不定形①

 鬼や呪具、その他さまざま化生の類に魔物の伝承。

 未だ多くが神秘とおそれられ、各地に退治屋の看板を引っ提げた暴力稼業が多数乱立する時代――北に居を構えるいち退治屋、広義に便利屋と呼ばれる人材仲介組織に好奇の噂が囁かれていた。

「良いお酒のさかなみたいですよ。サクさんや他の人ならともかく、よりにもよってあなたが子どもを保護したって」

 唇だけで笑う白衣の少年は、医局に所属する構成員だ。

 彼は幼少に家族を失い身寄りがない。孤児を保護して教養と仕事を与える奇矯ききょうな便利屋に拾われた。学問の素養と明晰な頭脳は人手不足の医務官として歓迎され、若手ながら確かな腕利きとして信頼を得ている。

 少年の軽口を白けた顔で受け流し、青い目の男は平然と言い放つ。

「そりゃどうも。……聞いて喜びなヒサメ。君はめでたく噂の新入りの担当医だ」

「お断りします。いまから出なきゃならないので、別なひと捕まえてくださいね」

「なに仕込まれてるか解らないから、薬物反応と性病含めてひと通り診て。至急じゃないし、医局に放り投げとくからいつでもいいよ」

「ならそのまま在局の医務官に話つけられますよね。じゃ」

「へえ、良いんだ? 君の為に持ってきてやったのに」

 悪どく唇を歪ませ、薄い笑みがヒサメを見下ろす。

「新しいクスリ調合したところで、人体実験できる素体がないんじゃ仕方ないとかぼやいてたろ」

 医務官――兼、薬師。知識の探求を好むヒサメが本職としたのは薬毒管理と調合探求の分野だ。麻酔や弛緩剤、手頃なところで鎮痛剤から拷問を助ける自白剤まで幅広い。

 ヒサメの愛想が真顔に戻るのを見届け、男は駄目押しに畳み掛ける。

「水仙の家で拾ったガキだ。大人しくて喋らないし逆らわない」

「……ああ。毒物劇物禁止薬物、の元締めでしたっけ」

「そ。君の専門だろ。注射痕こそ見当たらないけど、日常的に何かしら打たれてたって話だから期待していいよ」

 薬毒耐性を持った人間の協力は、確かにヒサメが求めていたものだ。

 ただし、と。付き合いが短いなりに、その男が口にしていない裏側も透けた。

「あなたのことですし、新入りさん本人の許可が取れていないのに言ってますよね?」

「被験者の不安を取り除いて納得させてやるところからが薬師の仕事だろ」

 悪びれず言い放たれてヒサメは口をつぐんだ。この大人には何を言っても仕方がないと、漏れた溜め息は諦念だった。

「……分かりました、引き受けますから後にしてください。それと新入りさんには、無用な外出と接触は避けてもらって」

「大丈夫だと思うけどね。寝落ちて以来ぴくりとも起きる気配ないし」

「そんな状態で丸投げするから嫌なんですよ。……隔離病室に空きがありましたから、当分そこですね」

 手頃な紙に在局の医務官宛の指示を書き付け、男に渡す。

 外出の荷を揃えながら、目の笑わない愛想を貼り付け言い置いた。

「問診には必ず答えておいてください。お願いしますね」

「それ、起きてから本人にする話じゃない? 僕は関係ないでしょ」

「拾ってきたなら、元いた環境と本人の待遇くらい察してますよね。いい加減にしてくれないと今後あなたの怪我診ませんよ」

「へー、医術に携わる立場で患者を見捨てていいんだ?」

「僕らも人なので、治して貰って当然みたいな態度で来られると腹も立ちます」

「おっせぇぞヒサメー……なになにどした、ん!」

 背後から同い歳の少年が現れ、ヒサメの首に抱きついた。

 跳ねる赤毛と、目に痛いほど映える桜桃色の瞳がひょこりと顔を出す。名前をアザミというこの少年も元孤児であり、ヒサメと同郷の幼馴染だ。

 男を目に留め発された丁寧語には、さほど敬意を感じない。

「げ、ヨウさん。どもっす」

「ヒサメの用事って、アザミの『迎え』の付添か。遠慮して損した」

 孤児を募る方法は三通り。拾う、来てもらう、迎えに来く――どんな状態かもわからない救難信号をすくい上げる役回りは、荒事の心得と最低限の医療技能が求められる。多くは二人組で向かうのが通例だ。

 荒事担当の戦闘好き、または中毒。歯を見せて笑うアザミは、ヒサメに剥がされながらも、端正な顔の怠そうな男――ヨウへと器用に依頼書を見せる。

「近くに討伐依頼も出てたしパーッと遊んできます。つーわけでヒサメ貰ってくんで!」

「娼館は一人で行ってね、アザミ」

「花街通いなんか覚えたのお前。ろくな大人になれないよ」

「だいじょーぶっすよ、ダテにろくでもない大人に囲まれてない……つかヨウさんは花街嫌いじゃね? しんぴょーせー無し!」

「君、ドブにナニ突っ込みたいと思うわけ?」

「うーわマジでサイテーじゃん。綺麗な顔で騙されてるコたちに聞かしてやりてー……」

 アザミの呟きを拾い、ヨウが表情を反転させる。

 整った顔に映える爽やかな微笑みは、表向きの営業用だ。善良で品行方正、白馬の王子の形容に相応しいまばゆさを惜しげなく振りまいてみせる。

 多くの女性が見惚れる笑顔の、口だけが動き

「ところで君さっき、誰の事ろくでもないって言ったかな」

「失礼しゃっす!」

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