藻南がほぼ同時に襲い掛かり愛佳達が防戦を行う。崩落によって足場が狭くなっているが器用にも四人は上手く立ち回っていた。


「さっき踏みつけていった恨みは忘れてないぞ!」


「器の小さいヤツね! ちょっと踏み台にしたくらいでカッカしないの!」


「普通怒るだろうが!!」


「まあね」


 怒りの乗ったチェーンメイスが愛佳の刀をへし折り、これで無防備状態となってしまう。


「トドメだっ!」


 藻南は勝利を確信し、渾身の一撃を放とうとする。

 しかし、


「待たせたわね」


 ドカッと屋根を突き破り、千秋が下から飛び出してきた。そして驚く藻南を素早く斬りつけてチェーンメイスを握った右腕を切断する。


「なっ!? う、腕があっ!?」


「引っ込んでなさい」


「千祟家の裏切り者めが・・・うわっ!」


 右腕を失ってよろけた藻南は屋根から落下していく。まだ死んではいないだろうが、これで戦力を一つ潰すことができた。


「まったく遅いわよ」


「すまないわね。でもおかげで体力は回復できたわ」


 千秋は漲る力を携え真広と睨み合う。こんな親子の対面があってはならないが、もう互いに後戻りはできない。


「回復してきたのね。だがそれで勝てると思ったのかしら?」


「勝つわ。ここで貴様を倒し、千祟家の内紛に片を付ける」


 千祟真広さえ倒せばこの街の治安も少しは良くなることだろう。

 千秋はチラッと視線を横に向け、蔵の扉を開けて見守ってくれている小春の姿を一瞥する。小春もまた千秋が見ていることに気が付いたようでグッとサムズアップしてくれた。


「そして守るべき者のためにも」


「そう。けれど母を娘が超えることはできない。このワタシは・・・並みの吸血姫ではないわよ」


「忌々しいことにその血を私も引き継いでいる。純血のプリンセスの真価を見せてあげるわ」


 千秋は手を顔にかざし手甲に紋章を浮かび上がらせる。


「吸血姫による禍時(まがとき)は繰り返される・・・されど我、人の仇ならず。魔を破断する者なり・・・・・・」


 体内のエネルギー全てを力に転化し、千秋の髪色が黒から赤へと変わってゆく。瞳も発光して美しくも禍禍しい姿へと変貌を遂げた。


「あれは、何?」


「凶禍術(きょうかじゅつ)だよ。千祟家の者が使える肉体強化の術で、言うならば変妖術の上位互換らしい。封印してきたのに、ここでちーちは解放して真広さんを倒すつもりなんだ」


「そう・・・ガチってるわけね」


 凶禍術、それは吸血姫としてのポテンシャルを最大限まで引き出す術だ。変妖術のように肉体を変化させたり理性を捨てることなくパワーアップすることができ、これは千祟の家系の者にしか使えない。


「かつて災厄をもたらしたと言われる千祟の血・・・その真価を引き出せるのはワタシだけよ」


 真広もまた残った力を使って凶禍術を発動する。

 二人の千祟がリミッターを解除した本気の殺気を振り撒き同時に駆け出した。もはや駆け出すというより瞬間移動にも等しい驚異的なスピードで、瞳から放たれる赤い残光が両者の動きの軌跡を浮かび上がらせる。


「その体が保つかしらね? 千秋は凶禍術に慣れていないでしょう」


「心配無用。この体が崩壊する前に終わらせる」


 当然だがそれだけのパワーを発揮するということは肉体への負荷も大きくなる。なので長時間発動できるわけではなく短時間のみしか使用できない。つまり圧倒的な瞬間性能で他の吸血姫を捻り潰し、人間に対して抵抗するという意思を砕くことを目的としているのだ。


「強気なのはいいことよ。戦場では弱気になったら死ぬだけだもの」


 真広は余裕そうに千秋の攻撃を回避し、逆撃を叩きこむ。


「けれど身の程を弁えなさい」


「そんな必要が? 貴様こそ、己の罪を自覚することね」


 二人の動きに朱音も愛佳も目が追い付かない。いや、一応は視界に捉えることはできるのだが、消耗していなくたって戦いについていけそうにもなかった。


「あんなの反則よ・・・・・・」


「アタシ達は見ているしかできないな。無理に割って入っても、逆にちーちの邪魔になるだけだ」


 千秋と真広の刀がぶつかり合う。衝撃波が圧として朱音達にも襲い掛かり、刀身を削る激しい火花が撒き散らされる。


「力の差は歴然・・・なに!? ワタシが押されている・・・!?」


 真広は信じられないという表情で初めて焦りを露わにした。それはそうだろう。千秋に対して力量差で負けているのだ。


「バカなっ・・・!!」


「負けると分かって挑むわけないでしょう!」


 差を覆した要素はただ一つ、フェイバーブラッドだ。通常の血を凌駕するエネルギーを生み出すフェイバーブラッドと、そして千祟家という最高峰吸血姫の血を引き継ぐ千秋が組み合わされば最強クラスになる。更に凶禍術を行使すれば、親である真広といえども劣勢になるのは仕方のないことだ。


「さすがワタシの娘・・・!」


「貴様の娘ではない・・・私の親は千祟美広だ!」


 怒りのままに刀を振り抜き真広の刀をへし折った。そこにトドメの一撃を加えるべく踏み出すが、


「悪いけれど退かせてもらうわ。ワタシも体力がないのでね」


 凶禍術によって真広も消耗し劣勢に追い込まれたことで撤退を選ぶ。

 千秋の閃光のような太刀筋を見切り、屋根から飛び降りてへたり込んでいた藻南を回収する。


「残念だけどワタシ達の負けよ。帰りましょう」


「申し訳ありません・・・真広様・・・・・・」


 藻南を抱えて闇夜へ逃走していく真広を千秋は追おうとするもスッと体から力が抜けて膝をついた。


「ちーち、大丈夫か!?」


「まともな練習も無しに凶禍術を使ったせいで体が悲鳴を上げているみたい・・・こんなことなら術を封印するべきではなかったわね・・・・・・」


 姿も元の黒髪に戻り、瞳も光が収束して獰猛さはなくなっている。


「ちーち、動かない方がいいぞ」


「小春のもとへ行かないと。きっと一人で寂しがっているわ」


「本当に赤時さんのことばかり考えているな、ちーちは」


「ふふ・・・あのコがいたから私は戦えている。そう、私にはあのコが必要なの」


 周囲に敵がいなくなり小春も蔵から出て来て千秋達に手を振っている。そんな小春に対し、先ほどまでとは別人のような慈愛に満ちた表情を向ける千秋であった。


   -続く-

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