第5章 1 新たな朝

 翌朝―


朝食後、アカデミーへ行く準備をしているとノックの音に続き、専属メイドのリリーの声が聞こえた。


「アイリス様、ランバート様がお見えですが、いかがされますか?」


「今行くわ。準備が終わったから。」


カバンを持ってドアを開けると、目の前には背の高いレイフが立っていた。


「おはよう、レイフ。」


笑顔で挨拶するとレイフも言った。


「ああ。おはよう、アイリス。それじゃアカデミーに行こうか?」


「ええ。それじゃ行ってくるわね。リリー。」


背後に立っているメイドのリリーに声を掛けると、リリーは頭を下げて言った。


「行ってらっしゃいませ。」


2人で回廊を歩いているとレイフが声を掛けてきた。


「アイリス、具合はどうだ?」


「ええ、一晩寝たらもう大丈夫よ。」


「そうか・・・。それにしてもすまなかった。」


レイフはいきなり頭を下げてきた。


「え?何が?」


「お前が・・オスカー王子に攫われたのに・・・助けに行けなくて。」


え・・?攫われた・・?


「ねえ、ちょっと待って。」


私はレイフの袖をつかむと立ち止まった。


「どうした?アイリス。」


「何か誤解があるようだけど・・・私は別にオスカー様に攫われたわけじゃないわ。気分が悪くなって気を失って・・・それで・・。」


「それでオスカー王子に攫われたんだろう?」


「・・・。」


私は何と答えたらよいのか分からなかった。確かに攫われた事になるのかもしれないけれど、実際に私を王宮に連れ帰ったオスカーは『エルトリアの呪い』に侵されたもう1人のオスカーなのだから。でも・・・それを私の口から勝手に話すわけにはいかない。


「アイリス・・どうしたんだ?何だか顔色が悪いようだ。やっぱり今日はアカデミーをやすんだほうがいい。」


そしてレイフは私のカバンを持つと、肩を抱き寄せて踵を返そうとした。


「待って!私はどうしても今日はアカデミーへ行きたいの!」


「アイリス・・・何故だ?」


レイフはじっと私の目を見つめて問いかける。


「そ、それは・・・。」


オスカーを快く思っていないレイフの前では言えなかった。オスカーの事が気になるからアカデミーへ行きたいなど・・・。


「オスカー王子のためか?」


急に耳元でレイフが囁くように言ってきた。


「!」


驚いてレイフを見ると、彼は驚くほど至近距離まで私に顔を寄せている。そして私をじっと見つめるその眼は全てを見透かされるようで・・思わず視線をそらせてしまった。

するとその様子でレイフは何かを感じ取ったのか、ため息をつくと言った。


「分かった・・・。それじゃ気分が悪くなったら俺に言うんだぞ?」


「ええ・・・分かったわ。レイフ。」


そして私たちはエントランスへと向かった。




 エントランスが見えてくると、遠目から10人ほどの兵士たちが正面口の方向を向いて立っているのが目に留まった。


「ん?何だ?珍しいな・・・。兵士たちが扉前に集まっているぞ?」


それを見たレイフが不思議そうに言う。


「ええ・・。どうしたのかしら?いつもならこんなことはないのに・・・。」


何か騒ぎが起きているようだ。ざわめき声が聞こえてくる。


「行ってみよう。」


「ええ。」


レイフに促され、うなずいた。


近づくにつれ、声が聞こえたきた。




「ですから、今朝はここから先はどなたも通さないように申しつかっているのです。どうぞお引き取り下さい。」


「何だとっ?!お前・・・この俺が誰だか分かってそのような口をきくのか?!」


怒気を含んだ声がホールに響き渡る。あ・・・あの声は・・・。


「おい、アイリス。あの声は・・・。」


レイフは気づき、声を掛けてきたその時―。


「アイリスッ!!」


鋭い声が私を呼んだ。すると、途端に兵士たちが道を開ける。そして私はその人物を目でとらえた。

するとそこに立っていたのはやはりオスカーだった。オスカーは腕組みをして、まるで睨むようにこちらを見つめて立っていた—。



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