捲土重来

第60話みんな大好きクイズ大会

水の槍ウォーターランス


 瘴気と共に放たれた真に力に力ある言葉は字句通りにムクドリに似た小鳥に命中した。


 ボトリと木から落ちたムクドリを子狼が拾いに走る。


 ここ数日の訓練で鳥猟犬の役割は果たせる程に成長していた。


「今度は外さなかったな」


「外す方が珍しいんだよ」


 揶揄うゴブリンリーダーに顰めっ面を見せると楽しそうにカラカラと笑う。


 もし二人とも人間ならば普通の友人同士に見えるのではないだろうか。


 ま、ゴブリンなんだけど。


 鳥を咥えて走り寄ってきた子狼は、僕の目の前でポトリと落とした。


「お疲れ様」


 そう言って撫でてやると、くすぐったそうに体を捩った。


 僕は鳥を拾って、倒木に座った。


 ナイフで頭を落としてから、何とか皮を剥ぐ。


 見様見真似で内臓を抉り出して、残った肉を少し摘む。


「このナイフ、悪くないな」


「コボルトの作ったものだよな」


 僕の独り言を聞いたゴブリンリーダーが僕のナイフをしげしげと眺めた。


 そう、歓談の末族長の好意でゴブリン側の道具の整備と新調をしてもらったのだ。


 ゴブリンの技術からどんな出来になるかと身構えだが、コボルトの作品はかなりまともな部類だった。


 そんなことを考えながら、鳥肉を口に運んだ。


 部下が仕留めた鹿の解体までの時間、ふと目についたムクドリを食べたくなってしまったのだ。


 動物的と言われれば反論できない。が、食べたくなってしまったんだから仕方ない。だってゴブリンなんだもの。


「クゥン」


 僕も、という感じで子狼が鳴いた。


 尻尾をふりながら涎を垂らす姿は誇りある狼らしくない。端的に言って犬っぽい。


「待てだ。後でやるから」


 が、上がるわけにはいかいのだ。群れのヒエラルキーを正常に保つためだ。我慢してくれ。


 無言の攻防を繰り広げている僕に、部下が声をかけた。


「族長、解体できました」


「ご苦労」


 部下に労いの言葉を掛けてから、回されてきた肉に躊躇なくかぶりつく。


 いやぁ、やっぱり生肉は生肉で悪くない。


 初めて食べた時は抵抗があったが、今はもう慣れた。慣れてしまえばそんなに悪くない。ゴブ生と似たようなものである。


 少し遅めの朝食を取った僕は散歩する気分でもないので、部下と共にコボルトの住処へと戻る。


『やあ、お勤めご苦労』


 僕がコボルト語でそう言うと門番は僕を三度見した。


 コボルトの三度見とはなんともシュールで、はっきり言って滑稽である。


 口の中で笑いつつ、すっかりコボルトの血生臭くも牧歌的——矛盾してる気がするが——に慣れた自分に驚いていた。


 まあ、コボルト語は先程のフレーズと簡単な挨拶くらいしか出来ないが。


 そもそも僕語学は苦手だし。


 ゴブリン語は文字通り死ぬ気で覚えだが、流石にコボルト語は後回しだ。


 部屋に向かう僕は、反対側から早足で近づいてくる人影、コボ影を見つけた。見つけてしまった。


「ラダカーン」


「友ヨ、火急ノ用ダ。スグニ来テクレ」


「何事だ?」


 余裕のないラダカーンの口調の裏に、微かな興奮の色を見て僕は静かにため息をついた。


 どうせ、ロクな用ではあるまい。


「ゴブリンノ捕虜ヲ得タ。尋問シタイノダガ私ノゴブリン語デハ不安ダ。貴公ニ頼ミタイ 」


やっぱりロクな用ではなかった。尋問かよ。やったことないよ。


 でも、やるしかないんだよなぁ。


 感情を噛み殺し、ラダカーンに頷いて見せた。


「わかった。お前たちは先に休んでいろ。お前は……来てくれ」


 子狼を部下に預けて、僕はゴブリンリーダーだけを連れてラダカーンに続く。


 今更だけど尋問とかするんだ。まあ、近代人でも拷問くらいするだ。野蛮人がしない方がおかしいか。


 現代人だった僕はやり方知らないけど。


 そんなことを考えられるくらい。移動時間は長かった。


 どうやら僕の住居とは反対側に拘束しているらしく、見慣れない場所ばかりだった。


 雰囲気が違うのだ。儀式の場に似た怨嗟と流血の香り。僕個人はあまり好みではないが、ゴブリンの好きな匂いだ。


 暗く深い部分に近づいていると本能的に感じた。うっすらと漂う吐き気を催す糞尿の臭いが僕を憂鬱にする。


「なぁ、ラダカーンさんよ。どこまで行くんだ?」


「モウスグダ」


 ゴブリンリーダーの問いかけにラダカーンが無愛想に答えた。あまり仲は良くないらしい。


 仲良くなる図が見てないし、当然と言えば当然だろうけど。


 道は段々と細くなり悪臭は強まる。


 一つ角を曲がると、完全武装のコボルトの兵士が3匹立っていた。


 ラダカーンが何事か話すと兵士の一匹が先導して歩き始めた。


 どうやらここが地下牢なようだ。それ意味あるのってくらい錆び付いた鉄格子と、直ぐに切れそうな足枷の備えられた牢屋が続いている。


