第9話 吸血姫と巫女の共闘

 愛佳と合流した小春達は、過激派吸血姫が潜伏しているという風俗街へと足を踏み入れる。普段なら絶対に来ない場所であり千秋達と一緒とはいえ居心地の良い場所ではない。


「本当にこんな場所に吸血姫がいんの?」


「可能性は高いわ。ここ最近、とある風俗店に行った客が行方不明となる事件が相次いでいるの。で、警察にいる共存派の吸血姫が調査したところ、裏路地で吸血姫と思われる者が行方不明者と歩いていたという目撃情報が得られたのよ」


「ならその警察吸血姫が逮捕でもすればいいじゃない」


「決定的な証拠がないのよ。店の関係者は催眠術で記憶をアヤフヤにされてるし、防犯カメラの映像も消されていた。しかも警察という存在はここでは邪険にされて調査しにくいらしいの」


 基本的に警察は証拠固めを重要視する。でなければ疑わしきは罰せずの原理で動くことができない。


「それこそ催眠術で強引に捜査すれば?」


「催眠術も万能ではないわ。一度に多数の相手にかけることはできないし、アレって結構体力を使うから多用はできないの。ここぞという時の切り札と言えるわね」


「ふーん。にしても学生までも駆り出されるなんて人手不足なんね」


「これまでの戦いで多くの吸血姫が命を落としたわ。だから仕方ないのよ」


 共存派と過激派の戦いは長年続けられてきた。失われた命は数知れず、千秋達のような年少の吸血姫が前線に立たなければならないのが現状なのだ。

 そんな話をしながら風俗街の中心部へと辿り着き情報にあった店を発見する。


「ここね。店の前に出勤者のリストが出ているわね・・・・・・」


 千秋が指さした看板には本日の指名可能メンバーが写真付きで書きだされており、警察に所属する吸血姫の早坂から送られてきた情報と照らし合わせる。


「この柳(やなぎ)というヤツが怪しいの。住所は不明で、店以外では所在も掴めないのよ」


 過激派吸血姫と疑われる相手は今日出勤しているらしい。このまま店に突入すれば会えるかもしれない。


「オイオイ嬢ちゃん達、ここがどんな場所か知ってんのかい?」


 黒服を着た屈強な男が店の扉を開けて迫って来た。店のガードマンなのだろうが、恐ろしい見た目も相まってカタギの人間には思えない。


「最近のガキはマセてんねぇ。その歳でここに興味を持つなんて見込みアリだな」


 卑下た笑みで千秋達を品定めするように見回し、千秋は不快そうに目を細める。

 

「ここはアタシに任せな」


 ピースサインしながら朱音が一歩前に出てガードマンの男に催眠術をかけた。すると足元がフラつき目が虚ろになる。


「この柳ってのは出勤してるんしょ? 中にいる?」


「いますよ・・・待機室にでもいるんじゃないですかね・・・・・・」


「あんがと。じゃ、行こうぜ」


 柳がいることは確定したし、ガードマンに外で待機するよう指示して千秋達は店の中に入っていく。


「で、店に入ってどうするの?」


「直接問い詰めるわ。ここは私達のような子供が長居できる場所じゃないし、さっさと終わらせる」


「ソイツが事件と無関係な相手だったらどうすんのよ?」


「その時はその時よ」


「もっと後先考えて動こうよ・・・・・・」


 愛佳に呆れられながらも千秋は止まらない。過激派を倒すという強い目的のためには行動あるのみだ。

 店内の人間に不審がられつつも、ガードマンの言っていた待機室を発見して無遠慮に扉を開いた。


「あっ、アイツじゃね?」


 朱音の指さす先にいるのは間違いなく柳だ。他の人間には目もくれず千秋達が近づくと、


「な、なによアンタ達」


 異変に気がついた柳は化粧道具を片手に立ち上がる。


「話を訊きたいの。少し時間を貰えるかしら?」


「これから客の相手をしないといけないの。付き合ってられないわ」


 と言いいながら裏口へと回って店を出ようとしていた。柳は吸血姫交じりの高校生集団の出現に動揺し、汗をかきながら自分に不利な出来事が起ころうとしていると本能的に察している。


「この辺りで行方不明者が何人も出ているのだけど、それはアナタの仕業ね」


「な、なんのことかしら?」


「とぼけないで。ネタは上がっているのよ」


 刑事みたいな事を言いながら柳を指さす千秋。だが完全にハッタリだ。


「千秋ちゃん、明確な証拠は無いって・・・・・・」


「こういうのは度胸一番、揺さぶりをかけてみるものよ」


「そうなの?」


「って昨日の刑事モノのアニメで言っていたわ」


 何故か自信満々にウインクするが小春はそれで相手がボロを出すとは思えなかった。


「クッ・・・よくぞ私の悪事を見抜いたな」


「こんなんで白状するんだ・・・・・・」


「バレては仕方ない。ここからおさらばよ!!」


 開き直るような態度の柳は店を裏路地方面に飛び出していき、千秋達はすかさず追いかけていく。


「あのビルの中に入っていったな」


 柳の勤めていた店の近くにテナント貸出中の看板が付けられたビルが建っていて、そこに逃げ込んでいった。その無人のビルがアジトなのだろう。


「中ではきっと戦闘になるわ。神木さん、覚悟はいいかしら?」


「バカにしてんの?あたしは吸血姫狩りの巫女なのよ。幾度と激戦を生き抜いてきたんだもの、この程度の敵にビビッてなんかいらんないわ。てかアンタ達こそ邪魔しないでよね。なんならあたし一人でも充分」


