3.今日のアレはなぜか緑色なのです
昨日、結局借りてしまった参考書『イソダムの所業』を返却して、図書館を出ると、正面の噴水の縁に寄り掛かり地べたに座るハル君の姿がありました。
西からの柔らかな日差しの中、サラサラな銀髪を風になびかせ、さわやかな笑顔をこちらに向けています。ただ座っているだけなのに、噴水広場にたむろする幾人かの学生の中でも、ひときわ目立ちます。
確かに……、客観的に見れば容姿端麗なのだと思いますが……、いかんせん、子供のころから知るハル君なので、どうもそういう気がしません。同じ村の出身だからか、髪色や顔つきもどことなく似ているので、傍から見たらきっと兄妹に見えるでしょう。私のセミロングの髪を半分くらいにすれば、もしかしたら見分けがつかないかもしれません。と言うのは言い過ぎでしょうが、何を隠そう私も、どちらかと言うと、兄のように感じているのです。と言うのを、最近仲良くなったレシアさんに話したところ、それは贅沢だわ! と一蹴されてしまいました。
贅沢? なのでしょうか? 良く分りませんね……。
って、あっ! また何やら緑色のアレが飛んできます。
これは、まずいですね……、既に目の前ですよ。
しからば、人間は諦めが肝心なのです! と目を見開くと、おでこに当たる寸前で青リンゴは、パッと消えてしまいました。
うーん、二日連続でハル君にやられました。少し悔しいですね……。
「だからぁ、ボーっと歩いてちゃダメだぞぉ」
ハル君が噴水から立ち上がりました。
「だから……、なんでリンゴを投げつけてくるのです? 危ないじゃないですか!」
私は文句を言いながら、お尻の砂を払っているハル君に迫りました。
「幻導物のリンゴなんだから、危ないってことはないだろう。ルリちゃんにだって当たってないしねぇ」
「そんなことありませんよ! 私が
私の抗議も春風のようにどこ吹く風で、ハル君は正門の方へ向って歩き始めていました。
「ちょっと、待ってくださいよ!」
私は小走りでハル君の後を追うしかありません。
「ねえ、ハル君ってば、どこに行くのです? 帰るなら一緒に帰りますか? と言うか、噴水広場で何してたんですか? あっ! もしかして、私を待ってました?」
「そうだねぇ、待ってたと言えば、待ってたかなぁ」
ハル君は振り向きもせず、歩きながら呟きました。
「えっ! そうなんですか。じゃあ、なにか用事でも?」
「うん、まあね、ほら、あそこ」
そう言うと、ハル君は講義棟の向こうに見えてきた植物園を指差しました。
大学の植物園は、今私たちが歩いているキャンパスのメインストリート側から混植花壇が続いており、小さな草花が、春を吸い取る勢いで花を咲かせています。基本的には白を基調とした可愛いお花が多いのですが、少し奥まった個所には黄色や藤色のお花もあるようです。こちら側から見ると、白から黄色へグラデーションしているようですね。
また、さらにその奥には、ハーバリウムが併設されており、その石作りの建物はびっしりと蔦で覆われていて、さながら植物屋敷のようです。
毎朝ここを通るたびに、お花の香りを楽しめるのは、とても気持ちの良いものです。なので、正門の脇に植物園があることは、とても理に適っているのではないでしょうか? 一日の始まりを、お花の香りを
「おーい、聞いてるか? またリンゴを出した方がいいかな?」
いつの間にか、私たちは花壇の前で足を止めていました。
ハル君は、私の目の前で手の平を広げ、リンゴを出そうとしているようです。
いやいや、目の前にリンゴを出されても……、ではなくて、ちゃんと聞こえているので大丈夫です!
「リンゴはいりません!」
私はぴしゃりと言ってやりました。
「おっ、じゃあ、オレンジ?」
いえいえ、そうじゃありません!
「すみません。聞いてはいませんでしたが……、リンゴもオレンジも、ついでにメロンも含めていりません!」
「はぁ、相変わらずのマイペースだなぁ……、じゃあ、もう一度言うぞぉ」
マイペースなのはハル君の方じゃないでしょうか?
うーん、でもここはぐっと堪えて……。
「はい、もう一度、お願いします」
ハル君はリンゴの手を納めると、花壇を指して話し始めました。
「そこの花壇の二列目なんだけどさ……」
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