5.空間風景幻象術をお見せ致します

「ハル君、私、毎日ここを通ります。と言うよりも、朝夕の二回、行きと帰りです」

「まあ、そうだろうね。こんな正門を入ってすぐの場所なんだから、ルリちゃんに限らず、ウチの学生だったら、みんながここを朝夕に通るよねぇ」

 ハル君は、それが当たり前だという顔つきです。

「そうですが、では、なんで、気付かなかったのでしょう? ツマトリソウの花だけがこんなにも摘み取られていたら、きっと気付くと思うのです。でもなんで、私は気付かなかったのでしょうか?」

「いや、僕は気付いていたよ……、だから、今ここで……、こうして……」

 ハル君は顎先に手をやり、少し俯き加減で、何かを考えているようです。

「そうですが、なぜ私は気付かなかったのでしょう?」

 私は『私は』の部分を強調して言いました。

 するとハル君は顔を上げ、少し困ったように呟きます。

「ううん、それねぇ……、まあ、それは、ルリちゃんのことだから、またボーっと歩いていたんだと思うけどねぇ……、ハハハ」


 ふむふむ、なるほど!

 いつもの癖ですね!

 はいはい、そういうことですか!

 うん、それならば逆に好都合ですよ。


「ハル君! 確かにそうです! いつもお花の香りを感じながら、授業のことやら、お夕飯のことやらを考えながら、ぼんやりと歩いていました!」

「そうかい……、まあ、それはそれで、あまり褒められたことじゃないけどね……、もう子供じゃないんだから、もう少しだけ、しっかりしてもらいたいもんだねぇ」

 ハル君は口元だけで笑っています。

「まあ、そうですが……」

 私は少ししょんぼりしてしまいましたが、しかし、今のこの場合に限っては、とても好都合なのです。勇気を持って、いや自信を持ってハル君に知らしめてやるのです。

「でも、ハル君! ボーっと歩いていたことが正義! そして、それがときには役立つことを、今この場でお見せ致しましょう!」

 私は大きな声で、そう宣言すると、ハル君の前から一歩だけ後ろに下がりました。

 そして、大仰おおぎょうに一度手を叩くと、その反動で両手を左右に広げます。そこで精神を集中しながら、今度はその両手をゆっくりとお腹の前へ移動させて、水をすくうような形を作ります。すると、どうでしょう! その手のひらの上に、ビー玉のようなものが現れました。

 幻導力です。私の送り込んだ幻導力で、青白い小さな球体を出現させました。

 私はそれを確認すると、今度はゆっくりと手のひらを広げながら、球体を大きくするイメージを送り込みます。すると、みるみると球体は膨れ上がり、あっと言う間に大ぶりのスイカ玉くらいの大きさになりました。


 ふふっ、とても良い感じですね。


 球体は尚も青白い光を放ちながら、表面を七色の虹が滑るように動き回っています。

 傍目はためからは、私が大きなシャボン玉を抱えている様に見えるでしょうね。

「ハル君、出ましたよ! 割と大きめなので、今回は見やすいと思いますよ!」

 私が得意げに、ニンマリとハル君の前にシャボン玉を差し出すと、ハル君はちょっと嫌そうな顔をして体を引いてしまいました。

 あれ? どうしたのでしょうか?

「そうだねぇ……、出ちゃったねぇ……、こんな人がいっぱい居るところでさぁ……」

 辺りを見渡すと、先ほどまで家路を急いで歩いていた学生たちが、今は立ち止まり、私たちの方を呆れ顔で眺めています。そして、なにやらブツブツと話している声も聞こえてきます。

 はい、そうです。大学生にもなって、大きなシャボン玉を作って、はしゃいでいるのは私です。ごめんなさい。でも本当は幻導力で作ったスフィアスクリーンなのですが、やはり傍目には、どう見てもシャボン玉ですよね? それもスイカ玉サイズの……。

「ううぅ、ハル君、なんだか……、とても……、恥ずかしい気持ちになってきたのですが、なぜでしょうか? そして、これはこれで、とっても違和感があるのです……」

「そうだねぇ、じゃあ、一回それは仕舞っておこうかぁ」

 ハル君が気の毒そうな顔つきで、シャボン玉を突っついています。

「はい、そうします」

 私は手を握りながら、まるで指揮者がタクトを振るうかのように、手首を外側へクルンと一回転させました。するとシャボン玉は弾けて、ポワンと消えてしまいました。


「ルリちゃん、まずは、あそこのハーバリウムへ行って話しを聞いてみようか? その後にシャボン玉でもいいと思うな……、うん、ハーバリウムの中なら、それほど目立たないと思うし」

「そうですね……、しかし、ハル君、なぜ先にそれを言ってくれなかったのでしょうか?」

 私は恨めしそうにハル君を睨みました。

「いやいや、僕が何かを言うより早く、得意げに出しちゃったよねぇ? 自信満々に!」

「まあ、そうかもしれませんが……、一瞬でパッと出したわけじゃないですよね? 五秒や十秒はかかっていたのですから、途中で止めてくれても良かったのですよ!」

 私はもう一度、ハル君をギロリと睨みました。

「そっ、そんな目をされてもねぇ……」


 しかし、私の空間風景幻象術をお見せできなかったのは悔しいですね。

 実は密かに技を磨いていたので、ハル君を驚かせてやるつもりでしが、残念でなりません。少しお預けですね。

「ハル君! じゃあ、ハーバリウムでお見せします! 『クネニのジャム事件』の時とは、比べ物にならないくらい凄いですからね! 腰を抜かしても知りませんよ!」

 私はハル君の脇を抜け、ハーバリウムへと続く道を歩き出しました。

「おっと、ルリちゃん! 逆! そっちからだと遠回り」

 ハル君が反対側を指さしています。

「正門の壁伝いに行った方が早いから」

「もぉ! そんなの! 知りません!」

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