「そう。ならお手並み拝見といきましょう」


「ハッ! 見てなさい!」


 売られた喧嘩は買う主義なのか、愛佳は千秋達を置いて先にビルへと突入していった。


「私達も行きましょう。神木さんの戦いを見学しつつ、敵も倒すわ」


「もしかして神木さんの戦闘力を計るために連れてきたん?」


「ええそうよ。別に私には敵対する理由は無いけれど、もしもの時のことを考えると実力を知っておいて損はないわ」


「ちーち、恐ろしいコ・・・!」


 一方的に敵対心を剥き出しにしてくる愛佳がいつ襲ってくるか分からないのだから、対処できるように相手の戦闘スタイルや能力を見ておくことは自己防衛のために大切だろう。千秋とてまだ死にたくはないし、もし戦うのなら勝たなければならない。


「それに神木さんには言ったのだけれど、倒すべき吸血姫を見極めてほしいのよ」


 巫女の使命は分かるが人間に害を及ぼさない吸血姫を襲うのはやめてほしいのだ。種族は違えど同志になることはできるはずだし、一応は人間の味方である千秋にとっても愛佳との殺し合いなど望んではいない。


「小春、私の後ろから離れないで。もし何かあったら躊躇わず言うのよ」


「了解であります」


 小春の敬礼にフッと笑みをこぼしながらも、すぐに真剣な顔つきに戻り愛佳を追ってビルへと侵入を果たした。

 上階から激しい物音がして、どうやら既に戦闘は始まっているらしい。


「傀儡吸血姫もいるようだ」


「行方不明者でしょうね。柳によって傀儡とされてしまったのだわ」


 戦闘音のする三階まで昇った瞬間、傀儡吸血姫の攻撃が飛んできた。


「その程度の攻撃で、この私を倒せると思わないことね」


 千秋は飛びかかって来た傀儡吸血姫を両断し愛佳の姿を探す。

 お札を刀へと変化させた愛佳は柳と交戦中で、互いに一歩も退かずに渡り合っていた。


「まさか巫女までもが出てくるなんて・・・!」


「運が悪かったわねえ! 大人しく成敗されちゃいなさいよ!!」


「所詮人間のクセして調子のるなよおっ!」


 愛佳の刀と柳の剣が鍔迫り合い火花が鮮血のように周囲に飛ぶ。

 

「デカい口叩くだけあって、なかなかやるわね」


 傀儡吸血姫を倒しながら愛佳の戦闘も視界に捉える千秋。そんな器用なことができるのもフェイバーブラッドによってパワーアップしているからである。


「ちーちの強さは知っているけど、神木さんは脅威になりそうだな?」


「確かに実力はある・・・けれど私が負けるほどではないわね」


「ヒュー! カッコイイね!」


 千秋の言葉には小春にアピールする意図も含まれていて、戦闘中にも関わらず小春に視線を向けて反応を確かめている。そして物陰で小春がグッとサムズアップしてくれたのを見て千秋のやる気と元気が上限突破した。


「チィ・・・これでは勝てん・・・!」


 千秋によってこのフロアに潜伏させておいた傀儡吸血姫を全滅させられた柳は不利を認めつつも諦めてはいない。


「せっかく私の楽園を築こうとしたのに・・・やってくれたなガキどもがさあ!」


 今まで好き勝手やってきたのに、こうも邪魔されて柳の怒りのボルテージが上がっていく。


「悪さしといて逆ギレなんて・・・さすが吸血姫ってところか」


「お前達人間は吸血姫の養分でしかないのに・・・!」


「そんな考えのお前達だから、生かしてはおけないな!」


「クソっ・・・! こうなれば!!」


 柳は愛佳を弾き飛ばし更に上階へと逃げた。完全に追い込まれる前に何か手を打とうとしているようだが・・・・・・

 

「逃がすかよ!!」


 優位に立ったと自信をつけた愛佳はトドメを刺すため上階への階段を目指す。


「嫌な予感がするわ。追い込まれた獲物はとんでもない反撃をしてくるものだし」


「だな。ここはアタシが先行するから、ちーちは赤時さんから血を貰って万全にしといた方がいい」


「そうするわ」


 千秋は朱音の助言に従って小春の元へと戻り、いつも通りに首筋に噛みつく。そして新鮮なフェイバーブラッドを補給して体力を回復した。


「そういえば、巫女の神木さんはどうやってあんな力を? 吸血姫は血からエネルギーを生み出すけど」


「巫女は太陽光を取り込むことでエネルギーを体内で精製するの」


「太陽の光を? それじゃあ夜に回復はできないの?」


「そうね。昼に蓄えたエネルギーを使って戦っているのよ。つまり昼なら無限に戦えるけど、夜は逆に制限がある。基本、巫女は昼に吸血姫を狩るものなの」


 太陽がある限りは巫女の方が吸血姫を上回れる。しかし多くの吸血姫は弱体化する昼に行動はせず潜伏して夜中に活動するものだ。だからあえて不利な夜中でも巫女は出撃しなければならない時もある。

 

「夜に長期戦になれば巫女は勝てないわ。さあ、援護に向かうわよ」


 頷く小春を連れ、万全な状態になった千秋は駆け出していく。


    -続く-

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