第4話 ひっくり返す俺と裏側
ひっくり返す、ひっくり返す。
それはまるで自分で自分を傷つけるかのような行為だと思ったこともあったが、それとはちょっと違うのか、いや一緒なのか、よくわからない。
よくわからないといえば現実のことなんてほとんど全てがよくわからないことしかないのだがそれはまあ置いといて、今はとにかくひっくり返さなければいけないのだ。
裏側と表側が両方引っ込んでしまったので俺は少し焦っている。
これまでに表裏ともが引っ込んでしまったことがないわけではない。たまにある。俺がそうだな、「凪いでいる」ときとか?
そもそもあの二人の表出具合が俺の精神と関係しているのかどうか、それもわからない。たぶん関係しているんだろうが、それと表出の具合の法則というののこうだろうという説は見つからず、たぶんこうかなとかおそらくこうかなとか思ってると裏切られて突然裏切られたりひっくり返ったり消えたりされるんだから信用できない。
別にあの二人のことを信用してないってわけじゃないんだが、表出の具合のコントロールは当人たちにもできないらしく、この前表側が「ごめんねえ俺くん……」と言ってきたのを思い出して少し胸が痛くなった。
あいつが謝る必要なんかないのにな。
だけどそんなことを表側に言ったら絶対につけあがるので言わない。当然だな。
それで俺がどうしてひっくり返そうとしているかという話をしよう。
両者とも表出していない、というのがとりあえずの状況だ。
表側と裏側について、いないときはおそらく『裏側』にいるんだと思っている。裏側が『裏側』にいるのはともかくとして表側が『裏側』にいると性質が変わったりそれはもはや裏側なんじゃないかとかそういうことが気になってくるけどそれは今はいい。
とにかく、表側と裏側が見えないときは『裏側』にいる。ということは、表側と裏側に会いたくなったときは「ひっくり返せば」いいということになる。
今見ているものというのは『表側』だ。ということは、ひっくり返せば『裏側』になる。『裏側』になればあいつらに会える。簡単なことだ。
だから俺はひっくり返そうと頑張っているのだが、まあ当然うまくいかない。
普通の人間にそんなことができたらそいつは普通の人間じゃない。勇者か魔王か管理者か、そんなところに決まってる。
俺は普通の人間なので『裏側』を探しても見つからないし、ひっくり返そうとしてもひっくり返せない。
けど、俺の意志じゃなく普段は勝手にひっくり返ったり出てきたりしてるんだから待っていれば自然に出てくる、そういう考えもできる。
待てないんだよなあ。
別に一人に耐えられなくなったわけじゃない。が、会いたいときに会えないというのは少し困る。
いや別に会いたいわけでもないんだが。
じゃあ何がしたいんだ、俺は。
わからない。やっぱり現実のことはわからないことしかない。俺の心というものも現実であるから。
それなら過去のことはわかるのかと聞かれるとそれもわからない。過去は手に余るものであるから裏側に投げたりそういうことをしているわけで。
そんなことをしても表側が引っ張り出してくるけどな。あいつは迷惑なやつだよ。明るいしフレンドリーだし悪いやつじゃないんだが。だが俺の見ている表側が本当に表側自身なのかということはわからない。なんか闇ありそうだしなあいつも。
そんなことはどうでもいいんだよ。
今は二人がいないことが問題なのであって。
しかし俺はどうして二人を探しているのだろうか。
一人でも構わないじゃないか。何もなかったあの頃に戻るだけだというのに何に怯えているというのか。
何もなかったあの頃。
その先の過去。
俺は――
「俺くん!」
「……ん?」
「ん? じゃないよ俺くん」
「表側……お前こそ急にいなくなって何してたんだ」
「僕が急にいなくなるのはいつものことでしょ、制御できないんだよ……」
「そうだったな、ごめん」
「んー、あー、うん」
「表側?」
「いや。なんだろうなーこの状況と思って」
「この状況って?」
「そもそも論だよ」
「察せないから説明してくれ」
「そもそも僕と裏側くんが俺くんについてるのはなんでなのかなーって」
「本当にそもそも論だな」
「だから言ったじゃん」
「言ったけども」
「お前は知ってるんじゃないのか?」
「残念だけど僕も知らないんだよね」
「えー……」
「そう決まったってことしか」
「曖昧だな……」
まあ現実なんて曖昧なことばかりだし放っておくとどんどん負に転がるしろくなもんじゃないしそれは俺だって同じだし、
「俺くーん」
「な、なんだ」
「負の思考回すのやめて」
「お前こそ心読むのやめろよ」
「しょうがないじゃん、僕は君なんだから」
「お前さあ……」
「何」
「建前は大事にしろって裏側から言われてただろ」
「裏側くんの言う『建前』はさあ……裏側くんは裏側くんなんだからそれが発した概念っていうのもひょっとすると裏側かもしれないって考えない?」
「それって……」
「あんまり言うと何かに引っかかりそうだから言わないけどさあ」
「……」
「君もこの日常が永遠に続くと思わない方がいいよ」
「……」
「現実は厳しい。常に心の準備をしておかないと、君は」
ふつ、と言葉が途切れる。
俺は顔を上げる。
「表側……」
またいなくなってしまった。
あいつたまになんか親切だよな、なんて言ったら表側は僕はいつも親切だよとか言って怒るのだろうか。
そんなことはどうでもいいんだけど。
「ひっくり返らないな……」
「主」
「お?」
「我になった」
「裏側……交代したのか」
「ああ」
それじゃあ少なくとも誰もいないという状態は避けられたのか。
しかし。
俺はなぜ「誰もいない」を避けようとしているのだろうか。
「うーむむ」
「どうした、主」
「なんか……俺は世界の表側にいるのが怖いのだろうか」
「……」
「そんなこと表側に言ったら僕は怖くなんてないよとか言いそうだけど表側の話じゃない、世界の表側の話だ」
「……」
「まあ怖いかどうかなんて考えたってどうしようもないんだけどな、そんなこと」
「主」
「ん」
「己の『裏側』を見る気はあるか?」
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