第1章 3 不思議な指輪
ドレッサーの前に座った私の背後にリリーは立つと言った。
「それにして驚きましたよ、お嬢様。突然あのように泣かれるなんて・・何か怖い夢でも見られたのですか?」
いいながらリリーがブラシを持ったので、私は言った。
「あ、髪なら自分でとかせるわよ。ブラシ貸してくれる?」
ニコニコしながらリリーのブラシを借りようと手のひらを向けた。
「お・・・お嬢様・・・・。」
すると突然リリーが目を潤ませてきた。
「な、何・・・?どうしたのリリー?」
思わずギョッとなってリリーを見つめた。
「お嬢様は・・・私に髪をとかされるのは・・・嫌なのですか・・?」
「ええ?!な、何故そんな話になるの?」
「だ、だって・・・ご自分で髪をとかすなんて言い出すので・・・・。」
そこでハッと気が付いた。そうだった・・・。私は70年前の自分に戻って来ていたのだ。あの無人島暮らしから・・。島に着いた直後は世話を焼いてくれる人もいないから慣れるまでは大変だった。だけど、そのうちに何でも一人で出来るようになって・・・自給自足の生活を70年間も・・・って?え・・・?私は本当に1人きりで暮らしていたのだろうか・・・?
「もしもし?お嬢様?どうされたのですか?」
その時、リリーに話しかけられて我に返った。
「あ、ごめんなさい。少し考え事をしていて・・・。それじゃリリーにお願いしようかしら?」
するとリリーは笑顔で返事をした。
「はい!喜んでっ!」
そしてリリーは私の背後にまわると、丁寧に髪をとかしはじめた。
「本当にアイリス様の髪の毛はお美しいですね・・。まるで金の糸のように細くさらさらな髪に、真っ白な肌・・・そして神秘的なコバルトグリーンの瞳・・・まるでこの世の物とは思えない美しさですわ・・・。」
リリーはうっとりしながら言う。
「そんな・・・褒め過ぎよ。私よりも美しい女性はいるだろうし、男性だっているはずよ?」
そう・・例えば彼のような・・・。そこでまた脳裏にある男性のシルエットが浮かびかけて・・消えてしまった。一体彼は何者なのだろうか・・・?
それにしても・・・私は改めて鏡の中の自分を見た。70年ぶりに見る自分の姿。
あの頃は何とも思わなかったが・・今なら分かる。
「ねえ、リリー。」
「何ですか?お嬢様。」
「若いって・・いいわねえ・・・。」
「は・・?」
当然リリーからはおかしな目で見られたのは言うまでも無かった―。
「さあ、お嬢様。お仕度整いましたよ。」
鏡の前には長い髪をセットし、アカデミーの制服を着た私が立っていた。ああ・・そうだった。私はこの学院に4年間通う予定だったのに・・20歳の時にオスカーと婚約式を挙げる事が決まって・・あの事件が起こり、私は投獄されて島流しにあってしまったんだっけ・・・。でも何故70年間もあの島に住んでいたのに・・・あの当時の記憶が曖昧なのだろう?私は一体どうやって一人で生き抜いていたの・・?
「あら?お嬢様・・・今気が付きましたけど・・・その指輪どうされたのですか?」
「え?指輪・・?」
見ると右手の薬指に見たことも無い銀の指輪がはめてある。
「あら・・本当だわ・・。」
「え?覚えていらっしゃらないのですか・・・?でも昨夜お休みになられたときは指輪ははめていらっしゃいませんでしたよ?」
「そうなの・・不思議だわ。でも・・この指輪を見ていると・・何だか懐かしい気持ちになってくるわ。」
「え?懐かしい気持ち・・・ですか?」
「ええ。だからこのまま指輪ははめておくことにするわ。」
「そうですか。お嬢様のお好きなようにされて良いと思いますよ?それではそろそろ旦那様と奥様にご挨拶に行きましょうか?」
リリーに促され、私は返事をした。
「ええ、そうね。行きましょう。」
さて、いよいよ70年ぶりの父と母の再会だ・・・。私は冷静な顔で二人の前に立てるだろうか―。
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