 半分ほど埋まった牢の住人は種族もバラバラだ。ゴブリンに、コボルトに、人間に、見間違いでなければエルフのような影も。ついでに死体も。


 たった一つの共通点はガリガリに痩せていることだ。まだ皮の残った死体も皮は骨にくっついている。どうやらコボルトは囚人を養うという思考が希薄ならしい。


 ここは洞窟特有の鬱屈さと相まってさながらRPGの地下牢ダンジョン。正直進んで行きたい場所じゃない。


 コボルトが項垂れたゴブリンの入った牢の前で止まる。どうやらここのようだ。


 兵士が扉を開くと、


「裏切り者がぁぁぁ!」


 うなだれていたゴブリンが飛び起きて襲いかかってきた。


 コボルトの兵士が慌てて押し留めている間に、僕はゴブリンの足首を杖で思い切り叩く。


 ゴズッと鈍い音を立ててゴブリンの足首の骨を折った。


「ギギャャャ!」


 悲鳴を上げて、ゴブリンが倒れる。


 ……なんだかコボルト兵士から冷たく睨まれている気がするけど、今はいいや。


 僕は屈んでゴブリンと視線を合わせる。


「やあ、こんにちは」


 痛みに涙していたゴブリンが僕を睨みつけた。


 やめろよ僕が悪人見たいだろ。僕は悪人じゃない。なぜなら人じゃないから。


「裏切り者がぁ」


 痛みに声を震わせながらも僕を罵倒するゴブリン。がよくて大変結構。


 チラリと確認するようにラダカーンを見れば奴は小さく頷いた。


 拷問は僕の仕事のようだ。


「よし、クイズをしよう。クイズだ。クイズ。知ってるか?」


「黙れ!」


 そう言ってぺっと僕の顔に唾を吐きかけるゴブリン。いくら温厚な僕でもちょっとイラッとしたぞ。


 だが、今はクイズの主催者に徹さねば。


「そうか、知らないか。ルールは簡単だ。私が今から出す問題に君が答えられたらご褒美に余生をあげよう。答えられなかったら……そんな残酷なことを私に言わせないでくれ」


 ルール説明を終えた僕をゴブリンは無言で睨む。


「さて、第一問お前は何をしてた?」


 ゴブリンは答えない。


「ルール追加だ。無回答も不正解とする。さ、どうぞ」


「誰がお前に教えるか」


 はぁ、と僕はため息をついたから大袈裟に肩を竦め、呆れたと言外に主張する。


 まあ、ここで素直に答えられたら逆に当惑するが。


「不正解」


 そう言って僕は素早くナイフを抜いてゴブリンの小指に突き刺した。


「あぁぁぁぁ」


 悲鳴を上げるゴブリンに僕は微笑んで見せた。


「残念、不正解だ。さあ、もう一度挑戦してくれ」


「誰が……!」


「それも不正解」


 僕はゴブリンの薬指にナイフを刺す。捕虜虐待も甚だしいが、ゴブリンに国際法は適応されないのでセーフだ。


「族長!」


 ゴブリンリーダーが僕の肩を掴む。その顔には恐怖と怒りが浮かんでいた。


「なんだいきなり」


「なんだじゃないだろ。何やってるんだよ⁈」


 ゴブリンリーダーはそうなじるが、僕としてもやりたくてやっているわけではないんだ。


「あっちで話そう」


 僕がくいっと顎をしゃくって歩き出す。ラダカーンは黙って頷いた。


 捕虜に聞こえない程度に距離を取って立ち止まると、ゴブリンリーダーはいきなり話し出す。


「あんな、嬲るような手を使うなんて……あいつは同じゴブリンだぞ」


「かもしれないが、奴は敵だ」


 同じ人間なんだぞ、みたいなノリで言われても困る。


 大体、ゴブリンリーダーは殺すことには頓着しないのに拷問は気になるのだろうか。その感覚もわからないではないが、それこそゴブリンらしくない。


「けどよ……」


「お前が言ったんだろ。誰かが生き残れと。これは我々が生きるためだ」


 もし、この戦いに負けたら僕や部下たちはただではすまされない。殺されるだけではないだろう。


 嬲られるくらいなら、嬲った方がマシだ。


「……わかった。悪かった」


「気にするな。お前は間違ってない」


 それが正常なはずなのだ。人として、意思を持つ生き物として、ゴブリンとして正しい選択は常にとは限らない。


「戻るぞ」


「ああ」


 牢に戻った僕を見るゴブリンの瞳には明確な恐怖があった。



「さて、待たせたね。再開しよう。お前は何もをしていた?」


「ウルズ様の命令で偵察を」


 ゴブリンがようやく口を開いた。

 

 一度話せば、もう止められない。


「正解だ。おめでとう。君の寿命はちょっと伸びだぞ。さて、第二問だ。君たちは何人いる?」


「それは……」


「無回答は不正解になる」


 僕の冷たい声に、ゴブリンが一瞬肩を震わせる。もう心に刻み込まれたのだろう。消すことのできない病が。

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