怪物は再会する①

 生きているとは思わなかった。

 歳は十八ほどか。食いでのある年頃だ。少女という呼称は変えるべきかもしれないが、昨日の今日で成長して現れたような錯覚がまだ、この人間を少女と呼称させる。


「死」の可能性に満ちた少女が、目の前で、元気に飯を食っている。上品な所作で淡々と、大口を開ける訳でもないのに成人男性並の食事量をみるみるうちに腹へ収めていく。

 手付かずの肉料理をあちらに寄せた。少女がちらと俺を見る。

「マキさんは召し上がりませんか?」

「大丈夫だ。腹は減っていない」

 俺の生命維持は吸血行為という『食事』で行われる。摂食で賄うことも可能だが、膨大な呪力を維持し続けるには非効率的。そのため俺にとっての摂食行為は娯楽の類だ。

 美味そうに食べる人間の腹に入る方が、料理人とて冥利に尽きるだろう。

 長駆だが華奢な身体の、薄い腹のどこに食物が消えて行くのか見飽きない。目を離すと皿が空くのでじっと減り様を眺めていると、不意に少女の手が止まる。

「……私が粗相をしているなら口で仰ってくださいね。読心は出来かねます」

「粗相は無い。極めて洗練された無駄のない動きだ。続けてくれ」

「続けて、て……食事の作法にそれ言われても対応に困るんですが」

 微かに呆れが窺える。表情差分が増えていた。


 虐待を受けて極限まで摩耗していた情緒に快復がみられる。

 傷み削られたものを集め、熱を与えて打ち鍛え再構築された。素地はそのまま甦る印象がしなやかな一振の刀のようであり、奇しくもそれは現在の生き方に通じるのだろう。

 驚きはしたが腑に落ちる。理不尽な暴力に曝されていた少女は、それを退ける手段を獲得できたようだ。少女が立て掛けた直刀は威嚇目的の装飾ではない。

 なめらかに食器を操る長い指には、修練の痕が見て取れる。つい観察していた。

「まだ食べられそうか? 頼めばいい」

「はい? いえ、十分です。間に合っています」

「……そうか」

 パンひとつ、珈琲数杯で腹を満たしていた子どもが、こんなにも飯を食べている。

 人間の成長はあっという間だ。たった数年での変化とは信じ難い。不死の怪物は持ちえない目まぐるしさに、久しく忘れていた感慨を思い出す。


 速度を崩さず綺麗に平らげ、口元を清めて「ご馳走様でした」と手を合わせた。水で喉を潤す少女は気持ちのよい大食ぶりだが余裕も見える。

 見る限り生命力に溢れていながら、予見される死の多様さは変わらない。やはり奇妙な人間だった。少女の選択が、暴力稼業と思しき就業だった由縁もあるのだろうが。

――不自然をおぼえる点はある。

 これ程しぶとい精神性を持ちながら、依然として自死の可能性が濃厚に映る理由など。

「すこし、失礼します。お気になさらず」

 少女が鞄から薬包紙の包みを一つ取りだし、透明なグラスの水に中の粉末を溶かし揺らした。微かな混濁はあるものの無色透明と言っていい――が、

「何を、」

 少女は水をひとくち、口の中で転がしながら考え込んだ。

 吟味が長い。嚥下を見届け、俺はようやく確認する。

「……何を、している?」

「試飲を頼まれています。夏の新作だそうです、無色透明で爽やかですね」

「毒だろう」

「毒ですよ」

 おかしな事を、とでも言いたげだ。おかしいのは俺ではない。毒の風味鑑定テイスティングがまともであってたまるか。

 少女は至極真面目な顔で、口に残る雑味を分析している。

「混入に気付かれにくくしたいと伺っています。薄味の料理でなければ、まあまあ……慣れた人間は吐き出すかもしれませんが。マキさんはどう思われますか?」

「……俺なら食べない。匂いで気付く」怪物おれの薬毒耐性では効かない毒だが。

「鋭敏な嗅覚の前では無力、と」

 器を揺らして嗅ぎ、確認しながら眉根が寄った。

 一通り味わった毒水を飲み干して試飲は終わりだ。けろりと少女が俺を見る。

「マキさん? へんな顔なさるとは思ってましたが、お身体の調子が悪いですか」

 おかしいのは俺ではない。

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