第726話 新年の緊急事態ですが何か?

 クレストリア王国王都で各国の大使を招いての新年会が行われた翌日の朝。


 東部の国境線をアハネス帝国の大軍が、不可侵条約を破って越境した。


 その軍は三手に分かれ、一つは前回の大戦時の侵攻ルートであるサクソン侯爵領を通る街道を西進し、もう一つの軍はシバイン侯爵派閥のある北東部に進軍。


 三つ目の軍が、南東部の最大有力派閥であるスゴエラ侯爵領を目指しているようだ。


 元々、アハネス帝国にはその予兆がなくもなかった。


 いや、あり過ぎてクレストリア王国側も感覚が麻痺していたと言っていいかもしれない。


 それほど、国境付近ではその噂はずっとあり続けていたのであった。


 その東部の国境近くの貴族と言えば、シバイン侯爵派閥とサクソン侯爵派閥が揉めていた地域であり、この宣戦布告無しという条約違反での侵攻だったから対応が後手に回る。


 さらにはシバイン侯爵が派閥の兵を結集する動きを見せていた為、サクソン侯爵派閥はそれに対し警戒を強めていた事もあり、国境の監視がおろそかになっていた事もあった。


 それにアハネス帝国は、国境沿いでの大規模訓練や軍の移動を頻繁に行っていた事で、クレストリア王国側がこの行動に慣れてしまっていた事も後手に回ってしまった原因の一つであろう。


 ちなみに、スゴエラ侯爵はランドマーク伯爵家の元寄り親であり、昨年から国境付近の動きについては警戒していたので、この侵攻にはいち早く気づき領都に知らせる事になった。


 この事は、二日遅れでランドマーク伯爵領まで届く。


 国境から五日ほどはかかるところに領地を持つランドマーク家にいち早く連絡が届いたのは、リューが開発した魔法花火の信号弾による功績である。


 ランドマーク家もスゴエラ侯爵の要請で、国境を警戒していたので、連絡方法も前もって準備されていたのだ。


 この事で、ランドマーク伯爵領領都に深夜隣国アハネス帝国の侵攻の報が届き、父ファーザは派閥の貴族達に兵を率いての集結するように伝達、その翌朝にはリューがいつもの日課で『次元回廊』で訪れ、その報告を受ける事になった。



「アハネス帝国が!?」


 リューは普段の通り、ランドマーク家の城館横の倉庫に『次元回廊』で現れたのだが、待機していた執事助手のシーマからその事を伝えられ、驚くのであった。


「だから、リュー坊ちゃんはすぐにでも王宮にこの事を知らせてください! うちの監視隊の報告だと、アハネス帝国は三軍に分かれて侵攻中でそのうちの一軍が南東部に向かっているらしいっす。お館様は各貴族の兵が集結次第、スゴエラ侯爵と合流するつもりらしいっす! あ、それとタウロ様もこちらに連れてきてくださいっす!」


 シーマは真剣な表情でそう伝える。


「わかった!」


 リューは頷くと、すぐさま『次元回廊』でその場から消える。


 そして、五分も経たずに長男タウロを連れて戻って来た。


 タウロは、待っていたシーマに状況を再確認しながら城館に入っていく。


 リューはそれを確認する事無く、王都に戻るのであった。



 リューはランドマークビル前に戻ると、用意してあった馬車にリーンと共に乗り込み、王宮へと向かう。


「アハネス帝国って事は、新年会でリューがやり合った大使のところでしょ!?」


 リューの説明を馬車の中で聞きながら、リーンは怒りを滲ませて聞く。


「うん。大使がこの事を知っていたのかはわからないけれど、もし、知っていながら数日前の新年会に参加していたのあれば、余程肝が据わっているとしか言いようがないけど……、どうだろうなぁ……」


 リューは口論となった大使の顔を思い出しながら、同情気味にそう感想を漏らす。


 あの感じだと、知らなかった可能性が高いだろうと思ったからだ。


 諸外国の王都勤務の大使というのは、こういう危険な役割も当然ながら付いてくるもので、今回のように宣戦布告無しでの侵攻となれば、大使は問答無用で捕縛され、その責を追及された挙句、処刑されるのが常である。


 だから、あの大使がこの侵攻を知っていれば、何かしらの理由を付けて王都から逃げ出していた可能性は高い。


 それに、リューという存在がいる以上、南東部への侵攻はすぐに王都へ伝わる事はわかっているはずである。


 それだけに、あの大使は本国から捨て駒にされた可能性は高いのであった。



 リューは『王家の騎士』の称号をフルに活用して馬車のまま王城入りし、王宮の前に横付けする。


 これには警備に当たる近衛騎士団も、称号持ちとはいえ予定にない訪問で、この行為は礼儀に反するから眉間にしわを寄せた。


「ミナトミュラー男爵、『王家の騎士』の称号持ちとはいえ、このような行為は──」


 この日の担当の近衛騎士隊長は、王宮に早足で入っていこうとするリューに早歩きで並んで注意する。


 だが、それを遮るように、


「国王陛下と宰相閣下に緊急且つ極秘裏に報告があります。東部国境で問題発生とお伝えください」


 とリューが真剣な表情で伝えた。


 その言葉にハッとした近衛騎士隊長は無言で頷き、近くにいた近衛騎士にリューを王宮奥の密談に使用される事が多い簡易の謁見の間に案内するように命令し、自身は走る事が厳禁である廊下を全力で走っていくのであった。



 リューが王宮奥で少しの間待機していると、王冠も付けていない国王とそれとは対照的にしっかり服装を整えた宰相が急いだ様子で部屋に入って来た。


 リューは片膝をついて深々と頭を下げる。


「ここでの挨拶は無用だ。──ミナトミュラー男爵、それで極秘裏の緊急要件とはなんだ?」


 国王は、リューがこんなに早い時間、『王家の騎士』称号を利用して訪問する事などなかったので、かなりの問題が起きたのであろう事を予想して発言を促した。


「アハネス帝国が、二日前の朝、我が国の国境を大軍を率いて侵犯し、そのまま国内に侵攻して参りました。現在、南東部のスゴエラ侯爵領にも敵軍が侵攻中という事でランドマーク家は派閥の貴族を率いてスゴエラ侯爵のもとに援軍を出す準備を始めているところです。敵本軍はすでに東部の国境を守護していた王国軍を討ち破り、西進している様子です。それ以降の情報はまだですが、敵は三軍に分かれている事から、先の大戦の轍を踏まないよう、左右を固め、後背を断たれないように進軍して来るものと思われます」


「「なんと……!?」」


 国王と宰相は、リューの報告を聞くと見る見るうちに最悪の事態が起きた事を知り、目を見合わせる。


 そして、


「よくぞこのように早く知らせてくれたミナトミュラー男爵。宰相、緊急時要綱に従い、各所に召集命令を。二時間後には会議を開かねばならん」


 と国王がリューに感謝しつつ、宰相に命令を下す。


「陛下、それと同時に、近衛騎士団に命じてアハネス帝国大使の拘束も優先しないといけませんが」


「当然だ。この事を問わねばならんからな」


 国王はそう言うと、身なりを整える為に退室する。


 宰相も官吏を呼んで命令を次々に下すと、控えているリューに改めて感謝を告げ、これからも情報をまめに上げてくれるよう申し渡す。


「はい。王宮のどこかに『次元回廊』用の出入り口を設置してもよろしいでしょうか?」


「ならば、ここでよい。緊急事態だから、一刻も早い報告を貰えるのは助かるからな」


 そう告げると、宰相も部屋から退室するのであった。


「マイスタの街にも戻らないと」


 リューはそうつぶやくと、控室に待機していたリーンと合流し、一旦、マイスタの街へと向かうのであった。

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